『あなたと行ったヴィーナスブリッジ』続 【~となりのネグレクト~】著・戸松大河
一気に眠気が覚めた。
『…』
『どーした?』
『陵、今どこいてる?』
『え、家だよ。』
『…』
『どーしたの、学校は?』
『夏休みやねん。』
『あーそうか。そうだな。』
『どーしたの?』
『ねーねとままに叱られた。』
間ができた。
『なんで?』
『…なんか、なんか、ねーねが急に陵が連絡してこぉへんってなって、ほんで、慧斗なんにもゆーてへんのになんかゆぅたやろってなって。ままお酒飲んでたからままも変になってわーってゆぅて、お父さん居たときみたいにぎゃーってなって、お皿とかコップとか投げて-----------』
『わかったよ。慧斗。もう大丈夫。大丈夫だから。ゆっくりでいいよ。いまどこ?どこにいるの?』
『南森町。』
『ん?家?』
『外。』
『雅とままは?』
『家。』
『南森町のどこ?』
『橋んところ。』
『…なんで。』
『陵いなくなってからずっと怒ってて、怖くて出てきた。』
『夜からずっと外いるの?』
『いや、夜っていうか朝。ずっと怒ってて。もぉ出ていけ言われたし。』
『……慧斗。とりあえず迎えに行くから、駅わかるよね?』
『うん。』
『じゃ駅で待ってて。』
『あかん、ままとかねーねとか祭りの人に逢いたないから、慧斗待ちたない。電車乗ってそっちいっていい。』
『行くって、そんな』
『電車乗れんで。』
『お金は?』
『ある。』
『いくら?』
『全部で¥8,652』
『じゃ。後で返すからその橋渡ったらちょうどタクシー乗り場があるやろ。』
『うん。』
『タクシーのって。』
『…わかった。』
『あ、そうか、すぐかけ直すからでて。すぐかけ直す。』
『うん。』
僕は一旦電話を切り、かけ直す。
『はい。』
『ごめんね携帯代。』
『あ。ありがとう。』
『とりあえずもぉ大丈夫だから。タクシー乗って尼崎駅って言って。そっち向かうからそこで逢おう。逢うまでこの電話は切らないこと。わかった?ホントに大丈夫だから。』
『うん。ありがとう。』
慧斗くんは、安心して嬉しがるように泣き崩れるように『うん。ありがとう。』と言った。
僕は気づくとデニムとTシャツに着替え、車に乗り込み神戸岡本のヤマカンを越え2号線を飛ばした。
携帯電話の向こうからは鼻水を啜る音が聞こえる。
無我夢中で追い越し追い抜き、慧斗くんには『向かってるから待ってて。』とか、タクシーの運転手さんに代わってもらい目的地を伝えたりしながら、間も無く合流した。
尼崎駅。僕らの関係性を疑問視するタクシー運転手。よく見ると、僕が入学式前に乗った時の運転手さんだった。
『あ。』
『え。』
『…』
『あーお兄ちゃんやんか!英南行ってる。覚えてる?』
『はい。』
『ごっつ雰囲気かわったやん!』
『ええ。はは。』
久方ぶりと言う気持ちもあったが、僕は大学デビューの象徴的変容ぶりだったのが恥ずかしいと言う気持ちだった。
どうしてこんな時まで
僕は自分がどう映っているかを気にするのだろう。
『垢抜けて、華やかなってー。』
『はは。すいません。…ありがとうございました。』
『いえいえ。いやーこんなことあんねやな。もぉかれこれ何年前や?』
『…3年位ですかね。』
『わーもぉそんなたつんやー。』
『はい…。』
『従兄弟かなんか?』
『そぉですね。』
『なんか、迷子になってまったみたいで。』
『ほぉか。』
運転手さんは、察知したように、深入りしないようにと言う印象がある。
『雰囲気かわったやん!』『垢抜けて、華やかなってー。』と言う言葉に、なにか恥ずかしさと後ろめたささえ感じていた。情けなささえ感じさせてくれた瞬間だった。
