小説『エッグタルト』第三十章
帰りの電車の中で、山田の結婚式を振り返り、はたして自分も結婚できるのだろうか、などと思った。その前に、まずは就職活動を進めていかないといけないな、と思った。入りたい業界についてはなんとなく決めていた。大学の選択科目でプログラミングをかじってから興味を持ち、エンジニアを目指そうと考えていた。エンジニアを目指すため、教材などを使って個人的にも密かに勉強を始めていたのだ。
その甲斐があってか、大学生活に戻ってからも就職活動はスムーズに進み、無事IT企業から内定を貰うことができた。都内で受託開発を行っている会社だ。ほかの企業から頼まれたものを請け負い、それを開発することがメインの会社らしい。
大学を無事卒業し、俺はその会社に就職をした。会社では、プロジェクトリーダーの桑山さんという人から主に仕事について教わることとなった。現場をまとめるだけでなく、自身もエンジニアとしてかなりの腕があるらしく、プログラミングについてもいろいろと教えてもらえるとのことだった。
桑山さんはよく喋るタイプの人ではなかったので、業務が始まってからも実際には、プログラミングについて自分で検索をして勉強することが多かった。ほかにも、結局のところできるプログラマーの先輩に質問することが多かった。その代わりに、桑山さんにはよく飲みに連れていってもらったり、ゴルフの打ちっぱなしに連れていってもらったりもした。
ゴルフはやったことがなかったのだが、打ちっぱなしに連れていってもらった際には桑山さんの見よう見まねでクラブを持ちスイングをした。ほとんどかすったり詰まったりではあったが、それを見ても桑山さんは軽く笑うだけで、あまりバカにされたりすることもなかった。
桑山さんはヘビースモーカーであったのか、業務中もちょくちょく席を立ち、たばこを吸いに外に出かけていく際に何度か、
「君も吸うかい?」
と尋ねられたが、昔から喫煙はしないことに決めていたのでそのたびに断っていた。
割とカジュアルな会社だったので、業務中は、社員は主に私服で作業しており、割とだらしのない格好で作業している人もいたものだが、普段は私服の桑山さんも、たまにスーツを着て客先に出向くことがあり、そんな姿を見ると、普段と比べてとても輝いて見えた。
会社に入社してから一年がたとうとしていたころ、プログラミングも上達してきて業務にも少し自信がついてきた中、桑山さんが転職することになったという話を聞いた。詳しいことは知らなかったが、家族思いなところがあったので、家族の都合なのではないかな、と予想している。
そうこうしているうちに、桑山さんの出社最終日を迎えた。午後、いつもどおりに作業をしていると、桑山さんに突然声をかけられた。
「君はこの仕事に、向いていないと思うよ」
自分ではプログラミングも上達してきたと思っていたし、業務もある程度こなせるようになってきたと思っていたので、そういう風に言われたのは意外だった。引き継ぎ作業がひととおり終わり疲れていたのか、それとも作業しているところを見ていて普段からそういう風に思っていたのだろうか、それを聞いて思わず、
「なんでそんなこと言うんですか」
と言いそうになったが、桑山さんにはお世話になっていたこともあり、いつも優しく接してもらっていたので、
「えっ?」
というよくわからない反応をしてしまった。
それを見た桑山さんも、何も言わずに自分のパソコンに目を戻していた。
一日の業務が終わり、桑山さんは最後に、
「それじゃあね。俺が抜けてからも、頑張れよ」
と言い残し、席を立ったのを見て俺も、
「はい」
と返事をし、桑山さんがほかの社員たちに声をかけて回り会社をあとにするのをぼんやりと見届けたあと、残っていた作業の続きをするために少し残業しようと、パソコンに目を戻した。