「トロピコ5」をやると、日本の非効率が文化であり、実は効率的だと理解できる。 #雑記
山手線は比較的好きだ。むかしは混むのでとても嫌いだった。ぼくは「輪るピングドラム」という作品が好きで、そのアニメが山手線をモチーフにしているので、なんとなく山手線も好きになった。
それこそ、ついこないだ「天気の子」を観てから、歌舞伎町にも少し想いを馳せるようになった。汚いし、人が多いし、うるさいから嫌いだったけど。
こうして、好きなものが増えると、結果的に嫌いなものが減ることもある。ただでさえ好きなものが増えると好きなものが増えて嬉しいのに、嫌いなものも消えるらしい。おトクである。
今日は珍しく山手線に乗り、恵比寿にきた。あとで奢ログも更新すると思う。社畜さんから非常にいい話をきけた。
最近はよく「非効率な日本の文化」みたいな話を聞く。非効率は悪いことであり、必ず修正すべきだ、という思想も同時に広まっている。
ただ、同時に歴史的な観点からは日本の非効率さは文化的で面白いものだと考える。修正すべきとか、すべきでないとか、そういう話ではなく、個人的には好きだ。
日本の非効率さは、江戸時代の「家畜不使用の非効率農業」から来ていると言われている。江戸時代といえば、超安定的で日本の文化を作り上げた土台。なぜ非効率な農業をわざわざ選択したのかというと、端的には治安維持のためだ。
効率的な農業というのは、同時に失業者を発生させる。失業者はヤンキーなので、基本的には治安を悪化させる。ぼくが良い例だ。それを防ぐほうが、農業生産を最大化させるよりもおトクだった。つまり、非効率が効率的だったわけだ。
「トロピコ5」という国家運営シミュレーションゲームが好きで、よくやるのだけど、このゲームでも僕は同じような方法を取る。非効率な農業は低学歴の人間も働かせることができ、ある程度の人数を雇用できるのだが、これを効率化させてしまうと、雇用人数が減るのと同時に高度な作業を必要とするため学歴が求められる。
そして、失業者が増えていき、急激に治安は悪化。家を捨てる不届きものが街を支配しはじめる。この混乱が最悪では軍事クーデターにまで発展し、国は打倒されてしまうので経済とか、効率とか言ってる場合ではなくなる。トロピコ5においても日本の意図的な非効率は効率的な統治になる。
とはいっても、ぼくはハンコが嫌いなので、ハンコは消えて欲しいとおもう。ぼくは日本を統治しておらず、日本に依存しないので日本の治安が悪化しようとどうでもいいし、なんならそっちのがちょっと面白いまである。というわけで、日本の治安悪化のためにハンコは廃止すべきである。
あと、好みのYouTuberを見つけたのでオススメしておく。コメント欄が面白いタイプの「現象も含めると面白いよね」系YouTuberだ。
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