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『私の愛おしい宇宙人』(短編小説)


   私の彼氏は、宇宙人だ。

   こんなことを言うと、たいていの人が一瞬固まる。この子は不思議ちゃんに違いないという目をする。でも、本当の話。宇宙人なのだ。

   その証拠に、彼氏はいつもテカテカ光るシルバーの服を来ている。謎のペンダントを首からぶら下げている。大きなサングラスみたいな眼鏡を必ずかけている。本人はいつもこう言う。宇宙人なのだから、それっぽいファッションをするのは当然だ、と。

   彼の見た目は三十代の日本人男性だ。しかし、ある時から心が宇宙人になった。宇宙人になったきっかけを訊くといつも口をつぐむ。そんな本人は自分が宇宙人であると信じて疑わない。本当に変な人。実はほんの少し心配している。

   出会ったきっかけは、悪酔いして繁華街の裏道でぶっ倒れていた私の横をたまたま通りかかった彼が、やさしく介抱してくれたことだった。

「大丈夫ですか? ものすごく顔色が悪いですよ。地球人の顔色じゃない。アンドロメダ星雲のはずれにあるワンシャカ星のワンシャカ星人の顔色に近い。とりあえずこの宇宙ドリンクを飲んでください」

   そう言ってオロナミンCをそっと指し出してくれた。それを飲んだら、ほんの少しだけ頭痛が軽くなった気がした。彼はそのまま、すぐ近くにある彼のアパートまで私をおぶっていった。

「ああ、頭がジンジンする・・・」
「外で寝てると風邪をひいちゃうのでウチで少し休んでください」
「ここ、あなたのアパートなの? 」
「ここはアパートではありません。アダムスキー型の宇宙船です」
「アダムスキー? ・・・やさしいのね、ありがとう。休ませてもらうね」

    翌朝、目が覚めると、キラキラした星柄の布団の中に私はいた。どこからともなくトントントンと包丁とまな板が当たる音が聞こえた。そしてすごくいい匂いがした。キッチンに立つ銀色の男の後ろ姿を見て、昨晩宇宙人におんぶしてもらったことが夢じゃなかったことを理解した。

   彼は慣れた感じの手つきで朝食をつくっていた。

「あの〜」
「あれ? 起きたんですね。体調はどうですか? 」
「え、ああ、もう大丈夫」
「よかった! いま、宇宙食を作っているのでもう少しお待ちください」
「あ、はい。ありがとう」

   しばらしくて、大根がたっぷり入った味噌汁と、綺麗に巻かれたふわふわの卵焼きと、納豆と、ほかほかのごはんがシルバーのトレイにのせられてやってきた。

「わあっ」
「お腹すいてました? 」
「すいてた! 今すいた! 」
「どうぞ、これで元気になってください。大した宇宙食ではないですが」
「あの? 」
「はい? 」
「これって宇宙食じゃなくて・・・いやなんでもない」

   ここは仮にも彼の宇宙船だ。宇宙船の中にいるのだから宇宙食なのは設定として当然だ。目の前に並んだ日本の伝統的な朝食を眺めながら、一瞬私は頭が真っ白になった。

   彼がふざけて言っているようにはどうしても思えないのだ。宇宙の話をする時の彼の眼差しからは、悪意が全く感じられなくて、いたってナチュラルなのだ。それに、昨晩から今にいたるまで、宇宙ネタでずっとボケ続けているのなら、ちょっと長すぎやしないか。

「いただきます! 」

   ダシがほどよくきいた味噌汁をすする。やわらかくなった大根が口の中でとろける。私は体だけじゃなくて心まで温かくなった。ご飯も、私が大好きなおこげが入っていて嬉しかった。あっ、納豆ものせなきゃ。

「おいしい。こんなにもおいしい・・えっと・・あっ、宇宙食を食べたの初めてかも・・・」
「でしょう。おいしいでしょう。それは、オリオン座にある暗黒星雲でしか手に入らない宇宙味噌なんですよ」
「へえ」

   育ちがいいのだろうか。彼からは家庭的な感じが漂ってくる。もちろん、宇宙的な雰囲気も。彼の眼差しは優しくてすごく深い。その瞳のブラックホールに吸い込まれそうに錯覚する。その時、思った。

   私、この人、好きかもしれない。

「ねえ、名前は何て言うの?」
「シャーシャリアン・ブルートゥース・ファイブジィです」
「へ、へえ〜」
「あなたの名前も訊いていいですか? 」
「月子」
「つきこさん、ですね。星のような、素敵な名前ですね」

   朝食を終えて帰ろうとしたら、彼は言った。「もしよかったら、今度、僕と一緒にムーンウォッチングしませんか」って。こんな誘い方する人、今どきいる?

   その日以来、私たちは付き合うようになった。付き合ったその日は、「未知との遭遇記念日」と呼んでいる。私が勝手に名付けたのだけど、その話を彼にしたら、ツボに入ったらしく、「宇宙ギャグの傑作」「お腹がよじれるくらい面白い」と言って床を転げ回っていた。私はそんなに面白いことを言った覚えはない。



   数ヶ月後、私たちは彼のアパートいやアダムスキー型宇宙船で同棲することになった。彼が誘ってくれたから、私は喜んで船に乗り込んだ。「キミも今日からスペースパイロットだね」なんて真顔で言う。

   間違えても私は、「この宇宙船、いつになったら飛ぶの? 」とか、「シャーシャの本名は? 」とか、「地球で仕事はしてないの? どうやってお金を稼いでいるの? 」とか、そういう野暮な質問はしないと決めていた。だって、私たちが生きているこの世界はそもそも矛盾だらけなのだから。

   最初はそんなふうに考えていた。でも、次第に彼のことをもっと知りたいと思うようになっていって、ある時に思いきって訊いてみた。

「ねえ訊いていい? 」
「ん、なに? 」
「なんでさ、シャーシャは宇宙人になったの? 」
「・・・」

   満天の星を見上げながら、彼は言った。

「そうだねえ。うーん。なりたくてなったわけじゃないからね」
「へえ。誰かに宇宙人にさせられたとか? 」
「この道を選ばざるを得なかった。って感じかな」

   社会の荒波にもまれ疲れ果てて出家した元サラリーマンのお坊さんみたいな調子で、彼は真面目に語っていた。

「今さ、出家して仏道に身を捧げた元サラリーマンの坊主みたいだと思ったでしょ? 」
「え、いや、その・・・すごい。なんでわかったの? 」
「そんな目をしてたから。でもね、実際似たようなものなんだよ。僧侶になるのも、宇宙人になるのも、覆面レスラーになるのもね。人は誰もが、別の自分になりたいんだ」
「へえ。なんだかちょっとわかるような気がする」
「もしよかったらだけど・・」
「なに」
「きみも、宇宙人になる? 」
「え・・・・・・・・考えとく」
「冗談だよ、冗談」
「ははっ。やめてよー」
「ごめんごめん」
「まあでも、いつか一緒に宇宙旅行に行けたらいいね」
「絶対に連れていくよ。キミに見せたいんだ。はるか三億光年先にあるわがポルックルベテーギース星団の眺めを」

   彼の過去に何があったのかはわからないし、それ以上深入りしようとは思わない。誰が何と言おうと、私の大好きな彼は宇宙人なのだ。

   夜のベランダで、彼が遠い星々を懐かしそうな眼差しで見つめている時、たまにふと思うことがある。この人は、本当に宇宙からやって来た人なんじゃないかって。そのうち、無限の宇宙の中に消えてしまうんじゃないかって。

   明日、銀色のラメが入ったワンピースを買いに行く。彼との宇宙デートのためにね。

(了)

   

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