AI /データ活用のためのリスキリングとDX(全文公開)
経営情報誌「オムニ・マネジメント」の巻頭特集に寄稿した記事を、許可を得てこちらで全文公開いたします。先が読めないこれからの時代の社会人の、我々一人ひとりの学びとは何なのだろうか。企業は社員の教育にどう取り組んでいったら良いのだろうか。といったことに関して議論しています。
はじめに
技術の進歩が早く、先が読みにくい時代になってきている。コロナ禍やそれに伴うリモートワークの急激な普及など、まさにVUCA(Volatility Uncertainty、Complexity、 Ambiguity)と呼ばれる「予測困難で不確実、複雑で曖昧」な状況を体感している方も多いのではないだろうか。企業はデジタルを活用したビジネスの転換(DX)が生き残りの鍵といわれ、個人はキャリアを自律的に持つことが大切といわれる。企業と個人の関係は従属ではなく、副業・兼業も含めたマッチングになってきている。
技術の進歩が早い世界では、スキルは短命になる。そのため学び続けることもポイントになるが、先が読みにくいので、「学んでおくべきこと」も決めにくい。そんな時代の社会人の、我々一人ひとりの学びとは何なのだろうか。企業は社員の教育にどう取り組んでいったら良いのだろうか。
本稿では、DX の中でも特にAI やデータを活用していくケースにフォーカスし、推進方法や学び、教育に関する議論を行う。まずは、どうして今AI
やデータの活用方法を学びビジネスを転換していくこと(DX)が大切かについて見ていきたい。
1. AI、データサイエンスが力を発揮する時代に
まず背景として、コンピュータや通信環境の発達がある。扱えるデータの量が増え、コンピュータの性能も上がることで、データを用いた大規模計算ができるようになった。いわゆるAI・機械学習である。これにより、これまで勘や経験で行ってきた業務をデータに基づいて推論することで、よりよい結果が出るということが分かってきた。そこでデータを蓄積し、データに基づいて判断していこうという動きが加速している。そしてこの動きはリモートワークが進んだこともあり、更に加速しようとしている。
分析のためのデータはどこから取得するのだろうか。データとして蓄積していたものの、これまで活用しきれていなかったものや、これまで紙で記録してきたものをデータ化するといった考え方がまずあるだろう。それに加え、IoT センサーやAI カメラ等の発達で、これまで垂れ流しになっていた情報がデータとして蓄積できるようになった。
データ化することにより、AI 等で分析ができるようになる。 ではそれによって何が変わるのだろうか。これまでの多くの仕事では、勘や経験に基づ
いて行うことが多かったであろう。データ化されてない状態での仕事は、属人的な経験が物を言うことも多い。一方、データ化が進むことにより、根拠に基づいた決定をすることが可能になる。企業運営のために必要な意思決定を、データを元に判断し実行することが可能になるのだ。これをデータドリブンと呼ぶ。データ活用が進むことにより、仕事はよりデータドリブンになっていくと考えられる。
データドリブンで有名な事例はワークマンであろう。ワークマンは職人向けの作業服専門店であるが、ワークマンプラスという店舗展開をすることで、大きく業績を伸ばしている。データを元に自分達で考えて施策に落としていくことにこだわり、株価が1年で2倍に成長するなどの成果へ繋げた。
ワークマンはもともと完全にアナログな会社で、データも社内にはほとんど存在しない状況であった。どれだけ在庫があるのかというデータすらなく、業務の多くは、発注なども含めて基本的に勘と経験に基づいて行われていた。しかし、ワークマンプラスという新しい事業を始めるためには丼勘定では通用しない。そのため、アナログワークマンからデジタルワークマンへと変貌する、データ経営のプロジェクトが始まった。
まず行ったのは、全ての社員がExcel でデータ分析をできるようにすることである。このプロジェクトを推進したリーダー曰く「Excel が良いのは、自分で考えるようになるから。AI はたちどころに結果を教えてくれる。だからこそ社員が考えなくなってしまう。」とのことで、一人ひとりがしっかりとデータに向き合うことの大切さを強調している。その結果、データに基づいて在庫管理や発注ができるようになり、社内で自動発注のアルゴリズムを作成できるまでになった。
