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商業施設の中にあるアートとは ──コロナ禍の一年を振り返り、今後の展望を語る。

「たいけん美じゅつ場 VIVA」

JR取手駅の駅ビル「アトレ取手」の中に2019年12月にオープンした「たいけん美じゅつ場 VIVA」(以下VIVA)。アートを介してまちにコミュニティをつくるということを目的にした文化交流施設だ。この空間には、「VIVAパーク」「東京藝大オープンアーカイブ」「工作室」「プロジェクトルーム」「ラーニングルーム」「ギャラリー」「ライブラリー」があるが、すべての場所はガラス張りになっており、シームレスにつながっている。開かれた場であることをコンセプトに設計された。VIVAの運用が始まって一年が過ぎ、様々な課題も見えてきている。本プロジェクトの企画・基本設計を担当する建築家の森純平とアトレ営業課の武田文慶、鵜澤克弘、運営管理を担当するTAP(取手アートプロジェクト)の五十殿(おむか)彩子、プログラムオフィサーの宮内芽依に話を聞いた。
インタビュー・文:上條桂子/写真:冨田了平、たいけん美じゅつ場


1. 一年を振り返る

──2019年12月にオープンされて一年が過ぎました。昨年はコロナ禍ということもあって思うようにいかない部分も多かったかとは思いますが、「たいけん美じゅつ場 VIVA」を一年運用してみての手応えや失敗について、建築、運営、企業サイド、それぞれの視点からお聞かせいただきたいと思います。

アトレ武田文慶

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VIVAは東京藝大、取手市、JR、アトレの4者協定の事業なのですが、もともと始まりは駅前ににぎわいを創出したいという目的がありました。その手段として、アートを切り口にしたいと藝大にご相談にいったのが始まりです。企業側としては、いままでアトレに興味がなかった人がアートをきっかけに立ち寄ってくれたらいいなという目論見がありまして、当初目標としていた数値としては1日あたり200人がVIVAのために新しく来てくれることを想定していました。もちろん数字的にはコロナ禍もあり実現はできませんでした。

個人的な感想としましては、僕のようなアートのことを知らないけれども少し興味のあるという層が、アートを楽しむきっかけとなるような場所になれたらいいなと思っていたんですが、実際にやってみて、いかに自分の考え方が浅はかだったのかと思い知らされたというのが正直なところです。

アトレ鵜澤克弘

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私も同感です。取手はアートのまちと呼ばれてはいますが、面白そうだとは思われていても、アトレにお買い物に来てくださる方たちや住民の方たちにとってはまだ近づき難い部分があったのかなとも感じていて。VIVAが出来る前に公園というコンセプトで場所を公開していたので、気軽に立ち寄れる場所という認識は浸透していたように思いますが、そこからアートに触れるというところに、まだ壁があったように思います。

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──なるほど。取手市というのは、以前からアートと市民をつなげる活動をされてきていて、アートへの関心も高まっているように思っていました。TAPとして取手で10年間活動してきたVIVA共同ディレクターの五十殿さんにお聞きしたいのですが、実際にVIVAで運営をされていて、市民の方々がアートに触れるのはやはりハードルが高かったのでしょうか?

VIVA五十殿彩子(写真中央)

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私たちがTAPで活動をしてきたなかでお話ししますと、アートプロジェクトに参加いただく皆さんは「アートに参加している」とは思っていませんし、アートだと思わなくてもいいと考えています。例えば、団地をホテルにするというプロジェクトをやった際に、参加された団地の住民の方たちをホテルマンと呼び、おもてなしをしていただきました。団地の方たちが参加されたきっかけは、アートではなく団地で面白いことをしたいという気持ちからだと思います。若いアーティストの作品だから参加してくださいっていうのが前提だったら、きっと長く続かなかったし、参加者の「もっと面白くしたい!」という熱いモチベーションは生まれなかったんじゃないかと思います。アートだから面白いのではなく、プロジェクト自体の本質が重要。そのプロセスも含めたものがアートプロジェクトだと私たちは考えていますが、それがアートかどうかは私たちが決めることではないのかなと。

