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死神食堂
店は陽の当たらない場所にある。死神が料理長。死神は客のネイタルチャートが視えるらしい。
胡菰(ここ)
〜胡瓜と白キクラゲの五香粉和え〜
胡瓜を半月の斜め切りにして軽く塩を振り、白木耳は湯通しをして食べやすい大きさに切る。水で戻した枸杞の実を加えてボウルで混ぜておく。ごま油を熱して五香粉を加え、すりごま、薄口醤油、酢、砂糖でタレを作って和えれば完成
*****
天女目 玲緒奈(なばため れおな)は気付くと席に座っていた。
何故ここにいるのか、どうやって来たのか。全く思い出せない。
残業を終えて、ふらふらと歩いていたところまでは覚えている。
そして目の前には料理が置かれている。
もちろん注文した記憶もない。
「胡菰でございます」
カウンター越しに話しかけられた。他に店員は見当たらず、店主が一人で回しているようだ。
「すみません、私注文した覚えがないのですが、、」
申し訳なさそうに玲緒奈が言うと
「当店にはメニューがありません。お客様に合わせて料理を提供させていただきます」
そんなのぼったくりじゃないか、と玲緒奈が思ったが、すぐに店主はこう続けた。
「お代はお気持ちで結構です。お口に合わなければそのままお帰りください。とにかく、まずはお召し上がりください」
怪しいと思いつつ、促されるままに玲緒奈は手を合わせる。仕事を詰め込みすぎたせいで、ほとんど何も食べていなかったのも後押しとなった。
口へ運ぶ。
「美味しい」
そう呟くと
「火星が獅子座なので胡瓜をメインに組み立ててみました」
いつの間にか店主は奥のキッチンから出て、カウンターの正面に立っていた。
足音が全く聞こえなかったので、驚いた玲緒奈はビクッと身体を揺らした。
「驚かせて申し訳ありません、私店主の死神でございます」
聞き間違いかと思ったが、確かに死神と言っていた。
「天女目玲緒奈様、私は死神なのでいろいろ視えるんです」
名前まで知っている。社員証は外したはず、と玲緒奈は首元を確認する。
「名前以外にもネイタルチャート、身体の不調の箇所などがわかります。先程の話はネイタルチャート、出生時の天体配置図の内容ですね」
当たっている。玲緒奈は西洋占星術のブログや本を読むのが好きで、自分のネイタルチャートは頭に入っている。驚いていると、死神を名乗る店主は続けて
「太陽星座が天秤座なので腎を養う枸杞の実を加えています。ビタミンも豊富で滋養強壮の効能があります。それからアセンダント乙女座なので、ご一緒にカモミールと生姜のハーブティーをどうぞ」
そう言ってティーカップを玲緒奈の横に置いた。
「緊張がなかなか抜けない星周りですね。土星が1ハウスなので、一層自分に厳しくしてしまいがちです。寿命を縮めるのでほどほどに、そして意識的に許してあげてください」
店主の話を聞きながら玲緒奈はハーブティーを口に運ぶ。気が緩んでいくのがわかると同時に口も緩み
「死神なのに寿命を伸ばすアドバイスをするんですね」
気がつくと口に出していた。
「寿命を奪うだけが仕事ではありませんよ」
無表情で言われるも、全く怒っている様子はない。不穏な空気を察知するのは天秤座の得意技。そのセンサーが全く反応しないということは、本当に何とも思っていないようだ。
「ありがとうございました、またのお越しを」
玲緒奈は気付くと電車に揺られていた。寝ていたのかと思ったが、ちょうど降りる駅に着いたので考える間も無く駅を出て帰宅する。
着替えながら食堂のことを思い出してみる。
夢のような気がする、きっと夢だと言い聞かせる現実主義派の玲緒奈。
カモミールの香りはまだ口の中。