小説『エッグタルト』第二十九章
翌朝、目覚まし時計はいつもどおりに鳴り響き、目を覚まして隣を見ると、そこに遠藤さんの姿はなかった。寝ぼけながら洗面所に顔を洗いに行ったが、そこにも遠藤さんの姿はなく、部屋に戻ってみるとテーブルの上に渡してあった合鍵が置いてあった。
大学に戻りサークルに向かったが、そこにも遠藤さんの姿はなかった。何日かたったあとに遠藤さんのことについて知っていそうな先輩に聞いてみたところ、ボーカルの渡辺さんの就職が決まったこともあり、バンドは解散することになったらしく、それもあってか遠藤さんやほかのバンドメンバーたちの姿もサークルで見かけることがなくなったとのことだった。
授業の合間などにも校舎内で遠藤さんのことを探してみたが、どこにもその姿は見当たらなかった。そういえば、サークル以外で遠藤さんの姿を大学で見ることはほとんどなかったな、と思った。たまに食堂で見かけることはあったな、と思い何度か食堂にも向かったが、そこにもその姿はなかった。大学も、辞めてしまったのだろうか。
遠藤さんとは会えなくなってしまったものの、サークルには通い続けた。単位も特に問題なく取り続け、余裕が出てきたので、アルバイトを始めたりもした。普通の大学生活って、きっとこんな感じなのだろうな、と思った。高校の部活を真面目にやってきたということもあってか、サークルでは気心が知れる友達も何人かでき、時間が流れていくのが速く感じた。そういったある意味淡白な大学生活を淡々と送っていると、いつの間にかそんな大学生活にも終わりが近づいてきた。
ある日、山田から連絡が来た。どうも水野と結婚することにしたらしい。結婚式に参加してくれないか、とのことだった。水野にとっては学生結婚であったし、凄い決断だな、と思った。親友からの招待ということもあったのでもちろん承諾した。
結婚式の日になり、結婚式場に向かうと、テーブルに自分の席が用意されていた。一つ隣のテーブルの席が空いていたので、もしかしたら川野さんも招待されていて、来るのではないかと思い、少し期待しつつ待っていると、水野の大学での友人たちだろうか、同い年ぐらいの女の子たち三人がグループでやってきて、三人ともそのテーブルに用意されていた席にそれぞれ腰かけた。
式も半ばになり、山田から、友人代表のスピーチを頼まれていたので、スピーチを行った。話している途中、思わず足が震えた。親友が結婚したという嬉しさもあったが、親友は自分よりも遥か先を行っているのではないかという悔しさも少しあったと思う。震えを悟られないよう必死でこらえながら、ばれていやしまいかと山田の方をちらりと見たが、山田は高校のころと同じような優しい表情でこちらを見ていた。水野は、前を向き少し下の方を見ながら聞いていた。心なしか足の震えが止まったような気がした。多分山田には足が震えていたことがばれていたと思う。
式が終わり、山田に、
「二次会に来ないか」
と誘われたが、
「ごめん、予定があるから」
と断ってしまった。本当は予定なんてなかったし、そのこともばれていたと思うが、山田は、
「そうか、残りの大学生活頑張れよ。お前も、就職してからは大変だと思うけど、お互い頑張ろうな」
と言って水野たちと共に二次会へと向かっていった。俺は、その後ろ姿を少し見たあと、帰るために電車の駅へと向かった。