恩恵的感謝と普遍的感謝
恩恵的感謝とは、所為による感謝(Doing)
なにかをしてもらったことに関するありがとうの気持ち
これは感じやすい
ただ、当たり前と思っているとこれさえ分からない人もいる
普遍的感謝とは、感謝の気持ちをいつも持っている在り方(Being)
そのものの存在に感謝、人や物、自然、ありとあらゆるものへ
そしてこれには恩恵的感謝も含まれる
そのように脳科学者・医学博士の岩崎一郎氏は「脳磨き」のご著書に書かれている。
読んだので『そうだねー』と記憶にはあった。
メンタリングの仲間が言った事から「ゴミにも感謝だよね~」
彼女は私気がついちゃった。
ゴミは散らかっていてヤダナーって思っていたの。でもね、これって私を幸せにした後の残骸じゃん。ということは子の残骸にありがとうよね?!って。
それを聴いた私は二階のシンクが小さくてまずそれが気に入らない。そして鍋が2つあると盲洗いにくい。だから😩😩やだーと思っていた。
彼女と同じような考えをすると
この鍋たちは【私をおいしいものに出会わせてくれて働いてくれてくたびれている】とすると
ありゃりゃん、😁🤩ありがとうじゃん💕🥰
このシンクも二世帯住宅として二階にもこの場所を作ってくれている。
あることがありがたい💝😍👌
そして鍋が積まれていてもヤダナーと感じることが激減した@@
そう【知っていると感じて本当に腑に落ちてやっている・行動している】とはこんなに違うということを体感・実感中なのだ💖🥰👍
やっと岩崎先生のおっしゃっていることが一つ解った‼️
恩恵的な感謝と普遍的な感謝の違いもこれで話せるぞ!
もう一つ【島皮質】について
【島皮質】の事が書かれていた😁🧠🧠
本に書かれている島皮質には気がついていなかった。
自分のことと島皮質が連動していなかったのである。
そうなんだねーというくらい。
ハッキリ認識できたのは友人が私の状況を知って「テレビでやっていたよ」と教えてくれたことがはじまり。
私の状況とは
実は右の肩甲骨のところにオデキができそれがめちゃくちゃ大きくなりいた打て痛くてどうしようもなくなった事件❓
TVでやっていた内容を一言で言うと
物理的な痛み、叩いたり・切ったり・つねられたり・頭痛・お腹いたという痛みと心の痛みは【🌟同じ痛みとして島皮質に伝わる🌟】😰😨😱ということだった。
そこで22日の入院中、島皮質の事を調べたり自分の洞察とかを深めてみた。
すると、島皮質には色々な働きがあるがそのことと私の4歳までの記憶がほぼないということと非常に関連しているように思えた。
この場では色々な働きについては割愛するが調べた結果
私の場合は、
余りの悲しみや辛さ、悲しさを感じていては生きていけないと思ったから記憶がない、蓋をしているということは理屈では知っていた。
そこからの推測・洞察である。
そういえば他者が「辛い・さみしい・悲しい・しんどい・・・・等々」言っているのを聴くこと自体めちゃめちゃ嫌だった。
それは誰が物理的にというわけでなく
私の解釈❓感情が激震するのだ
私の心に直撃的に感じたくない感情を押し付けるからだということにも気がついた。これは私の解釈である。
辛いとか悲しいとか負の感情は感じてもいいし表現することで軽減するよとクライエントさんには伝えている。
が、自分がしていない。することが嫌だからだと思っていた。
でもそれは過去の自分が辛すぎるから思い出したくないのだと気がついた。
するとすんなり心が晴れた。
オデキの腫れが心を晴らしてくれたのだ🥰👌
これはプレゼントだなーッとさらに✌️😁 😍💖
本には痛みと島皮質の関連は書かれていなかったように思う。
ということで読み返している。
仕事柄、避けたい感情や価値観についても話のなかからクライエントさんに気づいていただきたいが
自分が何を避けているのかが解らなかったのですごくいい体験だった。
それこそ本に書かれている AWe(オウ)体験そのものだと感じている。
自分が気がついた分だけ感じることができると信じている。
オデキに感謝‼️🥰👍
そして22日の入院生活での気づきは22日入院していたからであることにも感謝💕
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