そういう意味でいうと、VIVAはまだ走り始めたばかりの施設なので、新しい活動が生まれてくるのはこれから。それを牽引する役割を担うのが「アート・コミュニケータ」だと思っているので、彼らがこの場所から、新しい活動やコミュニティを生み出していってくれると期待しています。

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2. それぞれが考えるアートとは

──「ART(アート)」という言葉にしてしまうと一見よくわからない、自分たちが入っていいのか、と思ってしまうかもしれませんね。アートという言葉をつけてしまうとわかりやすくはなる反面、そこに嫌悪感を感じてしまう人も一定数いるということですよね。

五十殿
実際参加された方は、その違いがすぐにお分かりいただけるのだと思います。例えば、美術館に有名なアート作品が来てるから見た方がいい、というような権威的な見せ方もできるとは思いますが、私たちの考えるアートというのはそういうものではなく、その人の人生の延長線上にあるものだと伝えるようにはしています。しかし、あまりに身近なものだと派手さがないので伝わりづらい……。なかなか難しいところですが。

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──なるほどその温度感の差はありそうですね。実際アトレさんはVIVAという文化施設に関わることになったわけですが、そもそもアートって何?どこからアートと呼ぶの?みたいな話は、社内の認識としてはいかがですか?

武田
アトレとしましては、恥ずかしながら敢えていいますが、アートに「魔法」のようなものを期待しているところは正直ありました。地方創生の切り札といいますか。厳しい状況に置かれた地方のショッピングセンターを大きく変える魔法みたいな力があるんじゃないか、という漠然とした期待感です。また、場所を立ち上げるまでの段階でも考えていたんですが、先ほどのアートという概念と同じように、場所に対しての評価基準が4者で思ったよりもバラけているんだなというのは、正直感じたところです。もちろん今回参加している4者の全員が、この場所をよくしていきたいと心から思っているのですが。例えば、私たちの場合は営利企業なので、よい場所というのはお客様がたくさんいらしてくれて、お金を落としてくれる場所であって。きっとJRも考え方は大きく変わらないと思います。そこでお聞きしたいんですが、森さんは建築家として、どういう場所が「よい場所」だと考えられてますか?

VIVA森純平(写真左)

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僕はむしろ場所に対する評価基準がバラけていることの方がいいんじゃないかと思っています。ここVIVAにおいての「よい場所」に対しての明確な答えは持っていませんが、施設の価値を上げることのひとつに「持続すること」が挙げられるかなと思っています。持続していく時に、関わっている4者が個別の「よい」基準を持ち続けて、さらにこの議論を継続していくことが有意義なのではないかと。

五十殿
そうですね。先ほど鵜澤さんと武田さんがアートに壁を感じるという話をされていましたが、きっとアトレ側が期待されていたことと現実は違ったんだろうなと思いながら聞いていました(笑)。森さんもおっしゃっていましたが、4者はそれぞれ組織としてのミッションもビジョンも違う。そのなかでそれぞれの役割がきちんと発揮される場になったらいいなと思っていて。取手市が入っているから行政に結びつくとか、アトレは商業施設の華やかさとか、TAPや芸大の役割はVIVAの文化的価値を上げることだったり。場所の作り方にしても、来る人を限定していませんし、施設としてもさまざまな思いの人たちが同じ場所にいるというのが重要な気がします。


3. 商業と文化がミックスした実験的な場所、その施設の「価値基準」とは

──今お話されていた「文化的価値」ってどう評価するものなのでしょうか? またはどういうところに表れてくるものなのでしょう? 美術館などでは明文化されているのかもしれませんが。

五十殿
すごく難しいところですよね。でももともとが商業施設ということのメリットはすごくあると思っていて。TAPで活動していた時には、ワークショップの人を集めるために地元の学校や施設などに何千枚チラシを配って、でも来てくれたのは数人だったり、ということがあったんですが、先日バレンタインのイベントをやったときは告知もせずにその場で呼びかけるだけですぐに定員が埋まってしまった。それは場所の力ですよね。逆に気をつけなければならないなと思うのは、それが創造的な体験になっているかということです。

