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世田谷パブリックシアター『SPT』09号 寄稿文(2014)

2013/4/8発行
世田谷パブリックシアター『SPT』09号
特集 本棚のなかの劇場──「劇的なる本」235冊
寄稿文

https://www.kousakusha.co.jp/BOOK/ISBN978-4-87502-449-1.html

  1. 『リバーズ・エッジ』 岡崎 京子 宝島社

 この作品は、1993年から1994年にかけて雑誌『CUTiE』(宝島社)で連載されていた。この次に連載された『うたかたの日々』を含め、その掲載号たち、3年分余り、ダンボール1箱分を引っ越しのたびに持ち歩いている。もちろん、単行本も持っているが、この『CUTiE』を読み続けた、高校生時代の自分のカワイらしさ(笑)と共に、できれば捨てたくないわたしの一部なのだ。『リバーズ・エッジ』は、とにかくなにもかもが好きで好きで好きでたまらない。よろこびの表現、かなしみの表現、みちたりることの表現、手からこぼれおちることの表現、孤独の表現、人間関係の表現、社会と個人との関係性の表現、生と死と性の表現、すべてが、わたしにとってのバイブルである。「表現」ということばを使うことは簡単だが、わたしから、あなたへ、手渡すことはそんなに簡単にできることではない。とくに、演劇のように「集団⇄集団」=「舞台⇄客席」という構造になっている表現分野ではなおさらだ。わたしはあなたから受け取りたいし、あなたに手渡したい。『リバーズ・エッジ』のラストで、山田くんがカンナにCDを贈るシーンは、とても軽佻に描かれている。カンナはこのあとの人生で、このCDを聴くことは無いのかもしれない。すべてをわすれてしまうのかもしれない。それでも、手渡す。わたしは、あなたに、ぼくは、きみに。

  1. 『かもめ』 アントン・チェーホフ 作/神西 清 訳
    『かもめ・ワーニャ伯父さん』新潮文庫より、新潮社

 「人も、ライオンも、鷲も、雷鳥も、角を生やした鹿も、鵞鳥も、蜘蛛も、水に棲む無言の魚も、海に棲むヒトデも、人の眼に見えなかった微生物も、—つまりは一切の生き物、生きとし生けるものは、悲しい循環をおえて、消え失せた。―(略)―」
 この長台詞を10代の少女に暗唱させたら、もうそれだけで劇になってしまう。劇中ではトレープレフの「失敗作」として残っている戯曲だが、「失敗作」と評価したのは、アルカージナの「ニーナの若さへの嫉妬」からでしかない。アルカージナは、「デカダンじみてる」「茶番」等々と、散々に酷評するが、さて、これを読んでいるあなた、近くにいる少女に、この台詞を声に出して読ませてみてください。これ以上の戯曲は、誰が書けるだろうか? 本を介した、いじましい告白、また、少女時代の思い出と今を比較しての、「わたしは――かもめ。……いいえ、そうじゃない。わたしは――女優。」という一言など、美味い!と唸らせる仕掛けが随所にほどこされている名作中の名作であるが、わたしはこの20年間、「人も、ライオンも、鷲も、雷鳥も―――」の長台詞に魅かれてたまらないのである。

  1. 『異郷』 アーネスト・ヘミングウェイ 著/高見 浩 訳
    『ヘミングウェイ全短編 3』新潮文庫より、新潮社

 わたしの次作は、フィッツジェラルドを取り扱う予定でいるが、じつは英文作家で一番好きなのはヘミングウェイなのだ。「ハードボイルド」とも評される、乾いた簡潔な文章、そのところどころに見える男の甘えの可愛さ。今回、「3冊取り上げる」という原稿依頼に対し、3冊目を悩みに悩んだすえ、3冊ともをフィクション作品とした。ほんとうは、身体論や演劇論、社会学、哲学、脳科学などの文献も取り上げたかったのだが…。身体論については少し触れたいが、とにかく、いま手に入る文献をすべて手に入れ、「やってみる」ことは重要だと思う。フェルデンクライス身体訓練法や、野口体操、ゆる体操などはとくにおすすめしたい、是非。ヘミングウェイに戻ると、この『異郷』という短編は、今回の3冊を「少女から女性への狭間」をテーマにしようと思ったためにセレクトした。ヘミングウェイ本人とみられる中年男性と、彼から「ドーター(娘)」という愛称で呼ばれている少女との、きもちわるい言い方でいえば、「「「愛の逃避行」」」の物語である。こんなふうに愛されたら、と思うが、わたしはすでに彼女の2倍近くも年を重ねてしまった。

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