心と人間性に
アクセサリーを付けれるだけ付けている感覚
そして
こんな問題に直面しているのに
運転手さんは
『楽しそうやね、人生謳歌してそうやね』
と
言っている
謳歌なんてしてない…
謳歌していると言い聞かせているのだ。
彼女には裏切られ
友人は少なく
単位は落とし
留年間近の男だ
もぉ全てが麻痺していたのだとさえ感じた。
そぉか。
腐った人間の話なんだ。
とりあえず言っておこう。
タイトル
『あなたと行ったヴィーナスブリッジ』
支払いを済ませ、逃げるようにタクシーを飛ばす運転手さん。なにかを気づかせてくれた恩人にも感じた。
慧斗くんを助手席に乗せる。ナップサックがパンパンだった。家出する覚悟で来たんだろう。車の中で話を聞く、喫茶店に行って、なにか旨い飲み物と食事でも食べようと提案したが、慧斗くんは人目が気になると拒んだ。
僕が小学校4年生の時は
人目など気にもしなかった
無邪気に遊び倒す夏休み
祭りに行って、プールに行って、皆でかき氷を食べる
夜は友達と花火をして、
始業式前日に親にド叱られるサマールーティーン
しかし
この少年はどうだ
そんな楽しみさえなく周りに気を使って呼吸する
そんな彼を見るだけで苦しかった
道中の会話の中でも彼は言った
『日誌をやっている時が何にも考えなくていい時間。図書館にいる時が、知らないことを知れて嫌なことを忘れられる幸せな時間』だと。
ところが、
その日誌は毎年
夏休みが始まって3日目で終わるそうだ。
彼にとって楽しみにとはなんなのだろう。
毎日殴られるルーティーン
僕の家。なか卯でテイクアウトした親子丼を食べた。慧斗くんは流し込むように食べながら言う。
『親子じゃないのに親子丼食べて、
かかってへんな!笑』
こんな事を笑いながら言える慧斗くん。
どれが本当の慧斗くんなのかわからなくなった
彼もひょっとして嘘をついて生きているのだろうか。
良い子チャンネル以外に
他にいくつチャンネルがあるのだろうか
食った皿を洗い、ゴミ箱に捨て、慧斗くんを風呂に入れた。その後、僕が風呂に入る。唯一ひとりで冷静になれるような瞬間でもあった気がする。風呂からあがりリビングへ。慧斗くんは安心するように眠っていた。疲れきっていたんだろう。タオルケットをかけ冷房を28℃弱に。昨日と同じ光景。
雅に電話をした。
怒り狂っていた。
面白くない様子だった。
僕が謝ることもなかった。
日記を見たことは言わない。
雅は今夜逢いたいと求めてきたが断った。
僕が断ることは初めて。
慧斗がいないことなんて微塵も心配していない。
どことなく自然に聞いてみる。
『昨日楽しかったわ。ありがとうね。慧斗くんと一緒に遊ばせてくれて。嬉しかった。』
『うん。』
『今何してんの?』
『知らん。ゲームちゃうかな。かー、あれやわ今日お父さんとこ行ってんちゃう。ほれかー図書館か。』
『へー。慧斗くんのお父さん近くすんでるの?』
『知らん。もぉええやん。関係ないやん。』
『なにをそんなキレてんの?』
『キレてへんし。なんで今日会われへんのよ。』
『友達と飲みに行くから。』
『誰?』
『おんなじ学部の小山内。わかる?』
『知らん。』
『笑。…ちょい買い物行ってくるからまたメールするね。』
『…うん。わかった。』
『じゃね。』
狭い男なのか。。。
雅から昨日慧斗くんの面倒を見てくれてありがとう
と言う言葉がなかったことに苛立つ
そして、
彼のことをなにも心配していないことにも。
彼の身体には
痛々しい傷や殴られたような跡があるのに。
そもそもなんで昨日僕に面倒を見させたのか?
