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『猩々』

散るを見でそも元なりし心かな近日発売砕けなりしも

おのづから描きて屠る我が身なり忘れじことの肉と血塊
 
打ち過ぎるペンを持ち日の夕されば濁流となれ雪わりし風

冬枯れを最後の項に描き記し慚愧のうちを終わらせるなり

霜埋む指先にじむあかぎれの血の滴りしペンの先端

描きては岸壁にゆきはるかなる霞に煙る青森を見る

脳髄に刺さりしことの長きかな十八年の滂沱を描く

ゆきゆきて我神軍となりたしと臨界をみた情熱のとき

諸々の恥も生死も愚かさも疾走の中激しく笑え

死屍累々ペン先残す描線に覆さんと激情を込め

夜を残す徹夜のあとの頓服もなつかしきかな血中濃度

度々にとどまることの在りし日もついぞ書籍と形を見たり

命なぞ若かりし我が鉄砲を我が身に向けて乱打せし日々

時遠きことどもの描写せんとする頭蓋に残る鮮やかな傷

人間の優も劣るもおかしけれあすは我が身と折衷の中

世に迷いただ疾走の痛みども死はやすきかな這いずりしごと

朽ち折れし腐敗の時を思ひけれ生きているとは越ゆることなり

惑うたり嘆くことすら忘れじてとき若きかな二十代なぞ

打ち降ろす鋼のつぶて闇雲に我が肉体の黒き痣なり

狂乱よ渦中にみえる猩々に肉を喰らわせ生き延びし日々

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卯月妙子
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