小説『三分間』第八話
風呂場に着くと、大きなバスタブにお湯がなみなみと入っていた。やはりお湯はすでに沸いていた。なによりも目を引かれたのは、バスタブの周りに置かれていた本棚だ。風呂場で本を読んでいるのだろうか。
「ここが俺ん家の風呂場だよ。広いだけが取り柄だけどもね、ああ、そこにある本も読んでみるといいよ。濡れたりしないから、大丈夫さ」
そう言われたので本を手に取ってみたが、なんの文字が書いてあるのかさっぱりわからなかったのでそっと本棚に戻した。
「着替えは外に用意しておくね、バスタオルもその辺のを使うといい。ではごゆっくりどうぞ」
そう言ってロングコートはドアをぴしゃりと閉めて出て行った。
風呂のお湯はやはり紫色だった。もしかしたら自分は魔法の世界に来ているのではないか、という思いに駆られてとても嬉しくなる。
風呂は、正直普通だった。特にやることもなかったので、本棚をぼんやり眺めたり、窓の外を眺めたりしていた。紫色の空が、果てしなく広がっている。自分はなぜ、この世界にいるのだろうか。この空の先には、一体何があるのだろう。きっとこういった思いが、世界の科学者たちを駆り立ててきたのだろう。知的好奇心とは、面白いものだ。
風呂をあがると、パジャマが置かれていた。ロングコートのものだろうか、少しサイズが大きめだった。ぶかぶかのパジャマを着た僕をみて、ロングコートは大笑いしていた。そんなに笑うこともないだろうに。
外は、若干暗めの紫色に変わっていた。夜ということだろうか。僕とロングコートは、長い時間談笑していた。彼の話はどれも面白く、飽きることがなかったのでよかった。僕も、できる限り自分の世界のことを話した。話している間に、眠くなってしまった。
「もう寝るとするかい? 寝室に案内するよ。元々お爺ちゃんの部屋なんだけどね、お爺ちゃんが死んじゃってから、客人用になったんだ。最近はそんなに掃除してなかったけど、割と綺麗な部屋だよ。さあ行こう。おやすみ」
寝室は、全然綺麗だった。少し埃っぽくはあったが、気にならない程度だった。いきなり来た客人にここまでしてくれて、本当にありがたかった。ベッドは、ふかふかだった。そして暖かかった。眠りにつくまで、僕は天井を見て色々と考え事をする。これは子供のころからの僕の癖だった。僕はこの世界にいつまでいるのだろう。ロングコートは本当にいい人だな。そんなことを考えているうちに、眠りに落ちてしまった。
深夜、寝室のドアを激しく叩く音がした。
「大変だ! 早く起きてくれ!」
ロングコートが叫んでいたので、僕は目を覚ました。