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【小説】捨て忘れた色 「脱皮」

「捨て忘れた色」ベースシナリオのどこかに入る物語です。

脱皮

 私は様々な生死を見てきました。同じ街にいるからこそ見える生死というものは時に残酷で、時に安心もするものです。別に好きでここにいるわけではありませんが、特に移動する理由もなく、また場所を移るとなると面倒なこともあるので、大きな転機が私を襲って、この地を押し出されるまではここでくつろぐつもりでいます。チビチビと楽しみもあるもので、、、ね。

 先ほど私は生死を見てきたと言いましたが、正確に言うと生から死に移る場面を見てきたわけで、自然と生死を股に掛けることになります。
 もちろん、生物的な「死」とか「生」とか、生が「線」で死が「点」などという話しだけではないですよ。
 こういう話しをすると私を死神のような質の悪いものと思う人がいるやもしれません。しかしそれは違うのです。私はチョイチョイときっかけを与え続ける側のものなので。
 おおよそ、私の前に現れるお人は既に背中に白い陰ようなものを背負っております。その重さに腰を曲げて、私の顔を見つめる人などはもう手遅れ、と言ってもいいようなものですよ。
 ただ、踏ん切りがついていない、、、ところに私がチョイと一押ししているわけでして。
 もちろん手段は選びますよ。人に合わせて臨機応変に慎重に慎重を期して声をかけるような次第で。。

 先日もありました。太郎くんでしたか。彼は「愚直」という漢字をまとったような男性でありました。話を聞くとどうやら女に騙されたらしい。。
 仮にその女を花子さんとしましょうか。太郎くんが花子さんに出会ったのは二年ほど前。太郎くんの職場に新入社員としてやってきたのが花子さん。
 会社で影の薄そうな太郎くんに目をつけた花子さんは、巧妙に太郎くんを誘惑したらしい。今まで女性にはあまり見向きもされなかった太郎くん、、しかも若くてなかなか男好きのする佇まいに、どっぷりと片足どころか全身全霊まで浸かってしまった。
 それまでは女性にあまり興味もなかった太郎くんが、ついついその気になってしまうとその一途なこと。。
 今でもあるんですねぇ。結婚詐欺とでも言うのでしょうか。
 またその典型とも言える状況なのでしょうが、無一文となってそれと分かっても太郎くんは花子さんが忘れられないし、許せない。
 かと言って法的にどうこう、、という気持ちにはならない。初めておつきあいをした女性だったのでしょう。
 私の顔をじっと見て、花子さんを求めるんですけれども、ここにはいるはずもないし、なんの残り香もございません。ここは言わば墓場なのですから。
 太郎くんは目も虚ろに背中に白い陰を背負ったままじっと私を見ている。
 私もさすがにいたたまれないものですから、仕方なく、、。
 今の花子さんを見てもらったわけです。
 もちろん彼の記憶の裏側で、ですが。。。

 その直後、彼はこの世界から姿を消すわけですけれども、私は悪いことをした、とも思いませんよ。
 何せ彼がここに来た時には、既に白い陰の主は背中でニヤニヤ笑っていたのですから。。私はチョイとつついただけで、、ね。
 こうしてたくさんの死であったり生であったりを見ているとどうもやめられなくなりました。
 既に楽しみというよりも義務のように思えてきておりますから、どうせ私もろくな死に方はしないでしょう。

 今日もまた、来ましたよ。ほら、、女性の方だ。
 また珍しいほど大きな陰を背負っていらっしゃる。肩を落として。まぁまぁ、見ちゃいられないですね。
 多いんですよ。最近、また会社で働いている風の女性の方がね。スーツも少し型ずれて、余計に疲れて見えますよ。それでもしっかりハイヒールを履いて、書類が入ったトートバッグを抱えてらっしゃる。
 離せないんでしょうね。分かります。それを離せば全てを失うかのように思ってしまう。分かります、分かります。書類が入ってようが入ってまいが、そこは問題じゃあない。
 いや、それにしてもまだお若いお人だ。野心なぞを持って入った会社で思うままならず、、というやつですか。。
 そうそう、そんなに単純じゃなさそうですかね。そんなお方はここには来ない。
 とにかく一通り事情をお伺いしましょうか。

