【モノの演劇祭】『脳はハト小屋』-一人の男の頭のなかの思考を描く

10月24日 Schaubude Berlin
monsun.theater & Cora Sachs
「Das Hin ist ein Taubenschlag 脳はハト小屋」
作:Dita Zipfel、Finn-Ole Heinrich
演出:Cora Sachs

「Theater der Dinge モノの演劇」というフェスティバルを見に、ベルリンを訪ねている。ドイツ語で人形劇には、PuppentheaterとFigurentheaterがある。前者が人形を用いた劇を指すのに対し、後者は何かしらの形相(フィギュア)を用いた演劇という点で、人形劇からオブジェクトシアターを含む。そして、Theater der Dingeは、その名前から人形劇よりもオブジェクトシアター色の強い演劇祭となっている。毎年テーマがあるようで、今年のテーマは「KAPUTT」。「壊れた」とか「ぼろぼろになった」という意味だが、「Zerstörung 破壊」という単語よりは生活感のある身近な言葉で、響きもかわいい。

さいしょに見た「Das Hin ist ein Taubenschlag 脳はハト小屋」は、おそらく一番人形劇寄りだろう。絵本作家によるテクストを素材としていて、アフタートークによれば50ページ以上もあり、作業としては文量を減らすところからはじめたそうだ。上演時間は75分で、その間、一人の俳優がひたすら独白を続けるというもの。主人公は62才の男で、母親の世話をしながら暮らしている。物語的な展開があるわけではなく、ひたすら主人公の語りが続くがその内容は日常のささいな出来事の描写と宇宙を包括するような巨大な生命哲学への飛躍とを行ったり来たりする。家が彼の世界のすべてだが、やってくるハトを眺めたり、部屋の家具を整頓したりすることで、彼は世界について探究している。なんだかよく分からないが、小さな家に住む一人の男が繰り広げる狂気じみた雑多な思考群を、舞台上においていくつかのメディアを用いて表現した上演である。

演出家のCora Sachsは、人形や衣装デザイナーでもあり、今回の俳優の衣装を自らデザインしている。モフモフに膨らんだ灰色のズボンはハトの身体のようで、とがった耳に歪んだ表情をした仮面は、主人公が人間と動物がいびつに融合したような不気味な存在感を醸し出している。ハトのイメージは俳優だけでなく、音や映像によって、上演中ずっと示され続けるイメージである。主人公演じる俳優は、しゃがれたような、それでいて子どものような無邪気さを感じさせる声でしゃべり続け、また、ハトが毛づくろいするかのように、ときおり右手でズボンのモフモフを掻いたり、首を痙攣させたりする。

舞台はかなり急な斜面の板になっており、そこには懐中電灯で描いたような光の映像やハトのイラストが映写される。斜め板の両隣には、それぞれチェロとギターをもった演奏家が座っている。弦をどうこするかによって、主人公のいら立ちや不安、狂気といった感情を演出する。主人公が壮大な思考を展開するとき、チェロがさわやかなクラシックの曲を演奏するが、舞台上の絵面とのミスマッチさがこれまた不気味さを演出している。仮面と衣装に身を包んだ俳優が斜めの板の上に立つことで、それはハトが屋根の上にとまっているようにも見えるし、主人公が部屋のなかで作業しているようにも見える。また、主人公のあたまのなかの思考がそこに展開しているようにも見える。舞台はいくつもの板が組み合わさっていて、主人公の頭のなかがいくつもの思考で混在しつつも独自のルールのもと整理されている様子を象徴しているようだ。そこに映される映像はときおり、板のつぎはぎ目に沿って光の線を描き、やがてはその光は主人公の演技とともにインタラクティブに動くようになる。

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