私の中の「ドライ」な部分
少し前、夫がふと言った。
食後、テレビを観ながら晩酌をしていた時のことである。
「はじめはドライやでなぁ。そういうとこ、俺はすごいと思うわ」
ドライ?
はて。
自分ではそのようなつもりはないのだが。
「いや、『自分は自分、他人は他人』てよく言うやん。他の人のこと、気にしてないやん」
と、夫は続ける。
なるほど私は、他人のことに関しては、まったく気にしない。
仲の良い友人は別として。
夫は、割と人の目を気にするタイプである。
また、他人のことを気にするタイプでもある。
例えば、職場の社員Tさんとの関係。
(私と夫は、同じ職場、ガソリンスタンドで仕事をしています)
夫とTさんとは、完全に合わない。
これはもう、性格というか仕事についての考え方が真逆なので、どうしようもない。
夫は多少のリスクを背負っても、仕事を取りに行くタイプ。
対してTさんは、リスクを最大限に考えるタイプ。
夫のやり方は、確かに売上が上がる。
もっとも夫は店長なので、売上ありきなのだから当然ともいえる。
だが、やはり時々失敗もある。
Tさんは、お客さんに何かを頼まれたとしても、それが職場で不可能なことであれば「ウチではできません」と言って断る。
夫とTさん、仕事のやり方としては、どちらがいいのか、というわけではない。
ただ夫から見れば、Tさんの仕事ぶりは「物足りない」のだ。
「Tさんはガッツがない」
と、夫はよく愚痴をこぼす。
Tさんに、もうちょっと積極的になって欲しい、と。
…わからなくもない。
が。
私:「あのな店長。Tさんに何かを期待しても、多分無理やねん。少なくともTさん、オイル交換とかタイヤ交換とか、作業はするやん」
夫:「うん、そやな」
私:「そやから、Tさんのことは『作業要員』やと思っといたらええんちゃうかな」
夫:「作業要員、かぁ…」
私:「そうそう。休まんとちゃんと仕事に来てくれるし、Tさんも一応社員やん?Tさんおらんかったら、店長休み取られへんで?」
夫:「まぁ、そういうことやわな」
私:「もうそれだけで上等やん。だいたい、店長みたいなイケイケの人間がもう一人おったら、間違いなく衝突するやろ?」
夫:「うん」
私:「店長は店長、他人は他人や。どうこう考えてもしゃあないやん」
とまぁ、だいたいこのようなやりとりになる。
そして夫は、事務所の事務員Aさんとも折り合いが悪い。
まぁこれは、私も理解できる部分ではある。
Aさんは、もう長らく職場の事務員をやっている。
時に、現場では事務処理のミスが起こる。
伝票にサインをもらうのを忘れている、入金の処理などなど。
このミスに対して、Aさんの指摘が非常に「厭味ったらしい」のである。
この厭味ったらしい指摘に対し、昨年夫が激怒した。
以来、夫とAさんはほとんど口を聞いていない。
AさんはAさんで、社長に対して夫の文句を言っていたらしい。
間に挟まれた社長には気の毒だが。
そんなわけで、夫はAさんの愚痴もたびたびこぼす。
まぁ、それに関しては私も大いに理解できる部分はある。
だが。
「あのな店長、Aさんごとき、雑魚やと思っといたらええねん」
と、私は諫める。
「でも腹立つやん」
夫は恨みがましく言うが。
「いや、私も腹立つとこ、あるよ。でもな、逆に考えてやで。あんな人間に腹立てるだけ無駄やん。考えることすら、アホらしいわ」
「雑魚や雑魚。モブキャラ。そう思ったら腹も立たんやろ」
そして私は決め台詞を言う。
「自分は自分、他人は他人や」
と。
ここで話は、冒頭に戻る。
「はじめがドライやから、俺はだいぶ助かってるわ」
と、夫は言う。
「そう?まぁそういう意味ではドライかもな」
「俺一人やったら、もっとストレスたまってたと思うで」
「やろな。店長、色々考えすぎるとこ、あるからな」
余談であるが…
夫は「地位のある人」に弱い。
例えば企業の社長さんだったり、会長さんだったり。
とことん、弱いのだ。
ところが。
私にはそのような部分が、まったくない。
なぜか。
「言うても、同じ人間やん」
と思うからである。
金を持ってようが、何であろうが、自分と同じ「ヒト」なのだ。
それ以上でも、それ以下でも、ない。
私に言わせれば「だからどうなん」という感じである。
なぜ、このような考え方に至ったのか…
それはおそらく、私がソープランドで働いていたからだろうな、と分析する。
会社の社長であろうが、世間的にエライ人であろうが…
脱げばヒト。
ソープ嬢の前では、ただの人なのである。
いや、私も「この人すごいな」という人は多々いる。
ただ、それを測るものさしが「社会的な地位」ではないことだけは、確かだ。
そしてやっぱり、私は「自分は自分、他人は他人」だと思っている。
自分のことを全肯定している、ともいえる。
そんな私が、心から尊敬しているのは…
弘法大師空海と…
そしてやっぱり、夫なのである。
夫の見た目だけは、尊いとしか言いようがない。