データ経営により、出世できる人のタイプも変わってきた。社内の価値観が変わり、これまでは顔が広くてコミュニケーションが得意なタイプが部長になっていたのが、在庫を数字でつかめるような、データ分析が得意なタイプが部長になっていくようになった。データ分析力が、部長の必須条件になったのだ。
データ経営の文化が醸成されていく中で、仕入れの完全自動化システムの開発も行われた。こういったシステム開発では一般的に、AI やシステム開発を専門とするベンダーにまとめて依頼することが多いが、ワークマンでは需要予測の仕組みはあくまでもExcel で内製し、できたものをシステム化するというやり方にこだわった。これも、自分で原理がわからなければいけないという考え方からきている。
このようにワークマンでは、データを元に自分たちで徹底的に考え、施策に落としていくことにこだわった。それがワークマンプラスでの成功に結びついたと言えるであろう。
参考: 酒井大輔, ワークマンは 商品を変えずに売り方を変えただけで なぜ2 倍売れたのか, 日経BP,2020
もう1件、ワークマンとは少し対象的な例をみてみよう。Uber はアメリカ生まれの配車サービスだ。タクシー会社に勤めていなくても自分の車に客を乗せてドライバーとして働くことができる。日本では白タクになってしまうためビジネスモデルを変えているが、世界的には類似サービスも合わせて大ヒットしている。
このUber でも、データを活用した様々な仕組みが導入されている。ここでは、Uber が取り入れているデータドリブンな仕組みを三つほど紹介した
い。(海外のケースであり、国内の状況は未確認)
一つめは需要予測だ。データに基づき、タクシーの需要が発生しそうな時間と場所にドライバーを導く仕組みである。AI が、どこに行くとどれだけ儲
かりそうか教えてくれるので、ドライバーはそれに従って運転することでより稼げるようになる。
二つめは配車の最適化だ。データに基づき、利用者の待ち時間が全体で最適・最短になるように、配車を最適化する。利用者としては待ち時間が少ないドライバーを見つけてくれる機能といえ、ドライバー的には、AI が自動で利用者を見つけてくれる機能とも言えるだろう。
三つめは需要と供給に応じた価格の自動設定だ。タクシーの需要に対し、ドライバーが近くに少なければ運賃が高くなり、逆の場合では安くなる。これはデータに基づいて決定される。ドライバーにとってはAI が自動で価格交渉し、運賃を決めてくれる機能とも言える。
このように、Uber ではデータに基づいてドライバーを支援するAI がたくさん搭載されている。ドライバーはAI の指示に従って運転するとAI が利用者を見つけて価格交渉をしてくれるので、乗せてナビ通りに運転すれば稼げる仕組みになっている。
ここまでワークマンとUber の例を見てきた。ワークマンでは全社員がデータの基礎を学び、自らExcel を使って解析をしていた。需要予測のソフト
を作った際も、専門家に丸投げするのではなく、自分達で解析しExcel で需要予測ができるようにした上で、システム化の依頼をしている。データの基礎を学び、自分の頭で考え、売上向上という目的に向かって活動しているとも言えるだろう。
一方、(海外の)Uber のドライバーは基本的にAI の指示に従い、AI の手足のように動いている。AI が指示をする際には理由はセットになっておら
ず、ただ与えられた結論に沿って動く形だ。いつか自動運転が実用化されたら、真っ先に整理される人員になるだろう。これに関しては、ドライバー達がUber を相手に、アルゴリズムの説明責任を求めた訴訟にも発展している。(英国のUber 運転手らがアルゴリズム説明責任をめぐりUber を提訴)
ワークマンとUber、これはどちらも私たちにとってありうる未来だ。どちらもDX により働き方が変わっているが、片方はAI やデータを使いこなし、
もう片方は使われている。データをうまく活用して仕事をするためには、データの基礎を学び、自分の頭で考え、目的に向かって活動することが大切だ。
2. 新しいスキルを身につける、リスキリング
