小説『エッグタルト』第四章
翌日の昼休みに、山田は疲れ切っていた昨日とは打って変わって爽やかな表情をしながら弁当を持ってやってきた。
「お前、努力家なのはいいけど、あんまり練習やりすぎんなよ。もうちょっとほら、メリハリをつけろよ」
「そうかな? 俺はこんくらいが丁度いいんだけど」
そう言うと山田は、
「この席借りるね」
と、いつもどおりに隣の席の椅子を引っこ抜いて弁当を俺の机の上に置いた。
「一昨日かな、サッカー部の練習、見てたよ。お前、凄いよな。あれだけシュート決められて。何かコツとかあるの?」
「シュートの? コツかはわからないけど、ボールを足の甲の上にできるだけ長い時間乗せてから、斜めに足を引き抜いて回転をかけて、ゴールの右端を狙うんだ。そうしたら入りやすいよ」
山田は気軽にそう言ったが、何か凄いことを言っているような気がした。
「お前、やっぱりなんか凄いやつなんじゃないか?」
「そんなことないよ。何回もシュートを打っているうちにそれが一番いいような気がしたんだ。感覚の問題だよ」
山田の話を聞いて、昨日川野さんから聞いたことを思い出した。
「そういえば昨日、図書室で川野さんと話したよ。彼女、レシピどおりに料理をしないんだって。不思議だよね」
「お前、川野さんと話したんだ。俺も話しかけてみようかと思っていたけど、全然目を合わせてくれないからやめていたんだ。話してくれるんだね」
「なんか凄くいい笑顔をしていたよ」
「笑うんだね」
山田は凄く失礼なことを言っているような気がしたが、普段の川野さんはやはりそんなに笑ったりはしないんだな、と思った。なぜなのだろう。
「レシピどおりに料理しないのって、おかしいの? 俺、全然料理をしたことがないからわからないや」
「感覚で料理しているんじゃないかな? さっきお前が言ってたようなことと似ているんじゃない? 実は似てるタイプなんじゃないのか?」
「俺があいつと? そんなわけないよ。数学全然わかんないもん」
山田はそう言って笑っていた。俺は以前から、山田は何か凄いやつなんじゃないかとずっと思っていたが、普段の彼はあっけらかんとしているので、よくわからなかった。
高校に入学してから、昼休みのことだったか、一度彼に、
「シュート練習をしたいからボールを転がしてくれ。できればこの線より外側に転がして」
と頼まれたことがあったが、そのときは何かオーラを放っていた記憶がある。集中力が凄いのだろうか。もし線の内側に転がしてしまったら怒られてしまうのではないか、と恐怖に近い感情も感じた。彼が怒ったところはまだ見たことがないのだが。
「俺、もう教室に戻るね。実は数学の課題にまだ手をつけていないんだ。それじゃあ」
「お、おう」
そう俺が返すと山田は教室に戻っていった。普段は飄々としているが、サッカーをやっているときだけスイッチが入るのだろうか。ただマイペースなやつなのかもしれない。
山田の数学の課題の話を聞いて、来週に生物の小テストがあることを思い出した。俺は生物や化学がからっきし駄目だった。なぜ人体の内部なんぞを知らなければならんのだ。そう思いながらも、教科書を鞄から取り出して、昼休みの残り時間、読むことにした。