昔住んでいた街
花屋と本屋のない街には住みたくない、と思っていた。
でも、初めて自分で決めた住まいはそのどちらもがなかった。
昔住んでいた街を、もうそこにいない者としてふたたび訪れたときのあの気持ち。
急によそよそしくなった街は少しだけ変わっていて、知っているものと知らないものが混ざっている。
あのときの自分が確かにそこにいて、違う時間軸の世界からそれを見ているような感じ。
なぜか思い出すのは特別な一日ではなくて、なにもなかった、なんでもない日のことの方が多い。
お隣のおばさんと駅で待ち合わせて、日高屋でタンメンをご馳走になった夜のこと。
悪くなるばかりの病状には気が付いていたけれど、もうどうすることもできずに先生のレクサスを眺めながら猫を抱いて診察を待った一時間のこと。
立ち飲み屋の横を通り抜けて帰る夜、空には冴え冴えと星が出ていて、ふと、絶望ってこういうことなのかなと思ったこと。
私にはまだ気軽に訪れられない街がある。
いつか行けるといいな。
Tafra
生田愛佳