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中編小説 夏の香りに少女は狂う その11
これまでの話は、こちらにまとめてあります。
***
甘美すぎる初体験の後、あのまま義之と朝まで過ごしたいと思った。
だが、さすがにそういうわけにはいかない。
名残を惜しむリンに、
「明日の夜、またおいで」
と義之は言った。
明美が寝た後に、とも。
その意味がわからないほど、リンは子供ではない。
2階の部屋に戻ると、明美はよく眠っているようだった。
リンはひとまず、胸をなでおろした。
客用布団に体を横たえるも、神経が高ぶって眠れそうにない。
ウトウトしたかと思ったら、目が覚める、の繰り返しだった。
夜が明ける頃。
義之につけてもらった「香り」は、かなり薄くなっていた。
しかし、ほんのりと…
甘い香りへと変化している。
リンがかいだ、義之の香り。
ヒノキ、白檀、グレイムスク、そして墨。
「スピリットオブアユーラ」の、ラストノートだ。
リンは客用布団の中で、その香りを楽しんでいた。
まだ義之に抱かれているような気がして。
ふたたび、ウトウトしていたらしい。
次に目が覚めたの時には、太陽はもう高いところにあった。
明美は、部屋にいないようだ。
とりあえず布団をたたみ、Tシャツとハーフパンツに着替える。
リビングに、明美の姿はあった。
「リン、やっと起きたん。朝ごはん食べるやろ?」
明美はリビングの奥にあるキッチンで、朝食の準備をしているらしい。
「うん、食べる」
「言うても、パンとコーヒーくらいやけどな」
無邪気に笑う明美は、昨夜のことは何一つ気づいていないようだ。
リンは「明美に何か言われたらどうしよう」と、少し心配していたが、この様子なら大丈夫そうだと安心した。
「そういえばヨシくんは?」
リビングに、義之の姿はなかった。
「なんか用事があって、市内に戻らなアカンみたいで…。ちょっと前に出かけたわ」
「ヨシくんって、もう仕事辞めたんやろ?」
「確かそのはずやで。だから今はプータローやわ。もうそろそろ、お義姉さんに赤ちゃん生まれるはずやのにさ」
カラカラと、明美は笑った。
だが…
「赤ちゃんが生まれる」のひと言に、リンの胸がちくりと痛んだ。
それは、義之の手に指をからめた時、左手薬指の指輪に触れた時と、同じ痛みだった。
義之は、結婚していて、子供も生まれる。
その義之に、抱いてもらった。
世間でいえば、これは不倫なんだ…
ゆうべ、勢いで義之と行為に及んだものの、それが「いけないこと」なんだと、今更ながらに気づく。
抱いてもらった理由は、「好奇心」と「興味」だった。
義之のことを「カッコイイ」とは思ったが、それ以上の感情はなかったはずだ。
それなのに。
胸が痛いのは、なぜだろう。
でも、義之が結婚していて、子供が生まれるのは、まぎれもない事実で。
リンは自分の胸の痛みに、とりあえずフタをした。
夜、ふたたび義之に抱かれることだけを、考えた。
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