今どこにいてなにをしてるかも
わかってないし
興味もなさそう
…
雅のなにがほんとでなにが嘘かわからない
慧斗くんと合流してから
彼が話したことを思い出す。
彼は、母親と雅と一緒にいる時間を語った。男の悪口や人の悪口。本人の自慢話を聞かされ、機嫌が悪くなると叩かれ殴られるそうだ。それにもう慣れたそうだが。時々苦痛だそうだ。『そんなもんやろ。家族て。』と言い聞かすそうだ。朝ご飯はなくて当たり前、お母さんの機嫌をそこねない様にするのが彼の使命であるとさえ言う。だって食べさせて貰ってるのだから。怒られるのは慧斗が悪いそうだ。3人目の旦那さんが出ていったのも、稼ぎもしていない慧斗がいるからだとこっぴどく叱られ殴られたと言う。家族が壊れて今苦しくて、ママが風俗で働かなきゃいけないのも、自分のせいだと言うのだ。
煙草を大きく吸って大きく吐いてみる。
彼のチェーン付きのマジックテープの財布の中にあるお金は、保育園年中時代から汚いオトナからもらったり拾ったりして集めたモノらしい。保育園の時は毎日夫婦喧嘩をしている光景を見ていたらしい、しばらくすると頭の中で『ピー』と音が鳴り、なにも聞こえなくなるそうだ。そして、気がつくとタバコを投げつけられていたり、モノを投げられていたり、叩かれたり、ぶたれたりしているとのこと。
痛みはないと言う。
ただ、音も聞こえなくて、声を出せば出すほど、叩かれるから、笑うそうだ。あまりにも笑いすぎるといけないらしい。ちょっと笑って、『ごめんなさい。叱ってくれてありがとう。ちゃんと直します。』と言うとおさまるとのこと。雅はその時、ずっとトイレか押し入れか、外か自分の部屋に逃げると言う。1度慧斗くんが先にトイレに逃げた時、その後、散々雅に怒られてぶたれて殴られた記憶があるらしい。だから慧斗くんは、我慢してその場にいるよう頑張るらしい。
お母さんとお父さんがが仲がいいときは、なぜかお母さんは電気を消して暗闇で踊ると言う。その時も頭の中で『ピー』と音が鳴るそうだ。ただ仲良くてよかったって思うのに、なぜか話せないそうだ。
沸々とイライラしてきた
あーそうだ復讐だ
そーだよね
慧斗も守らなきゃだし
またここで慧斗の為だと言い聞かせる
嘘をつく
ホントに守りたいのは勿論自分だ
慧斗くん本当に守ろうとしているのか。
今やる行動をとなりの少年の事情のせいにしている
好都合に整えるのだ
雪乃さんと今晩会う約束をする
と同時に
雅が嫌う学内の女の子とメールで会話をはじめる
先ずは、アプローチをアイスブレイク
目的は心の扉を開くこと
『久しぶり~♪』からはじめ
適当に会話を短く続ける
…
目的は心の扉を開くこと
そして
会う約束を取り付けること
まさか、1回生の時に
真面目に学校にいってた時期
専攻した『法律心理学』『営業心理学』が
ここで役立つとは思わなかった
暇な女性ほど直ぐに返信は返ってきた
秒でmixiの新アカウントを立ち上げる
所謂、匿名の裏アカウント
そこに雅の日記の写真をランダムに投稿した
なかなかの速度で学内の生徒が足跡をつけていく
まるで映画『ソーシャル・ネットワーク』の様
人は他人の不幸が大好きで、
若者は性欲とステイタスとブランドに飢えている
自分の狙い通り
シナリオ通りに進む感じに達成感と優越感すら感じた
なんか、、
あれかも
あれ
適当にさばくようにやりながら
のめり込まない方が
あんがい好きなもんは手に入りやすいのかもしれない
ある程度
パソコンと携帯を弄くって
慧斗にお手紙
『おはよ!起きたら電話ちょうだい!』
よし
…
髪の毛をセットし
香水をかけ
英南女子の生徒が集まるカフェに向かった
僕の好青年チャンネルが完成
ねらいは
一人でいる南女生
飢えてそうであれば尚良し
容姿問わない
つづく
ご一読頂きありがとうございました。
戸松大河
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