小説『エッグタルト』第十五章
翌日の放課後の帰り道で、途中にある病院のそばを、兄が白衣姿で歩いているところを見かけたので、後ろから声をかけた。
「あ、兄さん」
そう呼びかけると、兄はこちらを振り向いた。
「おう、弟よ。どうした? 学校帰りか?」
「そうなんだ。兄さんは研修か何かがあったの?」
「ああ、大学五年になったから病院での実習が始まったんだ。勉強だけでも大変だったのに、ひいひい言いながらやってるよ」
兄はあからさまに困った顔を見せながらそう言った。
兄は都内の大学の医学部に通っている医学生だった。勉強が不得意な俺とは違って優秀なので、親族が集まったときなどはよく比べられて馬鹿にされることが多かったが、俺から見ても兄は憧れの存在だった。勉強がよくできて優しいので、年は少し離れていたもののよく構ってもらっていたのだが、最近はさすがに忙しい様子なので、話すことも少なくなっていた。
「そういえばお前ん所の学校の女の子、よくお見舞いに来ているから病院でちょっとした話題になっているよ」
「え、どんな子?」
「なんでも数学オリンピックに出るような優秀な子だって聞いたから、お前も知っているんじゃないか?」
川野さんだ、と思った。
「知っているよ。学校でも有名だし」
「やっぱりそうか。なんでも、お爺さんの具合が悪くて入院しているらしいんだ。いつもその子が一人でお見舞いに来るらしいんだよ。お爺さんも孫が可愛くてたまらないらしくていつもその子の話をするもんだから、院内でも有名人だよ」
川野さん、勉強だけでも忙しいだろうに、お見舞いにまで行っていたのか、と思った。ちょっとした息抜きにもなるんだろうか。ただ、お爺さんの具合が悪いとなると、きっと心配にもなるんだろうなあとも思った。大丈夫なのだろうか。
「そういえばお前、彼女とかできたのか? え?」
「いないよ。兄さんこそどうなんだよ」
「俺も気になる人がいるんだけど、勉強が忙しくってね。それにしょっちゅうサークルで知り合った女の子から連絡が来て、大変なんだ。医学部はやっぱりモテるのだよ。だはは」
兄はそう言っていたが、高校のころ片思いをしていたものの海外の大学に行ってしまった子のことをいまだにひきずっていることを俺は知っていた。
「それじゃあ、俺はもう行くよ。君も勉強など頑張りたまえよ。では」
そう言って兄は片手を上げ、向こうの方に歩いていったので、俺も帰ることにした。