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四文字からモノガタリ1「どきどき初詣」
ランダムで選ばれた四文字から話を書くっていうのを、これからやってみようと思います!
……と言われてもすぐには分からないと思うので、今回のものを例に説明してみますね。
例えば、今回のお題は
「み」「み」「ぎ」「お」
でした。そうしましたら、
「耳」「右」「澪」「おにぎり」「吟味」「おみくじ」「禊」
……みたいな感じで、この四文字から単語を作る訳です。最低でも題の内の二つは使うようにします。
そして、これらの単語から話を考える訳です。なるべく単語は話に盛り込むつもりですが、三つ四つ使えればいいかなと思ってます。
話は簡単に読めるように、四千字以内には収めたいと思っています。が、一発目から既に越えちゃってます。練習というか、訓練の側面が大きいので、大目に見て頂ければ。可能な限り短くはします。
あと最後に次回のお題を載せてます。「自分だったらどうするかな」と一緒に考えてもらったら面白いと思うので是非。
色々詰め込んじゃった気がするけど、大丈夫かなあ。ともあれ、まずは継続ですよね。失踪しないようにだけ頑張ります。では。
「ほんっと、最悪なんだけど」
言っちゃいけない。分かっているのに言ってしまう。雰囲気を悪くする、気も遣わせる。でもどうしてもダメ。言わないと、悪くならないと、私はきっと泣いてしまう。
澪は、恋人の諒と初詣に来ていた。予定の合った一月三日。七時に駅で待ち合わせをして、落ち合うとはにかみながら「あけましておめでとう!」と挨拶をした。それから売店で買ったほっとレモンを手に、二人は並んでお寺に向かった。
太陽もまだ目をこすっている時間なのに、時々笑みが零れてしまうぐらいに会話が弾んだ。なにせ一週間近く会っていなかったのだから、溜めていた話題も、既に文字にした話だって全部してしまう。澪は、諒の寒さで赤らんだ頬を愛おしく見つめ、何度も諒と目を合わせた。そして「今日の私はキマっている」と、返って来る視線で確信していた。
『去年の雪辱を晴らすんだ』
澪の心はカッカと燃えていた。
去年初めて二人で行った初詣。クリスマス前に付き合うことになって、急に決まったことだから、お互いにまだ落ち着かない時期だった。二人は予定通り、一月一日の九時に駅で落ち合ったのだが、あまりの人の多さに閉口し、ろくな会話もできず、人波に飲まれながら参拝をした。辛うじて楽しめそうだったおみくじで、澪は凶を引いた。もうこんなの、自虐する元気も湧かない。
「まあ、そういうこともあるよ」
……ネタにもされない。澪はかじかむ指で時間をかけてくじを紐に結んで、それからどうやって家に帰ったんだっけ。
「私さ、おみくじ凶だったよね」
「ああ、そうだったね」
諒がカラカラと笑った。
「でも私、今年は大丈夫な気がする」
「なんでえ、確率的に?」
「ちがうよ、何となく。何となくって言うか私、去年は結構徳積んだと思うんだよね」
ふうん。諒は分かったような分からないような返事をする。
「でも、去年は特に不幸も何もなかったんじゃないの?」
完全に油断しきった声に、澪の芯の部分が反応する。
「何もないって、凶なんじゃない?」
「え? そうかなあ」
諒は頭を掻いた。そして澪は両手に大切に持っていたほっとレモンを、ゆっくりと口に運んだ。
空は文句なしの快晴。門の向こうに聳える赤い本堂は、まるで登山前の山を見上げているみたいに、澪の目には大きく映った。二人は入って右にある手水舎で手と口を清め、あまりの冷たさにパタパタと暴れたりした。
「お守りの返納所はこちらでえす」
穏やかな男の声が静かな境内に響いている。今年はお守りも買おうかと話しながら、二人は本堂に向かった。
——澪が合掌をといて暗闇から静かに目を開けると、隣にはまだ諒が居た。しかし既に目は開いている。「行こう」と諒が向こう側を指差し、二人は個々に人混みから外に出た——
「ねえ、何お願いしたの?」
石段を下りながら、澪は少し甘えるように尋ねる。
「ん? まあいろいろだよ」
諒は明るい空を見上げながら言った。はぐらかされることは聞く前から分かっていた。澪はそんな諒に対して「つまんない」とか、そんなことは思わないし、問題とも思っていない。ただどちらかと言えば、「澪は?」と聞き返してくれることを、切に願っていた。
「あそこでなんか食べる?」
