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5月16日 和歌山県高野山・奥の院参道

さて、昨日は休みだったので、和歌山県高野山に行ってきました。
まず、金剛峯寺にお参りをして、それから奥の院へと向かいました。

天気は曇り。
念のため、天気予報アプリで確認しましたが、雨は大丈夫そうだったので、傘は車に置いておきました。
写真を撮る時、邪魔になるし。

中の橋駐車場(無料)に車を止め、バスで一の橋へと向かいます。
中の橋の駐車場からも、奥の院へ向かう参道はあるのですが、あえて一の橋から歩こうと思ったのです。

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高野山奥の院マップ。
詳細が気になる方は、こちらをご覧ください。

さて、一の橋バス停を下りて、参道入り口を目指します。

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バス停から参道入り口までは、歩いて3分くらい。
やはり雲行きが怪しかったので、途中のお土産物屋さんで、折り畳みの傘を買おうと思ったのですが、売っていませんでした。

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一の橋・表参道入口です。

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一の橋から歩く参拝者は、あまりいません。
ほとんどの人は、アクセスのいい中の橋から奥の院へと向かうからです。

ひっそりとした静寂の中、参道を歩きます。
一の橋から奥の院までは、およそ2.2キロの道のりです。

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杉やヒノキの大木の中を、参道は通っています。
参道の両脇には、灯籠が建てられています。

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道しるべがありました。

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供養塔の石垣の間から、咲いていた花。

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ハナニガナかな。
それにしても、たくましい。

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ひたすら、参道を歩きます。
参道の両脇には、おびただしい数の墓石や供養塔が建てられています。

中には歴史に登場する武将の供養塔があります。
歴史に興味のある方は、面白いかもしれません。
私はもはや、見飽きました(笑)

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苔むした墓標。
倒れかかっている墓石もあったりして、歴史を感じます。

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灯籠に灯りがともっていました。

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参道脇の木は、大木が多いです。
また、木の洞(うろ)に、小さなお地蔵さんが祀られてることがあります。
洞を、天然の厨子(ずし・仏像を収納する箱)に見立てているんでしょうね。

ところで。
この木の中央あたりに、半分隠れた石のお地蔵さんがあるのが、おわかりいただけますでしょうか?

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おそらく、最初は木の幹にもたれるようにして立っていたと思うんですよ。
それが、年月とともに半分が木に埋もれていった…
そんな感じでしょうか。

いったい、どれほどの年月をかけて、このお地蔵さんは半分隠れたのか…
想像もつきません。

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さらに、参道を進みます。
この頃から、時折パラパラと雨が降ったり止んだり。
カメラが濡れないように、時折バッグにしまいながら歩いていました。

パラパラと降っても、すぐに止んだので大丈夫かな、と思いました。

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墓石!墓石!墓石!!!

奥の院は、お大師さんが眠る地です。
その近くで永遠の眠りにつきたい、そう思った人々が、参道の脇にお墓を建てるのです。

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慰霊碑の脇に、シャクナゲが植えられていました。

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こちらは、花の盛りでした。

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高野山は、とても水が豊かです。
そして、湿度も高いです。

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なので、いたるところでコケが茂っています。
画像のコケは、ヒノキゴケ。
コケフリークには、たまらない地かもしれません。

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参道の中間地点に、「汗かき地蔵」のお堂があります。
ここに祀られているお地蔵さんは、せっせと働くので汗を流しているんだとか。

いや、実際に汗をかくそうです。
その実態は、おそらく高野山特有の「湿気」だと思われますが…
お地蔵さんが衆生のために働いてくれている、と思っておきましょう。

「汗かき地蔵」の脇に、「姿見の井戸」という井戸があります。

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この井戸に顔を映して、もし自分の顔が見えなかった場合…
3年以内に亡くなる、といわれています。

さらに、参道を進みます。

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こちらの大木の根本には、何やら小石が積まれています。
これは「五輪塔(ごりんのとう)」を表しているのでしょう。

五輪塔とは、「地水火風空の五大」を表す供養塔です。
(超ざっくりですが)

もちろん、正式な石塔である五輪塔も、参道ではよく見かけますが…
このように人の手によって積まれたもの、また簡略化された五輪塔も、そこかしこで見かけます。

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何やら紫色の花が、びっしりと咲いていました。

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ムラサキサギゴケの花です。

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墓標の周りで、自生しているのか…

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サクラソウの仲間かと思われます。

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鮮やか。

(追記)
みーちんさんの記事にて、この花は「クリンソウ」であることがわかりました。

参道も終盤にさしかかったところで、少し雨が強くなってきました。
もっと撮りたい所はあったのですが、カメラをしまい、足早に奥の院を目指しました。

すぐに雨は止むだろう…と思っていましたが、大間違いでした。
奥の院に到着する頃には、雨は本降りになってしまいました。

とりあえず、納経所の軒下へと避難。
すると、納経所には顔見知りの職員さんがいました。

「えらい雨ですなぁ」

などと話していると、昨日は「大黒天」の日で、特別の御朱印をいただける日だということに気づきました。
しかし、こんな日に限って、御朱印帳を持っていない。

思いきって、御朱印帳を買うことにしました。
これまで使っていた御朱印帳も、そろそろ終わりが近かったので。

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高野山オリジナルの御朱印帳です。
紙のケースに入っています。

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数種類ありましたが、私はコレにしました。
平清盛が奉納したとされる、血曼荼羅(重要文化財)の絵柄です。

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高野山・奥の院の御朱印。

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こちらが、甲子の日限定の、大黒天の御朱印。
高野山には、何度も何度も(おそらく数百回)お参りしているというのに…
この日に当たったのは、初めてでした。

御朱印をいただいた後も、雨が上がる気配はありませんでした。
御廟(ごびょう)、灯籠堂はあきらめて…
納経所の隣にある頌徳殿(しょうとくでん・休息所)で雨宿りをすることにしました。

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頌徳殿付近。

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すずらんの花が咲いていました。
雨さえ降っていなければ、もっと近づいて撮りたかった。

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奥の院のツツジは、今が見ごろでした。
下界よりも、気温が低いからでしょう。

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雨に濡れて。

しばらく雨宿りをしていましたが、雨はさらに強くなるばかり。
しかし、ここで素敵な出会いがあったのです。

頌徳殿では、私と同じように雨宿りをしている尼僧さんの姿がありました。
思いきって声をかけると、話が弾みました。

意気投合して、いつかまたお会いしましょうということで…
連絡先を交換させていただきました。

雨が降っていなければ、なかったご縁です。

「お大師様がつないでくれたご縁ですね」

と、尼僧さんはおっしゃいました。
まさにそうだと、私も深くうなずきました。

その後、どうにか駐車場まで戻りました。
やはりこの時期、せめて折り畳み傘は持っておく必要があるな、と痛感しました。

長々と書いてしまいましたが…
最後までお読みいただき、ありがとうございます。

きゃらをさんの企画にエントリーさせていただきます。

私がふたたび一眼を持つようになったのは、きゃらをさんがきっかけです。
おかげで、写真の楽しさを思い出しました。

ありがとうございます。

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