ミックスダブルスでの経験値とは… 〜2024年世界MDを振り返ってみる〜
気づけばもう、ミックスダブルスカーリング世界選手権が終わって2週間が経ちますが、上の写真にある2023年の世界MDと同様に相変わらず予選通過争いが熾烈で、4人制の世界選手権と比べても、最初から最後まで気が抜けない大会だったように思います。
日本代表の上野/山口ペアは勝敗としては6勝3敗でしたが、直接対決の結果により順位がA組5位(全体の9位)になってしまい、きっと悔しい思いをしているのではないかと想像しています。日本代表に限らず、「あの一投が決まっていれば…」みたいな状況が山ほどあって、最後は僅差で順位が決まったように思います。今回のNoteでは、その大会で気になっていたことについて、振り返ってみたいと思います。
優勝したのは今年も4人制トップ選手のペア
日本には「4人制での実績があって、現在はミックスダブルス(MD)を中心に活動している選手」が何人かいますが、特にそういう選手が出てきた頃から気になっていることがあります。
ミックスダブルスを中心に活動している選手が、ミックスダブルス世界選手権で優勝できていないのです。
2019年のミックスダブルス世界選手権は出場ペア数に制限のなかった最後の大会(それ以降は20ペアのみ)でしたが、その年の4人制世界選手権で女子準優勝・男子優勝となった🇸🇪ハッセルボリ/エリクソン ペアが優勝して以来、中止となった1年を挟み、2021年の優勝はともに当時の4人制世界ランキングが1ケタの🏴ドッズ/モウアット、2022年の優勝はともに北京五輪4人制メダリストの🏴ミュアヘッド/ラミー、2023年の優勝も複数のグランドスラムに出場していた🇺🇸ティーシー/ドロプキンと、その年に4人制でも世界上位の実績のある選手同士のペアが勝ってきました。
そして、今年もその傾向は続きました。初めての欧州選手権は4位止まりだったものの、スキップとして今季もグランドスラムで決勝に進出した🇸🇪I.ヴラノー選手と、男子世界選手権優勝チームのセカンドである🇸🇪R.ヴラノー選手による兄妹ペアが、2024年世界MDの優勝ペアとなりました。
カーリングスキルの高さは4人制でもMDでも有効なはず
カーリングの単純なスキルを考えれば、上手な選手を4人制のチームに加入させようとするのは、当然です。4人制とMDでは、投げる石の数は違いますし、投げる頻度の多いショットの種類に違いがあるでしょうが、カーリングスキルの高さは4人制でもMDでも試合を優位に進める役に立つはずで、4人制強豪ペアがMDでも成績を残すのは、ある意味で当然とも言えます。その他にも、4人制の選手の方が強豪同士の対戦機会が多いとか、グランドスラムでアリーナアイスを経験できる(アリーナアイスでのMDの大会は世界MDぐらい)とか、4人制で活動していることが世界MDでの好成績につながることも、少なからずありそうです。
MDを中心に活動している選手が、4人制で世界トップレベルの選手に対してスキルや競技環境で優位に立てないとすれば、何を武器に勝負をすれば良いのでしょう?実際にはもっと多くの複雑な要素があるのだと思いますが、単純に考えれば、いろいろな面での『MDでの経験値』というのは、対抗手段の1つになるのかと思います。
ミックスダブルス界をリードしてきたペアが手にした🥈銀メダルと🥉銅メダル
今季を通じて、ミックスダブルスを中心に活動し、好成績を残してきた、いわば「ミックスダブルス界をリードしてきたペア」と言うと、6組のペアが浮かびます。
前回世界MD🥈準優勝以降も好成績を残し続ける🇯🇵松村/谷田
海外MDツアーへの本格参戦1年目で勝率が9割を超えた🇯🇵小穴/青木
まだ2回しか行われていない五輪のMD競技で2回ともメダルを獲得した🇳🇴スカスリエン/ネドレゴッテン (K.Skaslien/M.Nedregotten)
そのスカスリエン/ネドレゴッテン ペアとノルウェー代表の座を互角に争う前回世界MD🥉3位の🇳🇴ルンニン/ブレンドゥン (M.Rønning/M.Brænden)
年間62試合と圧倒的に多い試合数をこなしながら好結果を残す🇪🇪カルドベー/リル (M.Kaldvee/H.Lill)
リンク内外でカナダのMDを引っ張るものの、国内の層の厚さにより世界MDから6年遠ざかっている🇨🇦ウォーカー/マイヤーズ (L.Walker/K.Muyres)
