新型コロナウイルス闘病記
どうも、タギリストです。私事ではありますがコロナウイルスに感染してしまいました。全く感染経路に覚えがありません。流行りものですからそんなものなのでしょうが。
始めに言っときますが、同情して欲しいとか、注目されたいという理由でこの手記を書く訳ではありません。あえて言うなら、まだ感染されていない方の参考になればいいと思ったのと、暇だからという2つの理由からです。
1日目
この日は16歳の娘に買い物に連れ出されました。その途中で中華のランチを食べました。それまでは普段と変わりありませんでした。
私は買いたいものは無く、娘の後をついていってました。偏頭痛持ちで、
しかもショッピングが久々だったので、疲れもあるなと思っていました。頭が痛くなってきたのも「ああ、いつもの頭痛だ」と思っていました。
しかし、だんだんと首や肩が重くなり倦怠感を感じるように。ただ、偏頭痛のひどい時には倦怠感も感じていたので「だんだん酷くなってきた」くらいにしか思っていませんでした。
家に帰ると全く食欲はありません。だるさがドンドン増し、熱を測ると37.5℃。このご時世だから明日は出勤するわけにはいかん、と思い上司に連絡。翌日に受診とPCR検査を命ぜられました。食事を取らず、いつも飲んでいる頭痛薬を飲み就寝。この時から家庭内隔離生活の開始です。
2日目
寝つきが悪かったせいか朝起きれずに、10時に起床。午前の診察時間はとっくに始まっています。
倦怠感は増していて喉の痛みも加わっていました。体温37.9℃。もちろん家族は自宅待機。
かかりつけ医に電話し症状とPCR検査希望を伝えると「午前中は忙しいから、午後から来てほしい」との事。
この少しの時間のロスが命取りでした。石川県のコロナ感染者数が過去最高を日々更新。出遅れてしまったせいで、PCR検査の結果が出たのが翌日の夕方になってしまいました。
医者へ行き診察を受け、別室で検査の為に唾液を採取。痛み止めを貰って病院を後にします。
倦怠感はもちろんふらつきも酷く、車の運転には細心の注意を払って帰宅。不安そうな家族をよそに一人部屋に籠ります。とにかく寝るしかありません。悪寒が止まらず震えながらひたすら時間が経つのを待ちました。
3日目
医者から電話。午前中にはPCR検査の結果が判ると聞いていたのですが「再検査しているから結果はまた連絡する」との事。まだ「コロナではないだろう」と思っていた僕に初めて「え、もしかして本当にコロナかも」という現実が突きつけられました。
しかし再検査ってなによ。唾液が足りなかったのか?それとも唾液になんか混じってたのか?コーヒー飲んだけど30分以上は経ってたしな、などと色んな事を考えました。(歯磨き・水分摂取などから30分以上経過しているのが望ましいとされています)
それから結果が出るまでの4、5時間がかなり長く感じました。「家族・職場・学校」など結果を知らせて対応してもらわなければいけない人達を待たせているから、というのが長く感じた大きな理由だと思います。
「再検査って大抵、陽性になってます」と医者は電話越しに話していたが、それでも結果がはっきりするまでは方々に連絡する事も出来ず、陰性である事を願って待ちました。
そして陽性の結果を知らせる電話が夕方になりました。普通の風邪やインフルエンザなら受診→安静でする事など無いのですが、コロナは影響があるところへの連絡が必須。しんどいからといって誰かがやってくれるはずもありません。
この日になって熱は下がってきましたが、間接や筋肉の痛みが表出。寝ている姿勢でずっと過ごしている為かと思いきや、「それだけではここまでは痛くならんだろう」と思われる「今までに体験した事の無い」レベルの痛みで起き上がる事すらままなりません。
そんな中、各所への連絡もようやく一区切り。すると保健所からショートメッセージが。
HER-SYS(厚生労働省新型コロナウイルス感染者等情報管理システム)への登録と健康状態を入力するように促す案内が送られてきました。さらには接触確認アプリCOCOAを使用し陽性者登録をするようにとも。
