小説『三分間』第六話
駅のホームにつくと、僕はやはり、時間という概念があるのかどうかが気になり、時刻表を探したが、やはりなかった。そんな素振りを見せる僕のことがやはり気になったのか、ロングコートが話しかけてきた。
「何を、やっているんだい?」
「いや、時刻表はないのかなと思って。そういえば、時計なんかも見当たらないし」
「時間を確認するものかい? ないよ、そんなもの。機関車が、来たときに乗るんだ。そういうものだろ?」
「そういうものか」
よくわからなかったが、納得した。時計ぐらいはあってもいいのではないかと思ったが、どうもこの世界では必要とされていないみたいだ。
機関車に乗って、ロングコートが住む街へと向かう。いったい、どんな街に住んでいるのだろう。きっとへんてこりんな街なのだろうな。ふと、ロングコートの様子を見てみると、やはり外を眺めていたので、僕も外の景色を眺めてみることにした。
外には黒い木々が並んでおり、それ以外は特に何も見られない。車は、走っていないようだ。道路がないのか、車がないのかはわからなかった。ロングコートに聞いてみようかと思ったが、やめておいた。どうも僕は、彼は喋りたいときに喋って、喋りたくないときには喋らないような、そういった体の人に見えたのだ。
もっとも、それは思い込みなのだろうが、外の黒い木々が流れていくのを見つめる彼のことを、今はそっとしておいた。
途中で止まる駅のようなものはなく、機関車はロングコートが住む街の駅に止まった。乗務員が切符を切ったりするのだろうかと思ったが、そのような人は誰もおらず、ロングコートも飄々と列車を降りていったので、それに続くことにした。
街では、やはりお店のようなものが並んでいたが、街自体はどんよりと沈んでいるように見えた。もっとも、ロングコートや街の人々はぺちゃくちゃ楽しそうに喋ってはいるのだが、なぜだろう。もし、これがゲームならBGMのようなものが流れているのだろうが、そういったものがなく、静かな空間の中で、人々が喋っている。
「ロングコート、あいつらは何? 店に立っているあの、人影みたいなやつら」
「ああ、あいつらかい? あれは、シャドウだよ。店に立っちゃいるんだけどね、全然喋らないし。俺たちが品物を選んで持っていくときもじっと見てくるもんだから、あまり好きじゃないんだよね」
この世界でも、金銭のやり取りは行われていないんだな、と思った。それではシャドウは何をモチベーションにそこに立っているのだろうか。コミュニケーションを取ったりするわけでもなく、ただ、お客が商品を持っていくのをじっと見ている。それでもどうやら、それがこの世界の秩序を保っているらしい。
ロングコートは、店にあるバナナを掴み、バレーボールのようにぽんぽんと上に投げては取り、投げては取りを繰り返していた。子供みたいだな、と思った。
「なあ、知っているかい? バナナって放っておくと黒くなっちゃうんだぜ?」
ロングコートが当たり前のことを言ってくる。
「知っているよ。そんなこと」
「不思議だよな、こんなに綺麗な色をしていて、実もこんなに張りがあるのに、放っておくと黒くてしわしわになっちゃうんだ。味も、なんだか渋くなる」
そう言ってロングコートはあからさまに渋そうな顔を見せてきたので、思わず笑ってしまった。
それを見たロングコートは、バナナをこちらに投げ渡してくるなり、ポケットをまさぐっていた。どうやら鍵を探しているらしい。鍵を取り出したロングコートは、丘の上の塔を指差して、
「あれが俺の家だよ」
と言った。
周りには家らしきものがなく、背は高かったが少し寂しげだった。