ここで改めて、ワークマンの取り組みを振り返ってみよう。ワークマンでは全社員がExcel 分析を行うようにし、データを元に考えるデータ経営へシフトした。まさにDX の好例といえる。社内教育がビジネスの転換に結びついているところもポイントだ。このように、特にデジタル関連で新しいスキルを身につけ、仕事の進め方やビジネスをアップデートしていく取り組みをリスキリングと呼ぶ。
ここからは、最近ホットなキーワードであるリスキリングについて触れていきたい。リスキリングは、DX 時代の社会人教育として、欠かせないキーワードだ。
リスキリングとは「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で求められるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること 」である。(出典: 経産省/リクルートワークス研究所)特にデジタル化によって生まれる新しい職業や、仕事の進め方が大きく変化する職業につくためのスキル習得を指すことが増えている。
世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)ではリスキリング革命というコンセプトを掲げており、社会全体でリスキリングに取り組む必要性を訴えている。これは、2030 年までに、世界10 億人に新たなスキルを提供するためのプラットフォーム提供を宣言したものである。
リスキリングは、単なるスキルアップとは異なる。デジタル化時代に適応したキャリア開発のためのスキル習得として、世界中のキャリア開発で使われ始めている言葉だ。AI やDX により仕事の多くが変化すると言われる中、海外等すでにデジタル化が加速している社会で、失業者を増やさないために大量の人材の育成に迫られる中で使われている。特にDX に貢献する人材になることを目指しており、そのためリスキリングにはキャリアの転換の意味が含まれている。デジタル化時代のキャリア開発の重要な視点といえよう。
リスキリングについては「リスキリングする組織(リクルートワークス研究所)」というレポートに既に詳しくまとまっている。骨子を簡単にまとめると、以下のとおりである。
○ リスキリングの四つのステップ
スキルを可視化する
学習プログラムをそろえる
学習に伴走する
スキルを実践させる
○ リスキリング 八つのキーファクター
トップがトランスフォーメーションの方向を示す
人事がビジネスパートナーとして人材戦略を描く
スキル獲得後の職務と仕事がどう変わるか具体的に示す
スキルの実践性を確かなものにする
人々の学習を促進するしかけを埋め込む
学習のために時間と資金を投下する腹をくくる
ラーニングカルチャーを醸成する
変化に応じて青写真を何度でも描き直す
これらは日本の多くの組織の現状に合わせた内容になっているだろう。トップ主導の戦略のもと、身につけてほしいスキルを描き、実際に研修プログラムを走らせる、といった点だ。これを便宜上トップダウン型のリスキリングと呼ぼう。
3. ボトムアップ型のリスキリング
ここから本稿では少し先の未来を見据え、DX の中でもAI やデータを活用していくケースにフォーカスした上で、DX 時代の社会人教育に関して議論
していく。その中で、ボトムアップ型のリスキリングというものに関しても考えていきたい。
まずは議論の呼び水として「AI Transformation Playbook」というものを紹介する。著者のAndrew Ng 先生はAI の実社会応用に心血を注いでいる、世界的に有名なAI 研究者だ。スタンフォードの教員として働きながら、google とBaidu をAI企業に変革。そのノウハウを活かし、多くの企業のAI 企業化に取り組んでいる。そのノウハウを凝縮したのが「AI Transformation Playbook」だ。
Ng 先生が提唱する、AI 企業化へのステップをまとめると、以下になる。
パイロットプロジェクトを複数走らせてみる
社内にAI チームを創る
経営者、マネージャーを含む幅広い社員にAIトレーニングを行う
AI 戦略を構築する
ここで大変興味深いのは、これまで多くの企業で実践されてきたDX やリスキリングの進め方と、順番が逆転している点だ。
多くのDX プロジェクトはまず戦略を構築する。その上で、必要なトレーニングを行い、実践のためにチームを組成し、プロジェクトを立ち上げる。こ