ちなみに電話番号の扱いに関してはかかりつけ医から「保健所にあなたの電話番号を教えます」と言われます。自動で送られてくるショートメッセージのレスポンスは早かったのですが、保健所から直接電話がくるのは翌日でした。
こちらとしては、次は家族の受診とPCR検査の手続きをどうすればいいのかが気になりますし、各所から言われているのも正に「そこ」です。
ただ、県内の新型コロナ感染者数が過去最高を更新する中、保健所も対応に追われているのでしょう。かかりつけ医や保健所へこちらから連絡しても「連絡があるまで待って下さい」の一点張り。先週までならすぐに家族の受診やPCR検査への流れが出来そうでしたが、今週になって変わったようです。
こちらから診察に行って(もちろん事前連絡はする)検査を受けるという事が難しくなりました。昨日僕が出来ていた事が今日はもう出来ないのです。八方塞がり、雁字搦めです。保健所からの直接の電話を待つしかありません。
無料でPCR検査が出来る場所が最近増えてきましたが、あれは症状の無い方で感染の不安がある方が受けられる検査。症状のある方や濃厚接触者は受診してPCR検査をする手順が「絶対」です。
何一つこちらの要望が叶わない中、HER-SYSやCOCOAに情報を淡々と打ち込みます。新型コロナとの戦いは、体力的戦いが半分、コロナへの不安と保健所からの連絡待ちのストレスなど精神的な戦いがもう半分を占めました。まだ感染されていない方は、この精神的なストレスも覚悟しておいたほうが良いと思います。
4日目
家族が対応に困って動けないまま午前中が過ぎ、午後になってようやく保健所から直接の電話が。家族の受診とPCR検査が明日に決まりました。少し前のニュースなんかでは陽性者の発表があると、すぐに濃厚接触者は陽性なのか陰性なのか合わせて発表していたように思うのですが。
感染者の増加に行政の対応が追い付いていないのは仕方ないのでしょうが、僕が陽性とわかって二日後に診察と検査というのは少し遅すぎるのでは。地方でこれだけの混乱が起きている事を考えると東京や大阪は・・・恐ろしいですね。
僕の症状は落ち着いてきたように感じます。熱も上がってはいないし。しかし、咳や痰、間接の痛み、下痢もするようになりました。
部屋の外からは乾いた咳をする音が聞こえます。全員が感染しているのか。はたまた家族の一部だけの感染か。外の世界に感染が広まらないようにするのは当たりまえだが、家の中の感染の恐怖はどんなホラー映画にも勝ります。
昼間は出来るだけカーテンを開け、外の明るさを意識するようにしました。そうでもしなければ息が詰まりそうだったから。
久しぶりに身体を洗う。と言うかようやく洗える・動けるようになったからだ。家族の誰よりも遅く、シャワーのみで済ませる。終わったら一通り風呂の壁や床を入念に洗い流す。そして十分に換気。温かさなどは感じる事は無い。
5日目
保健所から直接電話。病状を直接確認する電話だった。
僕の話す様子を聞いた保健所の職員さんが「話し方が息が切れているようで心配なので、受診できるようにセッティングします」との事。
後から気がついた事だったのだが、直接感染者とやり取りする事はHER-SYSではわからない「生の様子」がわかるチャンス。しかし、爆発的に対象者が増える現状では保健所だけで対応しきれない。
なので、その役割を病院にしてもらおうという事。血液検査やCTスキャンをして状態をある程度健康状態が分かれば患者にとってもプラスであるし、保健所から病院への患者の受け渡しも出来て負担も減る。
結局、明日の午後から近くの大きな病院へ行く事となった。玄関の近くで車を停めて電話して欲しいとの事で、車の車種・色・ナンバーを教える。
家族は午後から産業展示館へ。そこで診察とPCR検査を受けるとの事。今週に入って会場が設置されたようだ。
家族が外出し、一人だけ家に残る。数時間だったが、とてつもなく寂しい感覚。隔離生活で一人には慣れたつもりだったが、誰もいないと思うだけでこんなに寂しいとは。大事マンブラザーズバンドの「それが大事」の歌詞を思い出した。
家族が帰ってきた。結果は明日わかると言う。
動かないせいか、ストレスがたまるせいか、睡眠が十分に取れなくなってきた。
6日目
長女が陽性判定。その他の家族は陰性だった。