国籍の重複があるので、6ペアすべてが世界MDに同時出場することはないのですが、今回の世界MDに出場できたのは、🇳🇴スカスリエン/ネドレゴッテンと🇪🇪カルドベー/リル の2組でした。この2つのペアがMDを大切にしてきたことは、下の映像からも明らかです。(🇳🇴が最初のペア、2番目はチェコ代表の🇨🇿パウル/パウロヴァ、🇪🇪が3番目のペア)
「ミックスダブルスを中心に活動するペアが、何を武器に勝負すればいいのか?」という問いに答えを見せてくれるとしたら、今回の世界MDではこの2つのペアになると考えるのが自然でしょうし、「この2組にもその答えがないのであれば、まだ誰もその武器を見つけられていないのかもしれない」と考えていました。
最終的にこの2組は、🇪🇪カルドベー/リルが🥈準優勝 、🇳🇴スカスリエン/ネドレゴッテンが🥉3位という結果に終わりました。MDに力を入れているペアによる優勝は次回以降にお預けですが、4人制強豪選手のペアを相手に好成績を残したとも言えるでしょう。そして、私には、「この2組がその武器である『MDでの経験値』を見せつけてくれたのでは?」と思った場面が、大会後半の重要な局面にありました。1つずつではありますが、紹介してみたいと思います。(本当は映像を見直したいのですが、Curling Channel TVの調子が悪くて見直せないので、少し違う部分があるかもしれません。すいません。)
パワープレーを選択した第7エンドで後攻ラストロックを投げ捨てた🇪🇪カルドベー/リル(予選🇮🇹イタリア戦)
予選第15節(9戦中8戦目)
🇪🇪 エストニア(4勝3敗) vs 🇮🇹イタリア(5勝2敗)
(全ショットの記録はこちらから)
予選突破にはもう負けられない🇪🇪カルドベー/リルと、前節🇳🇴ノルウェーに負けたことで予選通過に向けて雲行きが怪しくなってきた🇮🇹コンスタンティーニ/デ=ザンナの対戦。序盤は🇮🇹がリードするものの、🇪🇪は第6エンド終了時には5-5の同点にまとめて、第7エンドで先にパワープレーを選択しましたい。🇮🇹は持ち時間が少なめで、少しペースを上げて最終エンドの後攻にのぞみたいところでしょうか。
🇪🇪の2投目のテイクアウトがロールアウトしたことで、🇮🇹はガードを外す→ダブルテイクアウトと相手の大量得点の可能性をつぶすことに成功します。🇮🇹の先攻ラストロックも唯一ハウスにかかっていた🇪🇪の石をテイクアウトして、下図の配置になりました。
パワープレーでは複数得点を狙いたいですが、その可能性は限りなくゼロに近い状況。4人制ならピールしてブランクエンドにして、最終エンドに後攻を維持したいですが、ミックスダブルスではブランクエンドにしても後攻の権利が相手に移動してしまいます。そうは言っても、ハウスに唯一残った相手の石は丸見えで、当てること自体は難しくありません。🇪🇪がしぶしぶ1点取って、最終エンドに進むかと思いきや、その選択は「スルーして、相手に1点スチールさせて、最終エンドも後攻を維持する」というものでした。
複数点を取りたいパワープレーで相手に1点スチールを許すなんて、大失敗に見えるかもしれません。ただ、🇮🇹は最終エンドも先攻なので、パワープレーは使えません。「最終エンド・1点ビハインド・後攻パワープレー」だと、センターガードの位置に置き石が置かれないので、後攻が1点取るのは比較的容易だとされます。1点取ればその時点での負けはないし、あと1つ自分の石を残せば勝ちとなる場面になります。ただ、実際に🇮🇹が置かれた状況は「最終エンド・1点リード・先攻」になりました。
それでも冷静に対処できればよかったのですが、最終エンドの🇮🇹のショットの乱れを見ると、「第7エンドは時間を節約し、最後は後攻パワープレーで勝つ」というプランが崩れて動揺したようでした。残り時間だって、多少余裕ができましたが、潤沢にあるとは言えません。🇮🇹は第1投でダブルセンターガードの形(意図したかどうかは不明)にしましたが、その後の🇮🇹のドローは長すぎたり、簡単にテイクアウトできる場所に止まったり、ショートしたりして、🇪🇪の石ばかりがたまっていきました。自分たちの石もテイクアウトやドローの邪魔になり、残り時間2秒で投げた先攻ラストロックのドローもNo.4に持っていくのが精一杯。1点ビハインドだったはずの🇪🇪が、後攻ラストロックを投げずに逆転勝ちを決めました。
