20241022 無理をしない・時が来るのを待つということ
「やるべきことは大量にあるのにやる気が起きず、何もできない」ということがしばしばある。
しかし最近、それに対して自分を許せるようになってきた。
どちらかと言えば、その時が来るのを待つという感覚。
案外やる気というのは外部環境に依存している。たとえば、職場やカフェにいれば人の目があって集中できる、人と関わったことで体にスイッチが入り覚醒状態に切り替わる、飯を食べた後はとにかく寝たく頭が回らない、職場で人がしゃべっていると会話が聞こえてきて集中できない、などなど。
なので、やる気が起きない時は、その流れに従うという行為をとっている。
ダラダラしているように見えて、今抱えているタスクの整理をするとか。あえて休んで自分の意思が介在する能動的な娯楽をやるとか。そういったことをすれば、自然と時間が経ったときにやる気が湧いてくる。
大事なのは、自分の意思が介在する活動をしているかどうかでもある気がする。自分が何か活動をしてそれが現実世界に影響を与えれば、その世界にいると言う感覚がようやく地について寝ている時のようなだらけている感覚から解き放たれる気がする。
仕事のタスクというのは、確かに自分にしかできないものではあるものの、本質的には、自分以外の誰かがやれることでもある。
さらに仕事のタスクは、自分が求めたものではなく与えられるものであるため、主体権を奪われると言う要素を孕み、その意味でどうしても「自分の意思が介在して現実が変わる」という感覚になりづらい。
流れに沿って能動的に休む。
乗ってきた時にそのやる気を逃さない。
自分の意思による活動をちゃんとやって気力を回復する。
こういったことをやっていきたい。