一緒に買い物に行っていたし、車という狭い空間にいたから無理もない。
直接会わなくても咳込んでいるのが聞こえていた。不幸中の幸いなのは発熱が無い事。
ただ診察してPCR検査を受けるのはいいが、対処療法としての薬も出ない。私もそうだったが、市販の薬で対応するしかない。処方されたものでは無いから治りも遅いのだと思う。
発症から10日で通常の生活に戻れる。もちろん症状が治まればの話だが。僕は緩やかに改善に向かっているとは思うのだが、そんな状態で再び世間に戻って良いものか。また別の不安が心を闇に包んでくるようだ。
僕は近くの大きい病院へ血液・CTなどの検査を受ける。玄関で車の中から病院へ電話をかける。看護婦さんは、僕が入院するもんだと思い込んでいたらしく「荷物をとりあえず降ろして下さい」と言われた。
どんだけ重病人だと思われていたんだろうか。
「入院するとは思っていないし、特に何も言われなかったので保険証くらいしか持ってきてません」と答えると、看護婦さんは唖然とした。
とりあえず車を病院横の入り口に横付けし、そこで車から降り建物へ。入ってすぐの玄関先のような場所でバイタルチェック。血液採取もそこで行う。
そして特別なシートで覆われた車いすに乗車。チャックで開閉する、ベビーカーの雨よけみたいなやつを想像すると分かり易い。それの大人版だ。看護婦さんが車いすを押してくれてCTのある2階まで移動。
大きいタブレットほどの視界があり(もちろんビニール製の)まるでTDRのアトラクションに乗っている感覚。もちろん感覚だけ。そんな楽しい気分の訳が無い。
その後、症状に関する質問などがあり、賞味1時間もかからずに検査は終了。家に帰ってしばらくして検査結果の報告があり「検査では異常な数値などは確認出来なかった」との事。とりあえずホッとした。
あとは長女の症状がどうなるか、そして僕と長女が「陽性者」から解放されるまでに他の家族に移してしまわないかだ。まだまだ落ち着かない。私自身も症状が改善傾向にはあるが、今まで無かった下痢の症状が出てきた。
7日目
ようやく大きな病院の「監視下」に入った訳だが、特にするべき事は無い。保健所が担っていた「直接の病状把握」が病院に取って代わっただけだ。
昼前に電話が入る。基本的にはHER-SYSと同じ質問が来る。
日課として午前10時頃と午後3時頃にHER-SYSに、そして昼前に病院から電話が来て同じ質問に一日のうちに3回、答えている。
ただ、HER-SYSには例えば「咳・痰・鼻水はひどくなっていませんか?」の質問に「はい・いいえ・不明」の3通りの答えしか用意されていない。
酷くもなってないんだけど、良くもなっていない。という回復期にありがちな「あいまいな」答えが用意されていないので、病院からの電話にはそういう「あいまいな」病状をなるべく細かく伝えるようにしている。
しかし、長女のほうにはHER-SYSからの1日2回のSMSの通知しかない。未成年だからだろうか。理由は良くわからないが、病状を把握する為に私がLINEで保健所の代わりをするようにしている。
家族としては当然の事だが、なんせ僕も長女も隔離状態。同じ屋根の下にいるとは思えないほど様子を伺い知る事は出来ない。
僕といえば改善してきてはいるが、まとまって痰が出るのと、頭痛や倦怠感がやんわりと続きスッキリしない。下痢による腹痛もある。
陽性が分かった直後から考えると幾分「しなければいけない事」が減り、ストレスも減ったように思うが、やはり順調に回復とまでは行かず漠然とした不安がつき纏う。
ただワクチン接種を2回受けて、しかもオミクロン株にまで変異した今になって感染したから、このくらいで済んでいるのだと考えるようになった。デルタ株の時に感染していたらもっと重い症状だったかも知れない。
そう考えるとコロナが流行ってから2年の月日が経ち、出来るだけ感染を遅らせて医療の進歩と症例の情報を武器に戦えた事は不幸中の幸いだった。
8日目
症状はあまり変わらず、しかし少しづつではあるが改善傾向にある。
発熱も無くなったし、間接や筋肉の異常な痛みも無くなった。そろそろ社会復帰も視野に入れなければならない。