「第5エンド・パワープレー」の難しさを味方につけた🇳🇴スカスリエン/ネドレゴッテン(3位決定戦🇨🇭スイス戦)
3位決定戦
🇳🇴ノルウェー(A組1位) vs 🇨🇭スイス(A組2位)
(全ショットの記録はこちらから)
2連敗スタートからの7連勝で予選A組を1位通過した🇳🇴スカスリエン/ネドレゴッテンと、予選後半で調子を落としたものの、準々決勝で🏴に勝った🇨🇭シュヴァラー=ヒューリマン/シュヴァラーの対戦となった3位決定戦。第4エンドで🇨🇭が一歩前に出て、ハーフタイムを挟んだ後の第5エンドで、🇳🇴はパワープレーを選択します。
先攻の🇨🇭は、ハウス内へのドローから、相手の大量得点を防ごうとしますが、いまひとつ置きたい場所に止まりません。一方で、後攻の🇳🇴は、完璧とは言わないまでも、絶妙なウェイトと当て方で相手の石の脅威を取り除き、自分たちの石をコーナーガードの裏に残していきます。
この「8フィートライン上のNo.1の取り合い」はパワープレーでよく見られると思いますが、完璧なフリーズで相手の石を無効にできるか、少しズレたせいで自らピンチを拡大させるかは、本当にわずかの差です。このエンドでは、そのわずかな差で🇳🇴がNo.5まで独占する形となった訳ですが、解説を聞いてみると、それが「第5エンド・パワープレー」の難しさを活かした巧妙に考え抜かれた作戦のように思えました。
「ハーフタイム中にアイスの状況が変化するので、ハーフタイム明けは注意が必要」みたいなことは、4人制でもよく言われます。MDでもそれは同じなのですが、第5エンドにパワープレーを選択すると、石を投げるエリアがハウス中央部から片方の横にズレることになり、そもそも石を投げるライン自体が変化することになります。つまり、タイミング的にも場所的にも、情報の少ない場所に石を投げなければならなくなります。それが私の感じた「第5エンド・パワープレー」の難しさでした。
MDはそもそも1エンドあたりの投げる石の数が8個ではなく5個なので、「投げてみてわかったアイスの情報」が相対的に少ない状態で試合が進んでいきます。この日の解説によれば、MDで良い成績を残すには、「知らないラインにショットを決める」ことも大切な能力になるそうです。これは4人制でも役に立つ能力ですが、MDでの経験を積み重ねていくことで、より磨きがかかる能力なのではないでしょうか。
まさかの6エンダー(1エンド6点)までチラつくこのエンドは、🇨🇭の先攻ラストロックで見事なフリーズが決まった(下の映像を参照)ことで後攻3点で収まりましたが、その後、🇳🇴ノルウェーが試合を優位に進めるには、十分なリードだったかと思います。最終的には、最後の1投までわからない試合にはなりましたが、パワープレーを取るタイミング1つで試合展開が変わるというMDならではの面白さを改めて実感することになりました。
「MDでの経験値」が重要になれば、ミックスダブルスはもっと盛り上がる
これらの試合での出来事が本当にこの2組の作戦なのかどうかは、ハッキリとはわかりません。偶然相手のミスが続いただけなのかもしれません。
ただ、「1年間ミックスダブルスをやってない上手な4人制の選手でも勝てちゃう競技」になってしまっては面白くないのでは?と、私は思います。4人制とMDのどちらかに完全に絞る必要はないと思いますが、4人制の強豪選手がMDにも出る、その選手でもかなわないペアがMDにいる、そのペアを倒すためにいろいろな選手が研鑽を積む、MDでの成果が認められて4人制チームに呼ばれる、みたいないろいろな動きがある方が、新しいカーリングの考え方・戦い方が発展していきそうな気がします。
最近は「次の五輪はMDで狙います」みたいな話もちらほら耳にします。最近では、4人制の所属チームがなくなった🇨🇦B.ボッチャー選手がMDで次の五輪を目指すのでは?みたいな噂もあります。また、今回の世界MDの結果により、🇪🇪エストニアがカーリングで五輪出場する可能性がかなり高くなりました。4人制では強いチームができづらい国でも、MDで五輪出場する場合があるのは、前回五輪の🇦🇺オーストラリア代表 ギル/ヒューイット ペアも示しています。そうやって、ミックスダブルスカーリングが4人制とは違う価値を持つようになればいい、そんな風に思っています。