2020年8月に開催した「オープンデイ」も、とてもたくさんの人に来ていただき、賑わったのはいいことなのですが反省も残りました。例えば、刺繍ミシンの体験をする場所があったのですが、そこが無料で何かを作ってもらえる場所、まるでミシン売り場のようになってしまったのです。あっという間に消費の場になってしまうのだなということを痛感しました。色とかたちをうまく組み合わせて、ミシンの模様を自分で考えてもらうような設計ができればよかったなと。ワークショップをする時なども、私たちが一方的に何かを提供してお客さんが受け取るという消費の関係ではなく、お客さん自身が何かを生み出す創造体験にしたいなと思っています。

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その反省を踏まえて、今年の2月に開催したバレンタインワークショップはうまくいったように思います。「あなたは猫派?犬派?」といったいくつかの質問に答えていくかたちで線をたどっていくことで、カードの形を導き出せるチャートを用意したのです。それをやっていただくプロセスの中で、アトレ担当者とお客さん、またアーティストとの間ですごく豊かな恋バナのコミュニケーションが生まれたんですね。普通、商業施設でそういうワークショップをすると、プラモデルをつくっていくようにこれを貼り合わせたら完成形ができ上がります、というので終わってしまいます。そうではなく、完成形はどういうものになったとしても、途中にコミュニケーションが生まれるかどうかということが価値になるんじゃないか思いました。

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武田
創造活動にシフトさせるというのは、すごいことですね。消費活動をしにきているお客さんが、VIVAのある4階に来た途端に創造活動に頭の中を切り替えるのはなかなか大変なことなのだとは思います。先日も本社で話をしたのですが、オープンアーカイブやギャラリーと休憩できるパークがガラス張りで隣り合わせになっているという話をしたら「休憩する以外の用途で利用するのはハードルが高い」という意見が出たんです。自分はこの場所にずっといるので感じないのですが、パークで休憩をする「ただそこに居る」ということに、何か創造しなきゃいけないというプレッシャーやハードルを感じる方もいるのだなと。そこの中間地点というかつなぐものが必要なのかなと思いました。

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それには、慣れが必要なのかもしれません。個人的に、小中学生の時にとっての公園や図書館の自習室をイメージしたんですが、最初行ってみるとすごく緊張して慣れない。でも1週間くらい通ってみたら自分の場所みたいになってくるような。たとえば藝大生にとっては上野公園も最初受験生として来る時には、ものすごく緊張感のある場所なんですが、学生になって通い出すといつの間にか安心できる場所になる。
現実的にはVIVAの席数など、物理的なキャパシティの問題もあるとは思いますが、そこを解決するには限界があるので継続性で解決していくことになるのかなと思います。

また、商業施設だから消費、文化施設だから創造といったときの「消費」や「創造」という動詞の意味を改めてとらえ直すことが価値の創造につながるのかなと思いました。単に消費といっても、お金を対価にものを買うわけではなく、もしかするとお金ではないものを使ってこの場を利用することなのかもしれません。対話という言葉も同じで、お互いに話をしなかったとしても、横に座っているだけで何らかのやりとりがされているかもしれないし、自分たちが気付いていないだけで実はもっといろんな対話のかたちがVIVAでなされている。創造という言葉も魔法みたいなワードですよね? どういうことが消費なのか、創造なのかを議論し、考えていくことが重要なのかなと。そして、先ほど武田さんがおっしゃった「魔法」はどうやったらつくれるのかという実験をしていかなきゃいけないんだと思います。

武田
確かに慣れもあるのかもしれません。何かを「する」じゃなくて「しなくてもいい」っていう選択肢が頭に入っていれば大丈夫な気がする。

五十殿
取手市が運営する「ギャラリー」は、明らかにいつもと違う客層、主に高校生などの若い方が来たという話をよく聞きます。それはガラス張りになったから入りづらさが軽減されたのだと思います。本当は壁があった方がたくさん作品が展示できるのですが、敢えて壁を取り払ったことで、新しい層へのアピールはできているのかなと。地元の作家の方は、若い人が来てくれたと喜んでくださっていますね。

コロナになる前はフロア内で飲食ができたので、お弁当を買って一日中いる方もいましたね。使い慣れた方だと、最近もブックスタンドを持って勉強している高校生や、昼寝をされている方もよく見受けられます。ただ「ここ、本当に使っていいんですか?」と聞かれることは多いですね。無料なんですか?どうやって使ったらいいんですか?と。聞かれた時は「空いてるところ好きにどうぞ」って言うんですけど。自由過ぎてどうしていいのかわからない、という方はいるのだと思います。