一応職場には、発症から10日経って診て頂いた病院からOKが出れば出勤出来ると伝えたが、職場からは「急ぐ事も無いし10日経ってからもう一度PCR検査をしたい」との事。丁度職場で一斉に検査を行うらしい。
10日経過後にすぐに仕事復帰だと思っていたけど、実は不安もあった僕としてはホッとした。もちろん休んだ間の給料の面も心配いらないとの事。
サラリーマンでも会社によってコロナで休まざるを得なかった時の給料の保証対応は違う。傷病手当で肩代わりしなければいけない会社もあると聞いていたので、もしこれを見て下さった方でコロナ感染した場合は、職場に確認する事をおすすめします。給料が支給されないのではないかという不安があると治る病も治りにくいし、無理して身体を壊しかねないので。
身体を動かす事は出来ないが、頭を使う事は出来る。コロナ関連の記事で「ブレインフォグ」に関するものを見てから気になっていたし、さらには加齢による思考低下も以前から意識していた為、脳トレが出来るアプリをいくつかダウンロードして脳みそだけでも鍛えようと取り組んでいる。
食欲はあったりなかったりだが、部屋での食事となるため極力食べやすいもの、そして紙皿や紙コップなどを用意してもらっている。
病気であっても無くてもそうだが、作ってもらっているのに「あれがいい、これはダメだ」とかなかなか言いにくい。私は調理師免許を持っている(使いもしないのに)からわかるのだが、料理を作る側は必ず食べる人の事を意識して作る。だが食べる側はあまり作った人の事を意識して食べない。
本当はあまり食欲が無いのだが、作る側は「元気になってもらいたい」から沢山作る。需要と供給が合っていない。身体が元気なら無理して食べるのだが。食べられるだけ食べてあとは食器と一緒にゴミ袋にまとめてわからないように袋の口をしっかり縛って捨てる。
冷たいと思われそうだが、わからないようにすることも礼儀だと思うし、作ってくれる事自体にはとても感謝している。
家に籠りっきりの状態だと、何か些細なことで怒りのトリガーを引いてしまいかねない。そんな余計なストレスを溜めない為に気を遣う事もある。親しき中にも礼儀あり。
9日目
熱はずっと平熱のまま。咳と痰が少しあるのと、下痢になったりならなかったり。
最近は出来るだけ沢山のサッカーの試合を見るようにしている。なでしこジャパンや森保ジャパン、ラ・リーガ、プレミアリーグ、セルティックやシント・トロイデン、などの試合を見た。代表ウィーク明けにあるミラノダービーが楽しみ。自分の中に蓄積させられるだけ蓄積させる。後に生かせる事があるかも知れないから。
部屋の中で出来る事には限りがある。だから、出来る事、考えられる事はやる。ただ、サッカーに没頭しすぎて北京オリンピックが開幕する事を知らなかった。
次女が喉の調子が悪く、熱も37度を超えている。明日で僕は発症から10日目を迎える。保健所に連絡してPCR検査の予約をし、10日を過ぎるから僕が検査場にまで連れていっていいかを確認する。意外にもすんなりOKが出た。
10日目
ようやく症状が出てから10日が経過した。部屋に籠る生活もようやく終わる。昼前に病院から電話があり、現状を確認される。多少、普段に比べると調子は悪いようには感じるが、ほとんど部屋にいたから仕方ない。
病院と保健所の監視下から外れた。そして午後から次女を車に乗せ、PCR検査会場となっている産業展示館へ。
車で直接建物へ入り、車の中から電話で医師とやり取り。そして電話問診が終わると、車のそばに医師が来て車外から次女の鼻の中に綿棒をぐりぐりと突っ込んだ。いわゆるドライブスルー検査。
車から降りる事なくそのまま家に戻る。明日は僕の職場で一斉にPCR検査がある。久々に職場に行く。毎日行っていた場所なのに、少し時間が止まっていたような気持ちになった。
11日目
次女の検査結果は陰性だった。ホッと胸をなでおろす。この数日間で何度ホッとしたり不安になったかわからない。もう、一年分くらいの葛藤を味わった気がする。
検査結果が出てから職場のPCR検査へ行く。と言っても、職場の駐車場に車を停めて自分の車の中で唾液を採取し、職員に渡す。
この時は、この検査が終わればようやく仕事に復帰できる、ようやくコロナ騒動も一段落、と思っていた。
