プロジェクトマネジメント義務とは
システム開発のプロジェクトが失敗した場合、「失敗の責任はベンダにある」として、ユーザがベンダに対して損害賠償を請求することがあります。
その際に、ベンダに責任があるかを判断するうえで、「ベンダがプロジェクトマネジメント義務に違反していたかどうか」が問題となることが多いです。
そこで本記事では、プロジェクトマネジメント義務の内容について解説します。
1.プロジェクトマネジメント義務とは
簡単に説明すると、「システムの完成に向けて、ベンダが自社の開発体制や進捗状況を管理したり、ユーザへの説明や働きかけを行ったりする義務」と言えるのではないかと思います。
具体的には、ベンダには以下のような義務があると考えられます(松島 p20,101、難波ほか p96-118、上山ほか p23、松田ほか p198)。
①自社の開発体制の管理
自社の開発体制を構築・維持して、ユーザと合意した手順・手法・スケジュールに従って作業を進める
NG例:必要なスキルを持ったメンバーの不足や、前任者からの引き継ぎ不足により、システムが完成しなかった
②ユーザによる意思決定が必要な事項と期限の提示
ユーザによる意思決定が必要な事項(例:システム化の範囲、システムの要件)を整理して、回答期限とともにユーザに伝える
③システムの観点からのアドバイス
システム開発の専門家として、システムの観点からの情報(例:システムの仕様がユーザのニーズを満たすか、想定されるリスク)を提供し、ユーザの意思決定を支援する
ユーザが決定した内容に問題がある(例:明らかな誤りや考慮漏れがある)場合には、そのことを指摘して再考を促す
ユーザが複数の選択肢から一つを選択する必要がある場合には、メリットとデメリットを示す
NG例:ユーザのニーズを満たさないパッケージや、業界水準と比較して非効率・低機能な開発手法を提案した
④進捗状況の管理
プロジェクトの進捗状況を常に把握する
計画からの乖離が生じた場合は、挽回可能かどうかを検討し、計画の変更が必要な場合にはユーザと協議する
NG例:進捗状況の把握と対策の判断を誤り、納期の遅延が発生した
ユーザの意思決定が遅れている場合は、それによって生じる問題(例:本番稼働日の延期、開発コストの増大)を具体的に説明し、ユーザの意思決定を促す
ユーザから仕様変更や機能追加の要望が出された場合は、プロジェクトへの影響を検討したうえでユーザに説明し、追加報酬の支払いや納期の延長などを求める
プロジェクトへの影響が大きく、受け入れられない項目については、要求の撤回を求めたり、次のプロジェクトで対応することを取り決めたりする
NG例:納期直前にユーザから出された要望を安易に受け入れ、納期の遅延が発生した
2.なぜベンダにプロジェクトマネジメント義務があるのか
ベンダのプロジェクトマネジメント義務(以下「PM義務」)は、法令で明文化されていませんが、多くの裁判例で認められています。
それでは、どうしてベンダはPM義務を負わなければならないのでしょうか。
その理由は、システム開発プロジェクトを成功させるためには、システム開発の専門家であるベンダが、システム開発の知識や経験が少ないユーザをサポートすることが不可欠であるためです。
PM義務の根拠は、民法上の「信義誠実の原則(信義則)」にあると考えられています。
システム開発プロジェクトでは、ユーザが意思決定をしなければならない場面が多くあります。その際、ユーザが単独で技術的な内容や仕様変更の影響などを理解して、適切な判断を行うことは困難です。
裁判所は、このような事情を踏まえて、個々のプロジェクトごとに実態を勘案しつつ、当事者の合理的意思解釈として実態との乖離を埋めるためにベンダのPM義務を認定してきました(NTTデータ編 p65)。
なお、契約書で明記されていない場合であっても、ベンダにはPM義務があると考えられています(小賀野・浦木・松嶋 p139)。
3.実務上の留意点
ベンダとしては、今回紹介したPM義務の内容を含め、自社の役割を十分に認識しておくことが重要です。
そして、システム開発の提案段階においては、ユーザの要望の実現可能性や、実現にかかるコストやリスクなどについて、ユーザに対して十分に説明しましょう。
また、プロジェクトの途中で、プロジェクトの失敗につながりうる事態に気づいた時は、ユーザに対して説明を行い、対応の選択肢を示して、ユーザの判断を求めることが重要です(森・濱田松本法律事務所編 p84)。
参考:信義則とは
信義則に関する民法の条文は以下です。
この条文の趣旨は、「社会共同生活関係において、各構成員が相互に個人として尊重される以上、各構成員は相互の信頼を裏切らないように行動しなければならない」というものです(中舎 p475)。
法令や契約で定めた内容だけでは、契約における当事者の権利・義務の内容として不十分である場合には、契約上の主たる義務(システム開発契約の場合、システムの完成とその対価の支払い)に加えて、信義則上、契約に付随する義務(システム開発契約の場合、ベンダのPM義務やユーザの協力義務)があると考えられています(中舎 p479、難波ほか)。
※PM義務の根拠に関する補足:民法上の信義則を根拠とする考え方のほかに、「システム開発契約の趣旨に当然に内包される義務である」という考え方もあります(森・濱田松本法律事務所編 p76)。
参考文献
松島淳也『システム担当者のための法律相談』(2012, インプレスジャパン)
難波ほか『裁判例から考えるシステム開発紛争の法律実務』(2017年, 商事法務)
平野ほか『法務担当者が知っておくべきシステム開発紛争の要点』(BUSINESS LAW JOURNAL 2019年12月号)
松田ほか『契約解消の法律実務』(2022, 中央経済社)
NTTデータ編『システム開発を成功させるIT契約の実務』(2021,中央経済社 )
小賀野・浦木・松嶋『一般条項の理論・実務・判例 第2巻 応用編』(2023, 勁草書房)
森・濱田松本法律事務所編『企業訴訟実務問題シリーズシステム開発訴訟 第2版』(2022, 中央経済社)
中舎寛樹『民法総則 第2版』(2018, 日本評論社)
尾城亮輔『プロジェクト・マネジメント義務と協力義務』(BUSINESS LAWERS)