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路上ライブの想い出〜最初で最後の松坂屋前〜

僕は一度だけ路上ライブをしたことがある。


しかも一曲きりだ。
『路上ライブ』と呼べる代物ではもちろんない。

でもその想い出は僕の宝物である。


僕が21歳の時。
新入社員だった僕は当時横浜にあった会社の寮に入り、研修所のあった新杉田まで毎日通う日々だった。

その日は研修帰りに学生時代の友人と関内で飲んでいた。

一件目の居酒屋を出て、2軒目はどこに行こうかと伊勢佐木町モールを通りかかった。

松坂屋前にちょっとした人だかりが出来ていた。
誰かが路上ライブをしているようだった。
僕もよく知っているゆずの曲だ。

今はもう無くなってしまったが、松坂屋前はゆずがかつて路上ライブをしていたゆずファンにとっては聖地のような場所なのだ。

その日は横浜でゆずのライブが行われており、ゆずっ子たちがライブのあとに立ち寄り、路上ライブをしていた。

僕より少し年下くらいの女の子二人がギターを弾きながら歌っていて周りには20人以上のゆずっ子の輪が出来ていた。

ゆず大好き人間の僕も参加せずにはいられない。

歌っている二人は恐らく普段どこかで路上ライブをしているであろうことはこの人数にも臆せず演奏していることから容易に想像できた。

なにせそこにいる人間のほとんどがゆず大好きで集まっているのだから盛り上がらないはずがない。

しかもライブ後のテンションそのままにここに来た人も少なくない。

『始発列車』『始まりの場所』『からっぽ』
どの曲も最高に盛り上がった。

ある時歌っていた女の子の一人が聞いた。

『どなたかギター弾いて唄いませんか?』

ゆずっ子はゆずに憧れてギターを弾き始める人が多い。

多少酔っ払っていた僕は何故か真っ先に手を挙げていた。

『僕いきます』

ギターなど2年以上弾いていないし、元々の腕前だって大したことないくせに。

なぜそんなに自信があったのか今でもわからない。

その時は全身にほとばしるパッションを抑えることができなかったのだ。

女の子からギターを借りる。
相方は同じくパッションをみなぎらせて立候補した小柄な女子だ。

恐らく高校生くらいだと思うが本当にギターが弾けるのか心配になるほどミニマム級なのだ。


幸いにしてこの二人は楽譜を用意してくれたので曲を覚えてない僕でもコードを見ればなんとかなる。

楽譜をパラパラとめくり選んだ曲は『いつか』だった。

イントロはFコードから始まる。
コードを押さえて前を見た。

そこにいる20人以上の視線が僕に集中していた。

イントロを弾き始めた。

昔何百回と弾いたフレーズである。
体に染み付いている。

あーなんか弾けるわ。
ハーモニカがないのが悔やまれるくらいだ。

ただ季節は真冬である。

『いつか』のPVでゆずは分厚いコートを着て歌っているが僕は着ていたスーツのジャケットを友達に預けて歌っている。

寒さと緊張で
コードを押さえる指は動かない。
歌声は震える。

ただ即席で組んだミニマム級の相方が驚くほど正確なコードで僕の雑なギターをフォローしてくれた。

最後の大サビくらいで気づいたが、辺りを通りかかったゆずっ子ではない人まで大勢が足を止めて聞いてくれていた。


多分総勢は40人近くなっていたと思う。

この時思った。

きっと通り過ぎる人の足を止める演奏というのは『立ち止まって聴く価値のあるほど素晴らしい演奏』か『なにが起こっているのか気になってしまうほどひどい演奏』のどちらかである。

もちろんこの時の僕の演奏は余裕で後者だ。

『普通に上手い演奏』は路上の雑音に埋もれてしまう。

曲を最後まで演奏した時に巻き起こった拍手と歓声は一生忘れない。


僕とミニマム級の即席相方のパッションはきっとここにいるゆずっ子と一部そうでない方にも下手くそながらもなにかしら届いたのだ。


『その時のミニマム級の相方が現在の僕の妻である。』


と、そう上手くはいかないものである。

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