12日目
上司から連絡が入る
結果は陽性
耳を疑う
頭が真っ白になる
まだ俺は右往左往しなければいけないのか
土曜日だった為、保健所は休日
土日も対応している発熱相談センターへ電話
職場で受けたPCR検査は
医者が直接観ていなければ陽性という判定は有効とは言えない
だとか
どういう経緯でその検査が行われたか分かりませんが
検査の状況次第では問題ですよ
だとか
検査を受けた僕からしたら説明出来ない
しかも、何故か非難されているような対応だった為
埒が明かないと思いネットで調べ
感染拡大防止県民相談センターへ電話
すると、発症して10日経てば感染力はほとんど無い為、行動規制は解除しているとの事。
ただ、わずかにウイルスが残っている事があり
陽性になる事は良くあるらしい
20日くらい経たないと完全にウイルスが居なくならない事もあるので陽性にはなってしまう
後は職場と相談して復帰するかどうするか決めて下さいとの事
結局、検査結果と行政の判断・対応に振り回される
上司にその旨を伝え、もう一度月曜日に保健所へ電話を掛けて話を聞く事にした。
陽性と判定されたから、やはり家族と一緒には居づらい。
土日はまた一人、部屋に籠る事にした。
外はいつの間にか雪が積もっていた。
13日目
もう、身体はほぼ治っている。少し下痢気味だが、普段から腸が弱い為コロナだからどうという事も無い。
ミラノ・ダービーを堪能した後、雪の勢いが弱まったのを見て家の前の除雪をする。
久しぶりに身体を動かし、問題ない事を確認する。
それと同時に悔しさもこみ上げてくる。
14日目
朝イチで保健所へ連絡。やはり土曜日に感染拡大防止県民相談センターで言われた事と同じような返答を受ける。
それを上司に伝え、職場の判断を仰ぐ
午後になってようやく
明日出勤しても良いとの連絡が入る
難しい立場
感染力がほとんど無いとはいえ
陽性者だ
僕は大丈夫だと
言ったところでなんの説得力も無い
検査結果は覆らない
明日はどうすればいいのか全く分からないが
現場の指示に従うしかない
15日目
結局、職場はいつも通りだった。保健所の見解を全面的に受け入れたようだ。僕は特に仕事に制限を受ける事なくいつも通りに過ごせた。
時間が経過しているとはいえ、私を陽性者と知っていつもと変わらず対応してくれた周りのスタッフに感謝したい。
陽性と判断されてすぐに復帰できるのは稀有かもしれない。職場によっては完全にウイルスが身体から抜ける「症状が出てから約20日後」まで何も出来ない所があるかも知れない。それもその職場の考え方次第なので仕方ない。
疲れはいつもより感じたし、久しぶりの仕事だったので少し緊張もした。しばらく休憩時は周りの事を考え、一人で車で過ごす事にした。
あとがき
休んだ期間で感じた事は、サッカーを見ていると世界的にウィズコロナが進んでいるように見える。しかし日本は早くからウィズコロナという言葉は出ていたが、実際はあまり進んでいない。それは日本人的な考え方や偏見が影響している。
日本の人口約1億2千万人に対し総感染者数は現在約377万人、そのうち死亡者は約2万人。もちろん、いろんな方の努力があるのだが、総人口の約3%ほどしか感染していない。
それに対してサッカーの母国、イングランドは人口約5600万人。総感染者数は1500万人。死亡者数は13万8千人。4人に1人が感染している事になる。
じゃあ外国のようにみんなコロナにかかればいい、という訳ではないのだが感染する事を前提に考えていないという事。だからいざ感染した時、拡大した時に当事者や周りの人間が迷い、余計なストレスを抱える事になる。
感染者を抑える努力はしつつも、インフルエンザのように誰がいつ感染しても対応できる社会の整備を早く行って欲しいと切に願う。
そしてこのnoteが少しでも誰かの役に立つように、ウィズコロナに向かう我々の理解が少しでも深まる為に見ていただければ幸いです。
長文にお付き合いいただき本当にありがとうございました。
心配や励ましのお言葉を多く頂いた事を感謝いたします。
ツエーゲン金沢応援集団「RED TAG」運営費用としてありがたく使わせていただきます