本堂と少し離れた場所に、屋台がいくつも並んでいる。
「……お腹空いてるの?」
「ちょっと。なんか屋台とかよくない?」
「うん、いいよ」
私は笑顔で答えると、諒は早足で屋台に向かった。
そして澪は癖のように、自分の耳たぶを交互に触った。
「あっ」
諒が足を止めて、こちらを振り返った。澪は左の耳たぶをもう一度確かめる。
「イヤリングない」
左に付けたはずのイヤリングが、いつの間になくなっていた。そんな、ウソでしょう。澪は信じられないような気持ちで門の外に目をやると、それがどれだけ絶望的な状況か理解してしまった。
門、手水舎、お手洗い。一度足を踏み入れた場所は隈なく探したけど、どこにも落ちていなかった。本堂には何も言わずに諒が見に行ってくれたけど、あまりに混雑しててとても探せそうにない。それに、もっとずっと前に落とした可能性だって十分にあるんだ。ピピーッと鋭いホイッスルが聞こえ、外では交通整備が始まっていた。黒や茶色のダウンに身を包んだ大人たちが、門へと続く道をどこまでも埋めている。
「ごめん、俺も全然気づかなかった」
少し息を切らしている諒に、ブンブンと澪は首を振った。なんだか、いつもより諒が威圧っぽく話しかけてきているような気がした。
「どこら辺まではあったとか、憶えてない?」
それにも澪は首を振った。ただただ黙って、今にも破裂しそうな何かを抑えるのに必死だった。いつから? いつから片方しかイヤリングをしないで歩いてた? キマってるなんてとんでもない。ここに来るまで一体どれだけの目に醜態を曝したの? ジロジロと、参拝をしに来た皆が澪の左耳を見ているようで、恥ずかしくて、悔しくて、消えてしまいたいと思った。はあ、と吐いたため息交じりの白い息が冬空に虚しく消え、そのあまりの清純さに、澪はもう口を噤いでいることができなかった。
「ほんっと、最悪なんだけど」
……言葉を口にした瞬間、ものすごい心地の良い気分がした。イケない物を口にする快感。しかしすぐに澪は舌の奥に痺れるような苦みを感じた。諒がポケットに手を突っ込んだまま、すぐ横に立っている。自分の酷く冷たい声を思い出し、顔なんてもう二度と見れないと思った。
「澪」
諒の声が聞こえた。まるで番号を呼ぶみたいだった。愛想尽かされたかもしれない、全てが終わったのかもしれない。でも悪いのは私だ。澪は俯いたまま、続く言葉を待った。
ガシッ。諒が垂れ下がっていた澪の右手首を掴んだ。驚いて顔を見上げると、諒は口角を上げた。
「本当に最悪かどうか、確かめてみようぜ」
そう言うと、諒は境内の奥へと澪の腕を引いた。
諒にどこかに連れられることなんて、もしかしたら初めてかもしれない。境内全体に敷かれた白い小石が、自分らの奏でる音にはしゃいでいるみたいに、澪の足元で可笑しな音を立てている。澪の心は恐ろしく静かだった。腕を引く諒の背中を見つめながら「大きいなあ」と、ただそれだけを思っていた。
地面は石からコンクリートに変わり、二人は短い階段を下りると、お守りを買うために並んだ長蛇の列を横目に、小さな抜け道のような場所に入った。普段はどう使われているのか分からないが、そこには無人のおみくじコーナーが八つほど設けられていた。忘れもしない。私が去年凶を引いた場所だった。澪が「なぜ」と疑問を呈するよりも先に、諒はその手に百円玉を乗せた。
「澪はさ、おみくじの結果って引く前から決まっていると思う?」
諒は台に設置してある投入口に百円玉を入れる。澪は硬貨の表裏の模様を見ながら、その言葉について考えた。
「俺はね、決まってないと思う」
諒は六角柱のおみくじを両手で振り、小気味の良い木の音を鳴らす。
「運っていうのはさ、多分自分で引き入れるんだよ。『何が出るかな』じゃなくて『出すぞ』って。俺は正直神様とかあんま信じてないけど、そういうのは大事だと思うんだよね」
カラッと、傾けたおみくじから数字の書かれた細い木の棒が出て来る。諒は目の前にある、一から百まで割り当てられた引き出しの一つから紙を取り出した。諒は、口元だけニヤリと笑っていた。でもすぐに折りたたんで、そして私に向けて力強く頷いた。
澪は投入口に百円玉を入れて、諒の手から六角柱のおみくじを受け取った。すると途端にドキンドキンと胸が強く打ち始め、吐く息が震えた。
凶が出たら、どうしよう。
怖かった。イヤリングを失くした。自分を律しきれずに感情を口にした。それでいて凶を引いたんなら、この先私に何が待っているの?
