小説『エッグタルト』第二十六章

 大学の授業を受けていると次第にそれにも慣れてきて、サークルでもドラムの練習に打ち込む日々を送っているとすぐに、約束の日曜日を迎えていた。待ち合わせ場所で待っていると、遠藤さんはレザージャケットを羽織り、いかにもロックバンドのメンバーのような格好をしてやってきた。俺も、バンドを始めたということもあったので、そういったロックな格好をして来ようかと今朝迷ったが、結局、無難にいつもの上着を羽織ってきた。
 遠藤さんは、遊園地に入るやいなや、
「あれに乗ってきてよ」
 と塔のような絶叫系マシンを指差していた。そのマシンは、四人がけのシートに座り、ゆっくりと上に上げられたのちに急降下するタイプのものだった。
「先輩は、乗らないんですか?」
「私は、ああいうのが苦手なの。怖いけど、乗ったらどんな感じなんだろって昔から気になっていたの。試しに、乗ってきてみてよ」
「わかりました」
 そう言われたので俺は列に並んだ。遠藤さんも、俺がマシンに乗る直前まで一緒に並んでくれていた。
「それじゃあ、私はあっちで見ているわね。頑張ってきてね」
 頑張りようもない気がしたが、俺は係の人に誘導されシートの一番右側に座った。反対側の端には、少し年上のカップルだろうか、男女二人組が座っていた。シートはゆっくりと登っていき、登っていく途中に下を見ると遊園地全体を眺めることができた。たくさんの人でにぎわっていたが、ふと視線を上げると街全体の眺めも見えた。綺麗な眺めだな、と思っているとシートは頂上に達し、がたんという音がしたあと急降下した。あまりの速度だったので、思わず目を閉じてしまった。
 自分の周りからは、
「きゃあ〜」
 という叫び声が聞こえていた。
 シートから降り、ふらふらとしながら出口へと向かうと遠藤さんが待っていてくれていた。
「ふらふらしているけど、大丈夫? 登ったり落ちたりするとこ、見ていたわよ。なんだか、滑稽だったわ」
「次は、先輩も乗ってくださいね」
「じゃあ、私はあそこのジェットコースターに乗ってみるわ。なんだか行けそうな気がするの」
 そう言うと遠藤さんはジェットコースターの列の方へと向かっていった。そんなに長い行列はできていないようだった。
「一人で、乗るんですか?」
「あなた、ふらふらじゃない。あそこの柵の所で見ていていいわよ。今度は、私のことを見ていてね」
 そう言って遠藤さんは列に並び始めたので、俺も休憩がてら柵の方へと向かった。
 ぼんやりと柵の所で待っていると、遠藤さんの順番が来たようだったので、ジェットコースターを眺めていると、遠藤さんが乗っている姿が見えた。遠藤さんは前の席の裏についているレバーに掴まり、
「きゃあ」
 と声を上げていた。楽しんでいるようだった。出口から、遠藤さんは少し疲れた様子で出てきたので、俺も出口に向かった。
「ジェットコースター、ひさしぶりに乗っちゃったわ。案外楽しいものなのね」
 少し歩くと、遠藤さんはまた違うアトラクションの方を指差していた。
「ねえ、今度はあれに乗ってみない?」
 見てみると、マシンが水に突っ込んでいくタイプのアトラクションのようだった。
「いや、あれはやめておきます」
「えっ、どうして?」
「実は俺も、絶叫系マシンがあまり得意じゃないんです。それに、服が濡れるのもなんだか嫌なので」
「そうなのね」
 見ると遠藤さんは少し残念そうな顔をして俯いていた。
「少し、向こうのカフェで休憩しませんか?」
 そう提案すると遠藤さんも、
「そうしましょう」
 と言っていたので、俺は売店でソフトクリームを二つ買い、先に席に腰かけていた遠藤さんに、一つを手渡した。
「先輩の恋愛事情って、どんな感じなんですか?」
「私は、大学に入ってから付き合ったり別れたりの繰り返しね。周りの大学生も、みんなそんなもんよ。太田くんはどうなの?」
「俺も、高校一年のときに彼女がいましたが、なんだかんだですぐに別れましたね」
「そういうものよね」
 そう言うと遠藤さんはソフトクリームを持ちながら観覧車の方を見上げていた。
「ねえ、最後にあれに乗ってから帰らない?」
「そうしますか」
 俺はソフトクリームを早々に食べ終えていたので遠藤さんが食べ終えるのを待っていると、遠藤さんもソフトクリームを食べ終えたようだったので、ソフトクリームのごみを捨ててから観覧車の方へと向かった。
 観覧車の中では、二人とも終始あまり喋らなかった。
「落っこちたらどうなっちゃうのかな」
 と遠藤さんは下を見ながら言っていたが、俺も高い所が苦手だったので、
「わかりません」
 と言いつつ遠くの方を眺めていた。
 観覧車から降りたあと、二人で遊園地の出口の方へと向かった。あまり会話がなかったので、盛り上がらなかったかな、と少し心配になった。帰りの電車でも、あまり喋ることがなかった。
「私、この駅なの。またサークルで会ったとき、よろしくね。今日は楽しかったわ。ありがとう、またね」
 そう言って遠藤さんはこちらを見て小さく手を振ったので、俺も振り返すと、遠藤さんはすぐに前を見て電車を降り、駅のホームの階段の方へと歩いていった。

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