れは理にかなったやり方であり、特にトップダウン型の組織で機能するだろう。
Ng 先生が提唱しているのは、ボトムアップ型のアプローチだ。トップダウン型に関しては、上記「リスキリングする組織」で十分議論されているめ、
本稿ではボトムアップ型のアプローチに関して考えていく。
ボトムアップ型の理解を深めるには、まず社会背景の変化を捉えるのが有効だ。読者の皆様には釈迦に説法かもしれないが、目線を合わせるために簡単に論点をまとめていく。
4. ボトムアップ型に向かう社会背景
数年前からVUCA の時代、と言われているように、今の時代は「予測困難で不確実、複雑で曖昧」だ。そうした時代背景が前提にある中、AI をはじめとした技術の急速な発達により、個人と組織を取り巻く環境も早いスピードで変化し続けている。
個人としては会社に依存しにくくなり「キャリア自律」といったキーワードも生まれた。ビジネスが短命化する中、現役として働く期間が長期化し、終身雇用も崩壊に向かっているためだ。求められるスキルの変化スピードも加速している中、受け身でいると流されるが、中長期的なゴール設定もしにくい状況となっている。
企業レベルでは、意思決定者が状況を把握し、見通し切れない状況も発生している。複雑で情報量が多い中、状況の変化も激しく、現場の担当者が一番詳しいことも多い。トップが計画を立て、現場が実行するという形では対応しきれないケースも増えていくだろう。
このような時代には、企業と個人の関係は従属ではなく、副業・兼業も含めた対等なマッチングになる。全員が必ずそうなるというよりは、そういった選択を自然に選ぶことができる、多様性が増した世界に向かって進んでいくだろう。
こうした変化の中で、個人はどうキャリア形成していけば良いのか。こうした状況を乗りこなすためには、「ゴールを自分で決める」、「プロセスを楽しむ」、「学び続ける」という三つの視点を持つことが大切だと考える。仕事をやる上では、自分の価値観、好奇心と繋がり、ゴールを見据えた上で仕事を意味づけ自分ごと化する。好奇心に従い学び続けながら、仕事を通じて価値観を満たし続けることで、より生きがいをもって働き続けられるだろう。
一方企業目線では、個人の目標と組織の目標をつなげていくことがポイントになる。個人が仕事を自分ごと化していく前提は置きつつも、企業としてもメンバーの話を聞き、できるだけ個人の目指すところに繋がるアサインをしていくことが肝要だ。ここがうまくマッチすると自律型の組織となり、アウトプットの質も向上する。パーパス経営という文脈においては、今後は組織のパーパスだけでなく、個人にもフォーカスを当てた形に変化していくだろう。
5. 将来の予測が困難な、VUCA 時代の学びとは
このような時代の中で、社会人の学びはどういったものになるだろうか。必要なスキルが変化し続け、企業寿命より長く働き続けなければならない中、効果的に学ぶことはとても大切だ。学び続けるためのステップを「学ぶための戦略」「学ぶ方法」「振り返り」の三つに分解して考える。
まず「学ぶための戦略」では、「戦略的学習力」を身につけると良いだろう。これは、最適な学習方法を選ぶ力ともいえる。その解像度を上げるために「なぜやるのか(ビジョン/ WHY)」「何を達成したいのか(達成目標/ WHAT)」「具体的にどうするか(行動目標/ HOW)」の三つのフレームで学習対象を捉えると良いだろう。
「学ぶ方法」については、「アクティブラーニング」という手法がある。学ぶ中で興味のあるテーマについて積極的に調べたり、得られた知見を試したりする学びのスタイルだ。
最後に「振り返り」については、「リフレクション」が参考になる。自分の内面を客観的に、批判的に振り返る行為だ。やったことから学びを見つけ、次にやることにつなげるというプロセスを回していく。次にやること、すなわち未来に繋げるのが重要なポイントだと言える。
6. AI /データ活用のためのリスキリングとDX
AI /データ活用領域では新しい発見が多く、知識陳腐化のスピードが比較的早い。よってこの領域では、自分にとって必要な知識を、自ら取りに行く
力がものをいうことになる。
理論と実課題解決の間に深い谷があるのもポイントだ。実在する課題をデータを活用して解決する中で、知識は血肉となり、結果のインパクトに繋がっていく。