「いい? 自分から引きに行くんだよ」
諒が澪の心を見透かしたように語りかける。
「出たらどうしようじゃなくて、自分で出すんだよ」
ある人は戯言と片づけるであろうその言葉が、澪には救いに聞こえた。緊張はしている。それでも澪は重いおみくじを揺らしながら、必死に念じた。そして意を決しておみくじをひっくり返すと、何日と空を覆い尽くしていた雲から一筋の光が差したように、スッと一本の木の棒が飛び出した。澪は数字をしっかりと確認し、小さな引き出しを開ける——。
「大吉だっ!」
澪は高い声を上げた。息を潜めていた諒が、隣から顔を覗かせる。間違いない、大吉だ。澪は恐怖と緊張から解放され、諒の左腕に抱き着いた。
「ねえねえ、やったよ」
「良かったけどさ、澪、こっからだよ」
諒はおみくじの下の欄を指差す。
「失くし物、思わぬ場所だけど見つかるって。方角は東。よし、探しに行こう!」
諒はそのまま、澪の右手を握って走り出した。
二人は多くの人と逆行するように来た道を進んだ。迷いもなく手を引いて行く諒を見て、ここに落ちている可能性もあるのに、と澪は不安に思ったが、仮にこの道に落ちていたとしても、拾えないし、破損は必至だった。諒と、そしておみくじを信じることにした。
そして、イヤリングは見つかった。丁度お寺と駅の中間地点辺りで信号を待っていた頃、段々と初めの自信をなくしていた澪は、横断歩道の黄色い押しボタンの上に、小さく光るものが載っかっているのを見つけた。まさかと思い、急いで近づくと、それは澪のイヤリングに他なかった。これといった破損もない。誰かが拾って置いといてくれたのだ。
「ウソでしょう?」
「すげえ、良かったじゃん。しかも誰も取らないでそのままなんて」
澪は胸に温かいものが広がるのを感じながら、財布の大事なものを入れている所に、右耳のイヤリングも一緒にしまった。信号は青になったけど、二人は道を開けて渡らないで居た。
「……諒、本当にごめん。また私短気になって、気遣わせちゃった」
「全然。見つかったんだし、むしろ絶対に忘れられない思い出になったよ」
確かに。二人は一緒になって笑った。歩道を跳ねていた小鳥が足元でチチチと鳴き、明るい太陽の方角へ飛んで行った。
「ここまで来ちゃったけどどうする? 駅で適当な場所見つけて入る?」
「う、うん」
諒が、どうも気の乗らない返事をした。
「あのさあ、もう一回戻ってもいい?」
「お寺に? どうして?」
すると諒は気まずそうにポケットから紙を取り出し、澪に見せた。
『凶』
「え!?」
澪は思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「いやあ格好付かないんだけどさ、コレ結びに行きたいんだよね。あとお守りも買えてないし」
「ちょっと、それで私にあんな調子いいこと言ってたの?」
「ウ、言わないでよそれは。まあ最後までうまい話はないってことだよ、はは」
澪はバシンと諒の肩を叩いた。なんでよ、カッコいいと思ってた所なのに。澪は少し不貞腐れて、それを見せつけるように大股に歩いた。諒は汗をかきながら追いかけて、人混みに当たって道を阻まれると、二人は慣れっこのように手を繋いだ。人混みの中に居ると、風の当たらない顔より下はむしろ暑く、喉が渇いたなと澪は思った。ほっとレモンは行きで一口飲んだきりカバンの中だ。澪は取り出す気になって、でもすぐに止めた。そしてぎゅっと諒の大きな手を握った。これだけ恥ずかし気もなく手を繋げるのも、今だけかもしれない。
「ん?」
諒が声をかける。
「ううん大丈夫。ねえ、もう一回おみくじ見せてよ」
終わり
次回のお題
「じゃ」「か」「る」「も」