TBR
10月。
夏は過ぎたというのに、未だに残暑に苛まれる中、私はとある1人の男の密着取材を敢行した。
AM8:10
「おはようございます」
『〇△×◽︎※😍〠ヱ』
彼の名前はてち子。
彼は滑舌の機能が壊死しており、寝起きだと東南アジア辺りで使われている公用語のような言葉を発する。
彼はまずLILないしプルームxの電源を入れ、寝ぼけ眼で優雅に一服し始めた。
「これからお仕事ですか?」
『♢@+¥℡😍☆ぴ』
「なるほど」
一服を終えると洗面台へ行き、冷水で顔を洗い、コンタクトレンズを装着し、ヒゲを剃り始めた。
そしてクレイワックスで髪型を整え、歯を磨く。
いつも朝食は摂らないようだ。
『朝は食欲がないですね。基本的に朝食を食べるという慣習は自分の中にはないです。』
彼は中古のハスラーに乗り、職場へと向かった。
「ちょっと左に寄りすぎじゃないですか?」
「中央線踏んでますよ」
「そのブレーキ必要ありました?」
「何回切り返すんですか?」
「車体真っ直ぐにして駐車した方がいいですよ」
『うん…そうですね…あの…はい…今ちょっとアレなんで…あの…』
AM8:53
『オハザッス』
今日は40代のMさんと一緒らしい。
高等学校と大学が目と鼻の先にある青いコンビニエンスストアで副店長を務める彼は職場に着くやいなや、前日の売上の計上を始めた。
コンピュータのディスプレイとにらめっこするその様は真剣である。まるで死んだ魚の目のように。
15分程度で作業を終えたら、朝食兼昼食を購入しにくる轢かれたカエルのようなクライアントたちの対応をするルーティンである。
『マスターヨーダみたいなおじいさんに、ラッキーストライク。って言われたので、ラッキーストライクを持っていくと、時間差で"2個"とかおっしゃって、こいつは宇宙に住んでるから会話のキャッチボールにラグがあるのかなと思うこともしばしばです。』
『また、どら焼きとかチョコレートでパンパンのカゴで[レジ休止中]の立て板を押し返したと思ったらか細い声でスミマセ-ンと店員を呼ぶおばあちゃん、購入品の物量に対して、容量がチ●ンカスに等しいエコバックを持参するご婦人もいますね。あと最低限のコミュニケーションができないご老人とか。』
『…』
『…』
『…』
「そういえば、Mさんと雑談とかしないんですか?」
『うん、まぁアレですよね お互い大人なんで適度な距離感って俺は大事だと思ってるんですよね、俺はね、えぇ』
AM11:38
てち子氏はニコチンを補給しに喫煙所へと足を運んだ。
遠くの一点を見つめ、何かを考えているようだ。
『ご飯は硬めに炊くのが好きだけど、おっぱいは柔らかい方がいいと思うんですよ。』
彼は視線を変えることなく、そう言った。
13:36
「これから何を?」
『猿という名のお客様がまばらになり始めたので、床に散らばったフンを片付けようかと思います。』
腰に力を入れてフンを片付ける彼はぶつぶつとつぶやきはじめた。
『燃えるゴミのところにペットボトルつっこむとか文字が読めねえのか 大学で何学んでんだ殺●すぞ』
『ATMのレシートが不要なら発行すんなカス』
『てめえの肛●、シャワーヘッドに改造してんのか』
鬼気迫る表情で真剣に仕事をする彼の姿を見て、思わず私は固唾を呑んだ。
14:14
『Mさんが休憩から上がったので、僕はお昼ご飯を食べようと思います。』
彼の昼食はもっぱら自分のお店で売られている弁当である。
大手コンビニエンスストアチェーンの中では、最も米飯系が不評らしい。他社製品のカップラーメンなどに手を出さないのは、彼なりのプライドだそうだ。
彼は昼食を平らげると、事務所の壁のシミを見つめ始めた。
15分ほど静止していたかと思うと、おもむろに休憩終了の勤怠を切った。
15:06
『高校の授業が終わって、この時間帯は忙しくなります。くわえて弁当やデザート、アイスと冷凍食品の配送もブッキングするので平日はてんやわんやですね。』
彼がそう語るやいなや、小猿共が指をチュパチュパしゃぶりながら、ぞろぞろと入店し始めた。
《あうあうあーハッシュドポテトあうあうあー》
『108円です。』
《(無言でPayPayの決済画面を出す)》
《わさび海苔太郎あうあうあー1枚あうあうあー》
《42円です。》
《(小銭を放り投げる)》
《レッドチキンあうあうあーパンにはさんでくださいあうあうあー》
《あ、やっぱ竜田揚げの方であうあうあー》
『納品されたものを売場に陳列しながら物体Bたちが会計待ちかどうかを確認しなければならないのですが、集団の小猿がレジの前でウロウロしていたので、陳列をやめて小走りでレジに向かい、"お待ちでしたらこちらにどうぞ"と言うと、何も言わずレジの前からいなくなったりするのもストレスですね。』
『あと、来店数は多いですが、ジュース1本だけとかホットスナック1種類だけとかおやつカルパス1本だけとかが大半なんですよね。客単価がものすごく少ないので体感の利益があまり出ないんですよ。10人が100円ずつ物を買って1000円儲けるより、1人が1000円分の物を買ってくれる方が接客が1回で済みますしね。』
40分ほど経つと、店内は落ち着きを見せはじめた。
15:52
『今日はシフト上では16:00までなのですが、この後は発注などの事務的な作業をします。』
我々取材班はその後も彼の事務作業に密着したが、けっして書くのがめんどくさくなったとかいうわけではなく、特筆する部分がまるで見当たらず、ひたすらコンピュータをッターンッターンしている地味な絵面について、我々の表現力では文章を構成できないので、割愛する勇断をした。