では、AI やデータを上手に活用し、DX を推進していくのはどういった人物像なのだろうか。まずは、実在する課題に対し、自ら情報を収集して解決
方法を企画できるのがポイントだ。これは戦略的学習とアクティブラーニングが鍵となる。また、実際にデータを活用して仮説を検証し、現場で効果のある導入ができることも大切だ。と、言うのは簡単だが、そういった人材は稀有で、育成のハードルも高い。
機械学習などの技術を学ぶことと、実際に役に立つ成果を出すことの間には距離がある。それを一人で埋めようとすると、ビジネスを含めた多彩なスキルと稀有なマインドを持った、ユニコーン的なデータサイエンティストが必要になる。かといって完全に外部に人材を求めてしまうと、社内にノウハウが残りにくい。
実際のところ、現場で必要な課題解決には、現場の人がAI やデータサイエンスを学んだほうが早い場合も多い。実課題の解決を通して現場の人材を育
成(リスキリング)し、役割分担しながらチームでAI やデータ活用ができる体制を作るのが、ボトムアップ的アプローチと言えよう。実際、Ng 先生が
提唱するAI 企業化へのファーストステップは「パイロットプロジェクトを複数走らせてみる」だ。
ここでいちど、AI やデータ活用のための リスキリングとDX のポイントをまとめる。
1. AI /データ活用を社内でできるようになること
(DX)と人材育成(リスキリング)は車輪の両軸
AI /データ活用を学ぶだけでは活用は進まないし、外部に頼って進めるだけでは社内で人材は育たない
実課題でAI /データ活用を進めながら人材育成するのが大切
2. 学びは手段
AI やデータ活用に関する体系的な知識を身につけることをゴールにしない(学ぶことと実課題解決の間には大きな谷)
目の前の課題を、足りない知識を補いながら、データを活用して自ら解決する経験をする
3. 学び方、取り組み方も同時に育成
戦略的学習やアクティブラーニング等を通し、学び方、答えのない課題への取り組み、振り返り(リフレクション)等も育成
また、実際にプロジェクトを立ち上る際に、陥りやすいポイントも挙げる。
1. 技術やデータから考えている/ DX やAI 導入が目的になっている(Why)
○「こんなものがあるから、何かできないか?」というよりは
▶ 解決/実現したいことから 「なぜ取り組みたいのか」
2. 目の前の課題に意識が向きすぎている( What/Who)
○ 解決してもインパクトが小さい/現場導入でつまずく/使われない
▶ どうありたいのか 「誰がどう使うことで、どんな効果を期待するのか」
3. 専門家に丸投げする( How)
○ 知見が社内に残りづらい、AI がブラックボックスになりがち
▶ 現実課題の解決を通して現場の人材を育成(リスキリング)し、専門家とチームを組んでAI /データ活用ができる体制を作る
7. リスキリングとDX プログラム例
ここからは、スキルを身に着けながらDX を推進していくプログラムの例をいくつか紹介する。いずれも筆者が開発したケースである。VUCA 時代の
学びのポイントである「学ぶための戦略」「学ぶ方法」「振り返り」を踏襲したプログラムの例であることも確認頂きたい。
プログラム例1
松山市主催 データサイエンティスト育成講座
このプログラムでは、データサイエンスやAI 未経験者を対象に、受講期間3ヶ月(当時)で企業の実課題を解決しながらデータサイエンティストとし
ての基礎力を身につける。受講者はチームで参加企業の実課題をヒアリングし、解決方法を提案する。期間内で、課題解決のためのプロトタイプを作成する。
チームとしての実課題解決というゴールに加え、個人の学びのゴールも設定する。学習内容は個人が達成したい目標に向けて本人が主体的に決める。個人のゴールはチーム内で共有し、仕事の分担を決める際にも参考にする。活動はチームごと行い、定期的な発表の場で講師のフィードバックを受ける。以下アウトプットの例を挙げる。
例1:株式会社ひめぎんソフト様
幼稚園・保育園向けのシステムを提供。時間が掛かる勤務シフト作成の自動化を支援したいというテーマ。講座内では特定の園に特化し、1ヶ月分の
シフトを自動作成した。1日以上かかっていたシフトの作成を30 秒程度で作成することが可能になった。
例2:株式会社ダイキアクシス様
