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【#2000字のホラー】邪悪な護り人(まもりびと)
「今日の発掘現場で見つけた物、何だと思う」
帰宅するなり夫が聞く。よほど興奮しているのか、いつもより早口だ。こういう時は興味を持っている素振りで「何なの。珍しいものなの」と答えるのが正しい。
「聞いて驚くなよ。なんと土偶が見つかったんだ。しかもほぼ完璧な状態でだ」
夫はポケットから携帯を取り出した。目当ての画像を見つけると、目の前に突きつける。明るい光に少し目が眩みながらも画面に焦点を合わせる。それは黒くて丸いものだった。よく見かける宇宙人のような土偶に似ていなくもない。けれど何か違う。言葉にできない違和感があるのだ。しばらくしてそれが分かった。禍々しさだ。他の土偶のような愛らしさが感じられない。むしろ何か邪悪なものが宿っているような、そんな印象を受ける。実家が神社であるためか、私は人よりも敏感な部分がある。普段は気にしないようにしているが、この違和感は無視できなかった。夫は構わず話し続けている。彼はこれに気づいていないのだろうか。私はすぐにでも『それ』から離れたくなり、夫に声をかける。
「ねぇ、夕飯を食べながらゆっくり聞かせて」
高校で社会の教師をしていた夫が、県の文化財保護センターに異動したのは今年の四月だった。最初は教壇から離れることに落胆していたが、もともと考古学が好きだったこともあり、次第に発掘調査に夢中になっていった。そして、夏から秋に変わり始めたころに例の土偶と出会ったのだ。
土偶の発見はこの町では大ニュースだった。小さいながらも頻発する災害しかニュースにならないローカルテレビや広報誌を賑わし、町の観光名物にしようとの話も出た。第一発見者の夫も一躍時の人となった。静かで穏やかだった町では、誰もが、そして町全体が何かのタガが外れたかのように湧き立っていた。そのせいなのか、交通事故がやたらと増えていたが、誰もそれに違和感を持つ者はいなかった。私以外は。
冬の訪れがすぐそこまで来ていたある日、別の発掘現場でまた土偶が見つかった。夫が見つけたのと真逆の方向の場所だった。画像を見たが、前回同様、禍々しさに包まれていた。しかし、町は二つ目の土偶の発見にまたも賑わった。しかししばらくすると、土偶の所有や土偶を利用した観光商売などが原因で住民同士が諍いを起こし始め、そのうち至るところで喧嘩や暴力沙汰が頻繁に発生するようになった。自然災害も前より増え、前とは違う町の様子に少しずつ違和感を持つ者も出始めていた。
ある晩、私は夢を見た。昔むかし、土偶が作られていた時代だった。巫女らしき女性が数名の男性に穴を掘らせ、その中に土偶を入れるよう指示をしている。三ヶ所に土偶を埋め、何やら呪文を唱えている。それが終わると大きな三角錐に辺りが包まれる。この土偶たちは結界をつくっているのか…そう思った瞬間に目が覚めた。もしその夢が正夢であるならば、土偶が掘り出されたことで結界が壊れつつある。そのために町が変化してきているのかもしれない。得体のしれない不安に襲われ、確信が持てないながらも私は三つ目の土偶を探すことにした。
場所を割り出すことは簡単であった。すでに見つかった場所と残り一点を三角錐になるよう結べばよい。しかし、そこは新しいショッピングモールの建設予定地だった。現地に行くとまさに採掘をしている最中であった。すでに半分以上は整地され、入ることも難しい。がっかりして下を見ると、黒い石の欠片があった。いや、石ではない。つまみ上げるとそれは土偶の足だった。三つ目の土偶はとっくに壊れていたのだ。ちょうどその日、急に出てきた隣の市との吸収合併の話が話題となっていた。そして賛成派と反対派が武力衝突し、町はパニック状態に陥り始めていた。
夫が土偶を見つけた日から町は少しずつ荒れ始め、住民の間でも事故や諍いが増え、台風や地震などの自然災害も多くなった。やはりあの土偶たちはこの地域の護り人であり、掘り起こしてはダメだったのだ。しかし、もう元に戻すこともできない。どうすることもできず、私は落胆したまま家に戻った。
ふいに飛行機の爆音が空に響くと同時に、町中に不穏なサイレン音が鳴り響く。慌ててテレビをつけると緊急速報が流れていた。
『原子爆弾を搭載した…国の軍用機が操縦不能となり、…県…町に落ちる可能性があります。住民は直ちに避難をしてください。繰り返します。原子爆弾を…』
その瞬間、私は自分の考えが大きく間違っていたことに気づく。土偶たちはこの地域を守っていたのではない。この国を守るためにあらゆる災害をこの地域に集中させていたのだ。そして結界を張ることで被害を軽くし、かつ住民に真実を気づかれないように催眠をかけていた。しかし今やその結界は壊れ、住民たちは違和感に気づいている。ということは、災害も…。
もうすべてが遅すぎると知った私は、眩しい光に静かに目を閉じた。(おわり)
#2000字のホラー
書いていてとても楽しかったです。やっぱりホラー好きのようです(笑)。