小説『エッグタルト』第二十八章
ファミレスでの一件以降、遠藤さんはときどき、俺が住んでいるアパートの一室に来るようになっていた。実家から大学に通うには少し遠かったので、大学生活が始まってから、部屋を借りて一人暮らしを始めていたのだ。
夜ご飯を食べてシャワーを浴びたあと、テレビでお笑い芸人たちがネタを披露するネタ番組をやっていたので、二人でそれを見ていた。寝る前に特にやることもないので、一人でいるときはそうやって過ごすことが多かったのだが、今日は遠藤さんも一緒に見てくれていたので少し嬉しかった。
「私、歯を磨いてくるわね」
「はい」
遠藤さんは立ち上がり歯を磨きに行ったので、俺はネタ番組を見続けることにした。大きな大会で優勝した芸人や、ベテラン芸人たちも多く出演する、四時間もあるような番組だったので、もし一人で見ていたなら途中でテレビを消していただろうな、と思ったが、なぜか今日は見続けることができていた。やはり見たことのある芸人が多いな、と思っていると遠藤さんが不機嫌そうな顔をして戻ってきた。
「あなたがよく着けている首飾り、洗面台に置いてあったんだけど」
川野さんから貰ったペンダントだ、と思いはっとした。今日はポケットに入れておいたのだが、シャワーを浴びる際にポケットから出して洗面台に置きっぱなしにしていたことを忘れていた。
「さっき着替えたときに取り出してそのまま置き忘れていたんです。うっかりしていました」
「この前も机の上に置きっぱなしにしたりしていたわよね? 大切な物なんだったら引き出しの中にでも入れておけば?」
「なんで、そんなに怒っているんですか」
最近、ぼんやりとすることが増えていて、遠藤さんに些細なことで怒られることが増えていた。遠藤さんは癇癪持ちの気があった。
「中途半端なやつが嫌いだって言ってんのよ!」
遠藤さんはベッドのそばに置いてあった目覚まし時計を掴み取りベッドの上に叩きつけた。投げつけられた目覚まし時計はワンバウンドし、ふわりと宙を舞ったあと、壁にぶつかり、落ちた。
「危ないなあ。壊れたら、どうするんですか」
「知らないわよ。そんなこと、どうだっていいでしょ」
俺は突然のことに驚きながら、投げ捨てられた目覚まし時計を取りに行った。目覚まし時計を手に取り遠藤さんの方を見上げると、遠藤さんは少し俯きつつ、冷めた表情をしながら立っていた。
「私は、もう寝るから。おやすみなさい」
そう言って遠藤さんは布団に潜り込み、壁の方を向いて寝てしまった。俺は目覚まし時計を元にあった所に戻し、再びテレビの所に戻りネタ番組の続きを見ることにした。遠藤さんは一度寝ると言って寝たら微動だにしない人だとは知っていたが、流石にうるさいだろうなと思ったので音量を少し下げた。今日はこの番組を最後まで見てみようとなぜか思った。
番組を見終わり、俺ももう寝ようと思い、テレビを消して、遠藤さんの横に潜り込んだあとちらりと遠藤さんの方を見たが、やはり遠藤さんは微動だにせず、寝息を立てながら寝ていた。俺も、今日は悪いことをしたなあと思いつつ、ネタ番組を最後まで見て少し疲れていたので、すぐに寝てしまった。