紙媒体のデジタル化および、不良率の低減に向けた有効性の確認がテーマ。紙媒体のデジタル化からはじめ、ビジネス理解、データ理解、不良予測モデル構築を行い、データ解析・AI 化からデータドリブンな意思決定に繋げる、一気通貫のDX を行った。
例3:EIS 様
事業の一つとして大学生の支援を行っている。講座の範囲では、就職活動に困っている発言をしているツイートを機械学習で抽出した。これまでは手動で1件5分、1日20 件が限界であったが、自動で1日200 件取得できるようになり、社内の業務フローが劇的に改善した。
例4:サイボウズ株式会社様
kintone という業務アプリ構築クラウドサービスを展開。サービスの解約予測を講座のテーマとして扱いたいが、データを社外へ提供することができない。ダミーデータによる解析方法を模索することで「外にデータを出せない」という壁を超え、データ分析の新しい協業のあり方を拓いた。
プログラム例2
AI プロジェクトリーダー養成コース
このプログラムは、組織の中で、AI やデータサイエンス、ひいてはDX のプロジェクトを走らせるリーダーを養成するためのものだ。所属組織の実課
題解決をしながら、DX 人材育成・組織のDX を両軸で行う。課題解決をしながら、AI /データ活用人材のスキル、取り組みのマインド、学び方を同時
に育成していく。
例1:導入ワークショップ(1ヶ月:2回+発表会)
実際の自組織課題がAI /データ活用で解決できるかを見極める。「課題」と「解決時のインパクト」考え、企業導入提案をワークショップで作成、発表。
組織のデータ状況、課題意識などを整理し、グループコンサルを受けながら取り組むべき課題やインパクト等に関し検討。AI /データ活用の導入提案を作成する。AI /データ活用の基礎は学んだ上で、個々ではアクティブラーニングしながら提案作成に向かう。
例2:AI /データ活用人材育成講座(4ヶ月:4回)
グループコンサルティングを活用しながら、課題が仮説を立てた手法で解決できそうかを実際に検証。プログラムが書けなくても対応可。DX のためのスキルだけでなく、コアコンピテンシーも同時に養成する。
取り組む課題に関し、講座期間中に扱うスコープを決める。グループコンサルを通して仮説の検証に取り組み、結果を資料にまとめて発表。資料は社内を巻き込んでDX を推進するための資料としても活用する。AI /データ活用の基礎は学んだ上で、個々ではアクティブラーニングしながら提案作成に向かう。
プログラム例3
テンプレで始めるAI /データ活用/ DX
上記二つのプログラムは人材育成を主軸に置き、実課題を解決しながら人の育成をするといった立て付けだ。本プログラムは組織のDX 推進を主軸に起き、人材育成とセットで実現している。
実際にAI /データ活用/ DX に取り組もうとした際の課題として、どこから手を付けたら効果的なのかが分りにくいというものがある。これにより、
AI 企業化へのファーストステップである「パイロットプロジェクトを複数走らせてみる」が頓挫することがあり、そこを支援するプログラムという位置づけとして開発した。
ノウハウを詰め込んだ活用手順書に沿って、「講義」+「ワークシートによる実習」+「コンサル」の組み合わせで、効率的に学びながら実企画を完成させる。自社のケースで実践しながら考え方を学ぶので、次回からは自分たちでAI やデータを活用したDX の企画ができるようになる。
おわりに
本稿では、DX の中でも特にAI やデータを活用していくケースにフォーカスし、トップダウン型、ボトムアップ型それぞれのリスキリングについて見
てきた。自組織の状況により、使い分けたり、ハイブリッドに導入していくと効果的だ。
社員全体の底上げや、社内の大規模な変革に合わせたリスキリングが必要な場合はトップダウン型が有効だろう。ワークマンが好例だ。
一方、スモールスタートで、仮説を検証しながら社内にAI やデータを活用する文化を作ったり、推進リーダーを育成したい場合はボトムアップ型が有
効だろう。Google やBaidu はこの例と言える。
もちろんハイブリッド型も有効で、トップダウン型で全体のリテラシー底上げをしつつ、ボトムアップ型でリーダーを育成するのも効果的だ。
変化が加速する時代、個人も組織も楽しく学び続けよう。