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武田
ここはもともと室内公園のような場所だったんです。VIVAをつくる際に、「いま世の中の公園って誰もが使える場所とは言われていますが、どうしても子ども中心になっていてサラリーマンがいたら異質と見られてしまうのが現実です。そういうことをできるだけ排除したら、どこまでゆるやかな空間がつくれるのだろう」というところから議論が始まりました。一年運用してみて、若い子からサラリーマン、お年寄りの方までまんべんなく利用してくれている、そういう意味では想像以上です。ごくたまにアトレへの投書で「高校生の勉強部屋になっていないか」という言葉をいただくことはありますが。来る人を限定しない場所、という意味では成功しているのではないかと思います。

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──動詞の考え方を変えていくというのはすごくいいですね。言葉というのは意味を共有できはしますが、限定してしまうものでもあるので。商業施設だから消費をしなきゃいけない場所、公共施設だから何をしなきゃいけないとか、文化施設だから文化を生み出さなきゃいけないというではなく、そのボーダーもゆるくシームレスになるような。一個人の行動からすると、文化施設に来ていた人がいつの間にか消費行動に移っていたり、きっと消費や創造って二分されるのではなく、つながっているように思います。


アトレで売っている商品も実は、高校生をターゲットに寄せ直せば、売れるとかあるかもしれませんよ(笑)。将来、いつの間にか109的な女子高生ターゲットの店になっているのかもしれない。

武田
それは面白いですね。現在アトレの消費を支えているメインターゲットは65歳以上の女性ですから。商業施設としてのアトレは4階とそれ以外の階がバラバラしてしまっているというのが、課題なのだと思います。


4. 美術作品を残すことと、楽しむこと、オープンアーカイブの可能性

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──VIVAは先ほどからお話いただいている、誰が来ても何をしても、しなくてもいい場所「VIVAパーク」だけでなく、旅とアートの本を揃える「ライブラリー」や東京藝大の卒業生の作品の収蔵庫を一部見せるという「オープンアーカイブ」のような機能を持った場所があります。それぞれについてどういう使い方をされてきたのか、今後の展望について教えてください。

五十殿
「ライブラリー」については、本も読まれていますし藝大生が「こんなレアな本あるんだ!」と驚く姿も見受けられます。ただ、どんな本が人気なのかとか、そこで何を受け取っているのかというのはわかっていないので、様子を把握し切れていないというのが実情です。現在スタッフがいる事務所から死角にあるので、なかなか見えづらいこともあり。分析をしたり新たな試みをするのはこれからなのかなと。

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「オープンアーカイブ」では、対話型鑑賞を中心にした「ツアー」と作品をただ鑑賞するだけではなくて、調査するということで作品を別の側面から見てもらおうという目的で生まれたプログラム「たいけん美じゅつ研究所」を運用しています。今年の3月末に初めて展示替えをします。全作品というわけではなく、3〜4点。先日作品選びを藝大の伊藤達矢先生にご指導いただきながらしていたんですけど、その時にオープンアーカイブの作品選びは、対話型鑑賞がしやすいことを基準に選んでいたのだということが初めてわかりました。逆に言うと、VIVAで今後積極的にやろうとしている対話型鑑賞というのは、作品選びがすごく重要なのだなと思いました。

──まずオープンアーカイブに展示される作品というのは、どういうものから選ばれるのですか? 対話型鑑賞がしやすい作品というのはどういうものなのでしょうか?

