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103万円の壁引き上げの論点
国民が納税し、政府が財政支出を行う目的の一つは、学校教育や社会保障制度などの生活サービスを維持し、国民の最低限度の暮らしを守るために富を再分配することだとされている。近年、いわゆる「103万円の壁」の引き上げが話題になったが、これは配偶者控除の基準(103万円)を撤廃・引き上げし、パートや学生が“年末に働き控え”をしなくても良い環境を整えることで、人手不足の解消や所得増加を図る狙いがある。
この施策は実質的な減税策とみなされており、仮に年収の壁を173万円程度に設定した場合、実施による税収の減少額は約7~8兆円にのぼると指摘されている。では、この施策にはどのような目的や狙いがあるのだろうか。大きく以下の4つに整理できると考える。
労働力不足是正のための働き控え解消
実質的な減税による物価高対策
経済政策(減税)としての側面
インフレ連動的な側面
1. 労働力不足対策
まず、労働人口が頭打ちとなるなかで、今後さらに人手不足が深刻化する業界が多いと予想されている。とりわけ介護職やサービス業などパート・学生が就労する業界では、年末に「103万円を超えないように」働き控えが生じ、人材確保がますます困難になる恐れがある。そこで、年収の壁を撤廃することで、年末の働き控えを減らし、人手不足の緩和につなげようという考え方だ。
2. 実質的な減税による物価高対策
次に、総務省の統計によると2024年11月分の消費者物価指数は前年同月比で2.9%上昇している。これは需要増によるインフレというより、コスト高によるインフレの側面が強いとみられている(実質賃金は4か月連続のマイナス)。そのため、生活が苦しくなる世帯を救済する手段として、減税策が有効ではないかという考え方がある。
3. 経済政策としての減税
現状、金融緩和による経済刺激策が限界を迎えつつあるなか、財政政策の一環として減税は有力な選択肢とされる。しかし、減税に対する経済効果(乗数効果)については議論がある。公共投資や給付などのほうが効果が高いのではないかという見方もあれば、近年の研究では減税のほうが乗数が大きい可能性を示唆するものもあり、今後さらに検討が必要だ。
4. インフレ連動的な側面
1993年に設定された103万円の年収の壁は、30年間にわたり一度も見直されていない。1993年以降のインフレ率や経済成長を踏まえれば、103万円という水準は実質的に当時より大きく目減りしていることになる。たとえば、1993年の国内総生産は約477兆円で、2023年は約91兆円上乗せされている(約568兆円)ため、この30年で1.2倍以上に拡大している計算だ。そう考えると、少なくとも年収の壁を120万円台に引き上げる論理には一定の説得力がある。
ここでの論点は、(2)や(3)の側面だけを重視すると、今回のように恒久的な性格を持つ施策と相性が悪い可能性がある点だ。すなわち、一時的な経済支援策としての減税と、インフレに合わせて恒久的に見直すべき制度設計をどのように両立するかが課題となるだろう。
それぞれについての詳細はまた今後の記事で考えていきたいと思う。