ミュンヘンのKUCKUCKフェスティバル—小麦粉演劇『FLOW』
3月23日 Münchner Stadtmuseum
Puppenspiel.ch
FLOW
Mehl Menschen Musik
2+
ミュンヘンにSchauburgという児童青少年劇場がある。そこが開催している乳幼児演劇のフェスティバルKUCKUCKを訪れた。ドイツ国内に限らず、フランスやイタリアのカンパニーの作品も招聘されている。開催期間は3月20日から27日までの8日間。そのあいだに11もの作品が上演される。
FLOWはスイスのカンパニーPuppenspiel.chによる作品。対象年齢は2才以上。FLOWというタイトルから、水を想像したが、中心となるマテリアルは小麦粉である。会場となったのは、Schauburgではなく、ミュンヘンの美術館のなかの一室。ざっと見た感じ、親子20組ほどだろうか。前の席には子どもが並び、その後ろに親が並んでいる。それから、スタッフや大人だけの観客がその後ろにまばらに座っている。
テントの骨組みのようなものがあり、そのなかで黒い衣装を着たお姉さんがお客さんの案内をしている。その斜め後ろには雑多な小道具が並んでいる。マイクが設置された一角があり、そこには白い服を着たおばさんが立っている。黒い衣装のお姉さんが俳優であり、白い衣装のおばさんが音楽担当だ。
遅れてくるお客さん(僕もその一人だった)のために、上演は少し遅れてはじまった。会場の時点で、演者自ら案内するのは、乳幼児演劇ではよく見る光景である。乳幼児演劇では、演者と観客は常にインタラクティヴである。そのため、上演を成功させるには、演者と観客の関係づくりが重要となる。席の案内だけでなく、ケータイ電話についてのアナウンスも行う。
上演開始の段階でとりわけ印象的だったのは、俳優が「アンドレア(音楽担当)も準備できたみたい」と話していたことである。その様子は、これから演劇がはじまるというよりも、ライブのコンサートがはじまるときのようである。乳幼児演劇において、演者は何か役になりきることはなく、いわゆる第四の壁というものもない。演者同士のやりとりは、そのことを象徴していた。
俳優は鍋を取り出し、その中に麦を入れ、回す。すると音が出る。麦を床にまき散らす。床が黒いのは、小麦粉がよく見えるようにするためだ。今度は大きな袋が運ばれる。そのなかには、ゴーグルが入っている。お客さんはこの時点でこれから何をするのか理解したようで笑い声があがる。袋のなかには小麦粉がたくさん入っている。小麦粉を手でつかんで、固く握る。こぶしをほどくと、小麦粉がパラパラと落ちる。両手ですくって、それを息で飛ばす。すると、空中に粉がけむりのように舞う。こんどはその煙に向かって、息を吹きかける。すると、けむりが動き、空気が流れていることがよく分かる。小麦粉を手でつかみ、床にたたきつける。パアンという音がし、床からけむりが舞う。今度は両手で小麦粉をつかんで、上に投げる。すると、小麦粉がパラパラと落ちてきて、美しいシーンとなる。ゴーグルはそのためだった。袋のなかの小麦粉をすべてまき散らすと、演者の黒い衣装はすっかり小麦粉まみれになっている。髪の毛も白髪交じりのようだ。演者は観客の方を向いて、ゆっくりとゴーグルをとる。当然だが、目元だけ肌色になっていて、パンダになっている。喘息の子には厳しい作品だろう。子どもに限らず大人も、咳をする音が聞こえる。好意的な言い方をすれば、小麦粉が舞うという現象に対する感覚を、身体全体で感じている。
これらの演技のなかで、一つひとつの動作の音は、楽器によって強調される。小麦粉をつかむ音、吹きかける音、たたきつける音。舞台の後ろでは、白い衣装のおばさんが様々な小道具を用いて音を作っている。マイクが設置されていて、その近くで音を立てている。とりわけ面白かったシーンは、水を用いた音だ。俳優が小麦粉の入った袋に手を入れるときに、マイクのそばでは水槽に手を入れている。小麦粉だから本来ならば瑞々しい音などしないはずだが、俳優が袋のなかで手を動かせばぴちゃぴちゃと音が聞こえる。乳幼児演劇は感覚の演劇という側面がある。だからこそ、本物の感覚を用いると同時に、その感覚をだましたりずらしたりする遊びは効果的だ。
小麦粉というテーマで扱われているのは、粉という物質的な側面だけではない。小麦粉という素材には、パンという社会的なテーマを示すこともできる。客席の隣にはオーブンが置かれていて、そのなかでパンが焼かれている。舞台上でも俳優がパンをこねている。やがて偽の焚き火が用意され、そこでこねた生地を焼くことになる。焼きあがったパンと先ほどまでこねていたパンは、実際には別ものだが、小道具を駆使したパフォーマンスによって、流れるように構成されていたので、正直あまり覚えていない。パンが焼き終わったところでパフォーマンスは終わりとなり、焼きあがったパンを舞台上にあがって食べることができる。テーマがテーマだけに、嗅覚と味覚にもアプローチした演出となっている。