五十殿
藝大美術館の収蔵品と取手市が所蔵している作品、なかでも取手市長賞をとったから選んでいるのですが、どうしてその作品が選ばれたのかというのを実は終盤メンバーに加わった事務局サイドもわかっていなかった。対話型鑑賞がしやすい作品をわりと見えやすい位置に展示し、それが難しい作品は外側から見えるような場所に置いたという意図を最近聞いて、そうだったのかと思いました。

対話型鑑賞がしやすい作品というのは、一つの視点からいうと鑑賞者からの言葉を引き出しやすい作品です。例えば、具体的なモチーフがあったり、シーンが想像できたり、人が描かれているものはやりやすい。アート・コミュニケータが鑑賞者への最初の問いとして「この作品のなかで何が起こっていると思いますか?」という質問をすることになっているので、それが言いやすい作品はやりやすい。はじめて対話型鑑賞に取りくむアート・コミュニケータにとってそういった作品があることは大事だと思います。

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なるほど。その話を聞くと、最初から対話型鑑賞をするためだけの場所にはしなくてよかったなと思いました。VIVAは何もないゼロから場所をつくったので、もし最初に対話型鑑賞をするという目的があったら、そのルールに沿って建物の形をつくっていくのだと思いますが、そうはしなかった。最初にいろいろと試行錯誤をしましたが、すべてのルールが決まっていなくて、変更できる可能性を持った場所というのは、それだけで価値があったんだろうなという気がしています。そこで、今の話を踏まえて次に注意しなければならないのは、対話型鑑賞がしやすいものばかりを選ばないようにしていくことでしょうか。ついラクな方に行きがちなので。例えば半分は対話型鑑賞しやすい作品、半分はしにくそうな作品を選ぶとルール化しておいた方がいいように思います。

五十殿
対話型鑑賞しやすい作品と「たいけん美じゅつ研究所」のプログラムがやりやすい作品は、また別なんです。対話型鑑賞は絵画でモチーフが具象的な方がいいといいましたが、「たいけん美じゅつ研究所」は真逆で、抽象的な方が楽しいんです。最初から何が描かれているか、形作られているかがわからない方がいろんな意見が出てくる。具象的なモチーフばかりだと、突飛な答えって出てこないんです。


じゃあなおさら最初から対話型重視にはしなくてよかったですね。面白い!

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──オープンアーカイブを一年間運用されてみて、体験頻度としてはどんな感じでしたか?

五十殿
ギャラリーで展示がある時には、ついでに寄っていく方もいますが、まだまだ少ないかなという印象です。一回見たらもういいかと思っている方は多いように思いますので、プログラムを考えなければと思っているところです。「たいけん美じゅつ研究所」は、ひとつの作品で何回やっても面白い!とプログラムを考えた当初は考えていたのですが、実際にヘビーリピーターになってくださったのは一人だけで、なかなか浸透していないというのが実情です。

VIVA宮内芽依
その方は日系アメリカ人の方で、すごく積極的にVIVAを使ってくれていて、小学校や認知症のお年寄りとVIVAをつなげてプログラムをやりたい、と話を持ってきてくださったりしています。彼女はディスカッションに慣れているので、対話型鑑賞にすごくよくマッチしていたのだと思います。単におしゃべりをしに来るという目的もきっとあるのだと思います。


「オープンアーカイブ」というのはもともとは美術品の収蔵庫であって、そういう場所を公開しているのは世界でもまだ数えられるほどです。美術館や博物館というのは100年、200年後でも作品が展示できるよう、収蔵品にはものすごく厳格な配慮がなされていますが、それと同時に収蔵品というのは年々増えていくものなので、倉庫の問題もありますし各地の美術館で収蔵そのものの在り方を見直す時期に差し掛かっていて。東京藝大のオープンアーカイブというのは、収蔵庫の新しい在り方を実験するひとつの試みでもあります。

五十殿
確かにそうですね。私もアートプロジェクトには関わってきましたが、作品はプロジェクトが終わったら廃棄されてしまうようなものばかりだったので、美術館に入るというのはどういうことかというのを考えさせられました。どうやって作品を歴史に残していくか、温湿度管理や取り扱いの丁寧さなどから、アーカイブの重みを感じています。

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──なるほど。確かに気軽にアートに触れるということと、100年後に残す作品をいかに取り扱うかというのは違いますね。その重みや緊張感は残しつつ、でもせっかく展示しているので体験しに来る人が増えたらいいなという思いもあり。また、対話型観賞に話は戻りますが、ディスカッションするというのは日本人は慣れていなくて、自分の意見を言うのが苦手だと言われているじゃないですか。そこの誘導はどう工夫されているのでしょうか?