 何々、普通の会社に入って、普通の生活がしたかった。。
 まぁ、よく聞くお話しですね。それで普通の会社に入って、ちょっとした部下のミスで会社をクビになった、、、と。
 それはあまりに健全な話じゃないですか。部下の責任を上司が取って退職。今時ほとんど聞かないような美談では。。。
 違う?ミスの種類が違うとおっしゃる。
 そのミスとは一体なんでしょう?
 ほう...。
 その部下のミスはあなたが内包していたものだと。
 ほ、ほう...。
 なかなかしゃれたことでクビになったのですね。珍しいですよ。。その内包されていたミスとは一体なんでしょう?
 お分かりにならない。それは困りましたね。。それじゃあ、私もお相手のしようがなさそうですかね...。
 ...
 人間的に欠陥があると?
 ふ、む、、それは全人類共通の正義なので特に問題にもならないかと。。
 会社をクビになる程度の欠陥など、誰しもが持っているもので、皆隠し通せるかどうかくらいの違いかと...
 なに、話しが逸れている?それはそれは、失礼しました。
 まぁ、上着だけでもお脱ぎなさい。ここはそれほど寒くはないでしょう。ハイヒールも脱いで、くつろいでもらって構わないですよ。
 しかし、こんなことは初めてですよ。こんなに挑戦的なお人は。
 肩を落としているのにもかかわらず、なかなか元気でいらっしゃる。背中の白いモヤモヤも大きな割には俯き加減だ。
 少し本腰を入れてお話しを聞きましょうか。
 おや、白い物がチラチラと...。初雪ですかね。積もりはしないでしょう。そんなに寒いわけじゃあない。

 ああ、そうでした。あなたの話を聞きませんと、内包されていたミスに気づいたのはあなたの部下なのですか?
 それであなたは納得がいかない?
 納得させてほしいのですか?
 …そうでもない。。。
 難しいですね、、あなたというお人は。何を求めているのか、それさえ分かればあとは私が手続きするのですが。。
 おや、まぁようやく顔を上げて下さった。。。が、、なんと、、笑っていらっしゃる。。
 少々お待ちください。。
 こんなことはあまりないものですからね。
 笑顔など見たことも、見たいと思ったこともなかったものですから。。
 もうここには用はない、、ということなんでしょうかね。
 だとしたらさっさと帰っていただきたいものです。
 私はそんなに心臓が強い方でも、暇でもないもので、、、ね。
 特にあなたのように挑戦的な態度に出られると何か私が悪いことでもしているように。。。
 おや、まだ笑っていらっしゃいますね。。。どうかやめていただきたい。
 今までの人のように潔く私に欲望の言葉を投げかけるか、さもなくばこの場から立ち去って頂きたい。私は常に受け身のものですから、あなたのようなお人は非常に困る。
 なんですと...?
 内包されていたミスが分かった、、、と?
 今ですか...?
 そうですか、それでは教えて頂きたい。そうすればあとは私の仕事です。そのまま潔く全てを私に委ねて頂きたい。
 ...まだ笑ってますね。。。
 つまり、、ここまできて、私には用がなくなったのですか。。
 。。。
 それでは速やかに立ち去ってください。
 私にはこれ以上耐えられないのですよ。
 あなたの視線がね。私を嘲るその口元がね。
 ここで何を悟ったのか知りませんが、私の領域から出ていってください。もう用はないはずだ。
 「ある。。。」とおっしゃる。
 ほほう、ではさっさと用を済ませて帰っていただきましょうか。雪もやんだようですし、私も休みたいもので...。
 なんとおっしゃいました?
 「私がいないと事が終わらない」と?
 いいでしょう。さっさと終わらせましょう。あなたの平和な顔を見るのももうたくさんですから。
 、、、で、何をすればよいのでしょうか?
 私ができるのは、あなたがこの世界から去ることを見守って、見送るだけですが。。
 。。。
 ほお、ほお、、ここでバッグから口紅を取り出して、、、この場でお化粧ですか。。真っ赤な口紅を。私の顔を鏡がわりに。。。
 一体、あなたというお人は、、、
 笑ってますか。声をあげて笑ってますね。何かおかしいですかね?
 いや、初めてです。。
 というより、ようやくですかね。。
 うすうす分かってはいましたが。随分と気分の悪いものですね。
 しかし、私はこの瞬間をずっと待ち望んでいたのでしょう。
 分かりました。去りましょう。
 ああぁ、、、ただね。
 もっと早く私を否定してほしかったですね。
 野放しにされた結果、こんなふざけたものになってしまいました。
 いやありがたいことです。
 これでゆっくり、、、本当にゆっくり休むことができます。
 ところであなたは一体何者なんですか?いえ、、、答えなくていいです。
 私の裏側に当たるお人だ。その大きな白い陰も、泣いてばかりでそこまで大きくなったのでしょう。
 あまり育てすぎてはいけませんよ。縁起でもない。

 また少し雪が降り始めたようです。
 え、、、?降っていない?いいのですよ。それで。
 あとは私の二の舞にならないように。
 それでは、これで・・・。

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