五十殿
対話型鑑賞というのは、最初は難しく感じる方もいらっしゃるんですが、実際にやってくれるととても喜ぶ人が多いです。以前にJRの職員さんが5人くらい職場のメンバーでいらしてくれたのですが、とても楽しんでおられました。普段は仕事の話しかしないそうなんですが、VIVAでは上司の部下もありません。「君、意外と詩人だね」や「そんなこと考えてたのか」等、フラットな立場で何を言ってもいいというコミュニケーションが楽しかったと言ってくださいました。

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──普段のお仕事場ではあり得ないコミュニケーションがVIVAで生まれたということですよね?

五十殿
そうなのだと思います。

──アトレの社内の皆さんはいかがですか?

武田
もちろん全員ではありませんが、体験をした人間はアート慣れしていなかったのですが、アートを鑑賞するということは、その作品の背景や技法について知っているかということではなくて、自分がどう思うかということだけでいいんだということに気付いたのだと思います。また、スタッフの鵜澤に関しては、VIVAで体験をした後に初めて自分から美術館に足を運んだと聞いて、驚きました(笑)。

一同
すごい〜(拍手)。

──美術というものの見方は自由でいいんだってことがわかって背中押されたんですか?

鵜澤
それもありますし、単純に興味も湧いてきましたね。ちょうど旅行をした場所が箱根だったので、近くに美術館があるからせっかくだから行こうという。

──素晴らしい! それってものすごい成果なんじゃないのかなと。これはラーニングの考え方にもなるのだと思いますが、一人ひとりへの体験の深さというのは、体験者数という数では計り知れない部分がありますよね。鵜澤さんみたいなアートに壁を感じていらっしゃった方の行動を確実に変える力みたいなものがあるのだと思います。それが大きくなっていくと先ほどおっしゃった「魔法」みたいになっていくのだと思います。

五十殿
対話型鑑賞というのは、自分の発言が肯定されるすごくいい体験になると思うんですが、その興味をさらに調査という名目で広げていけるのが「たいけん美じゅつ研究所」その2段階のプログラムがセットであるのは、最初はまったく意図していなかったですが、結果的によかったのだと思います。

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武田
僕も両方体験しましたが、対話型鑑賞は作品自体を掘り下げていくような楽しみがあって、「たいけん美じゅつ研究所」は自分の中にある感覚を楽しむ感じ。方向性が違うんだと思いました。両方やってみてよかったなと思いました。


いま五十殿さんや武田さんが言ったようなことは、いまの段階で初めて自分たちの中で初めて言葉にしてみた!タイミングなので、きちんとプログラムに置き換え直して運用していくのはこれからですよね。リピーターの話もそうだと思います。いわゆる普通の美術館も一つの展示でリピーターとして利用される方って限られている。だからVIVAでの試みはすごい実験的なんじゃないかなと思っています。展示替えというきっかけがあったので、これからは1年に1回展示替えをすれば、それを見にどんな人が来てくれるのかどうか楽しみです。

また、先ほど五十殿さんが話していたJRの職員の話とか鵜澤さんの話のようないい話をチームの僕でも初めて聞くことが多く、きちんとシェアしていきたいですよね。次年度は、みんなにとって「初めての2年目」になります。ここでどういうことが起こるかをちゃんとチェックしておきたいですね。

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5. VIVA一年の運用を経て、初めての2年目への展望について

──いま2年目というお話が出ましたが、2年目の目標についてお聞かせください。

武田
せっかくVIVAといういいものができたので、ぜひ続けて行きたい。10年後、20年後にすごいもの作ったなあってみんなで言えるようになりたいので、その仕組み作りするのが次年度の目標です。立ち上げメンバーはスタートからみんな関わって、きちんと話をしながら場所をつくってこられましたが、当然僕らやJRは企業ですし、取手市は行政なので人が異動する可能性は確実にある。その時、他の人が携わったとしても「何のための場所なのか」「誰のための場所なのか」「この場所に課せられたミッションは何なのか」ということが明確にわかるようにしておきたい。企業として考えるのであれば、僕個人で考えないための工夫していきたいと思います。

五十殿
アート・コミュニケータ「トリばァ」の1年目が終わり、2年目の募集をする時期です。この1年間は、2ヶ月閉場したこともあって、プログラムの開始が遅れてしまい、すごく難しいと思いながら取り組んできたのですが、運営側として気をつけなければならないことが少し見えてきたように思います。それは、アート・コミュニケータ同士が企画を立てる際にコミュニケーションができているかどうか。そこが重要だということに気付きました。アート・コミュニケータというのは3人以上が組んでチームになって、VIVAの企画を考えるのですが、3という数字はいっぱいということ。要は多様性の中から企画は生まれるのだと実感しています。私たち運営側としては、とにかく皆さんが話し合える環境をたくさん提供していけるようにしたいなと。企画の善し悪しということではなくて、話し合えているかどうかが重要。運営側はそれを発信し続けていきたいですね。

宮内
2期目として新しい人たちが入ってきてくれるのはすごく楽しみですね。2021年1月から3月にかけてyoutube配信で行ったオープンレクチャーでは、VIVAという場所について、多様性や社会の課題について議論していきたいということを発信していますので、それをキャッチしてくれた方が入ってきてくれるのだろうと期待しています。

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VIVAという箱やここで何ができるかという可能性に対して、僕らには3倍から10倍くらいできることがあると考えていて。ただ、予算もないし人もいないので進められていないというのが実情です。現在の状態だとまだ3分の1くらいしか練れていないし、いろいろと走り出してはいるんだけど細かい意図は届いていないような気がしています。

逆にいうと、3年あるいは10年くらいかけてじっくりと練りながら場所をつくっていけるというのは、贅沢な時間の使い方ではあると思います。次年度は2年目に向けてというよりは、初年度にできなかったこと、できていない視点から場所をよくしていくようなことができるといいなと思います。

あと、商業施設だったら怒られてしまうようなことかもしれませんが、「アート・コミュニケータ」にしても「たいけん美じゅつ研究所」にしても、僕は敢えて先導をせずに、後ろから皆さんの背中を押す感じでやってもらっていた部分が強くて、運営側としても大きくコントロールせずに実験的に走っていったものが、今後どんどん実を結んでいくんだろうなという気がしています。

五十殿
何が足りないかと言われると、圧倒的に人が足りていないというのがあって。現場としては、いまできるフルのことを常にやっていっている感じなので、もう少し客観的な視点で見られる人が一人いたらいいのだと思います。

武田
アトレとしては、取手市の中の事業ということであれば、大きな投資は難しいのだと思います。ただ、取手市だけではない人に向けた発信ということであれば、投資をする価値があることを我々はやっていると自負しています。なので、もっと対外向けの発信をしていく体制作りをすることが重要なのでしょうか。そういう仕組みづくりを整えていくという意味でも、やはり3年くらいはかかるんだろうなと思っています。そこでVIVAはこういう活動をしているから、資金を提供してくださいとこちらも胸を張って言えるようになるんだと思う。予算規模で考えると、どうなんでしょうね。県で収めるのか、全国いや全世界規模で考えていくのか。個人的には足りていないなとは思っています。


VIVAパークには、中学生や高校生が勉強している姿がよく見受けられるのですが、VIVAという場でオープンアーカイブやライブラリー、ギャラリーなどに参加せずとも日常的に触れています。彼らが高校や大学を卒業して、地元から出たりそのまま就職したりして、そしてまた取手に戻ってきた時に、どうなっているのか、すごく楽しみなことではあります。

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──皆さんありがとうございました。駅に直結した駅ビル、アトレにある文化施設ということで、アートに興味がある方もない方もたくさんいらっしゃる場で、どういう試みをしたらたくさんの方に「創造的」な行為をしていただけるのか。また、「アート」という言葉に関しての距離感──企業側が考える「魔法的」かつ「少し壁を感じる」という思い、そして実際にアートに携わっている皆さんが考える創造性や他者への想像力、協働から生まれるものを結果として「アート」と呼びたいという、お話の中から浮かび上がってきたように思います。先ほど、場所に対しての評価基準が多様であるほどいいと森さんもおっしゃっていましたが、こうした議論を今後も定期的にされていくのは有意義なのではないかと、お話を伺って感じました。「初めての2年目」でも、皆さんの様々な声を拾っていきたいと思います。ありがとうございました。


◇たいけん美じゅつ場よりお知らせ

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