【短編小説】小型バーコードリーダーのようなもの【店舗仕入れの日常】
小型バーコードリーダーのようなもの
ブックオフの駐車場に車を停める。
他にも空いているスペースはあるが、いつも停めるスペースはだいたい決まっている。
フロントガラスにサンシェードを置き、窓を数センチ開けてからエンジンを切る。
真夏の店舗せどりのルーティーンだ。
いざ店舗内へ、ペダルで踏んで手の消毒をする所作が、高ぶった気持ちをいったん落ち着けてくれる。
ふと視線に入る怪しげな動きの人物。
「小型バーコードリーダーのようなもの」が片手に見えたと思うと、本棚の本がドミノのように倒されていく。
「小型バーコードリーダーのようなもの」からは赤い光線が出ており、本が倒れるタイミングと光線が照射されるタイミングが見事にシンクロしている。
帽子にマスク、耳にはイヤホンをして、五感をなるべく抑え、感覚を集中させているようだ。
まるでギネス記録に挑戦しているかのように、ものすごい速さで棚から棚へと移動していく。
嫉妬なのか諦めなのか、自分の本心もわからないまま、踵を返して児童書のコーナーへ行った。
ド、ドリトル先生の~、ガブガブの本。
色鮮やかなコミックの棚とは違い、薄い青色と緑色がメインの落ち着いた配色の児童書の棚。
棚の落ち着いた配色とはうらはらに、どこか気持ちが落ち着かない。
あの集中力、そして本棚との見事なシンクロ力!
せどりに生かすだけの能力にしてはもったいない!
「んっ、俺はいったい何を考えているんだ」
タッドはかぶりを振った。
左手に持ったiPhone11は、全巻君で「ドリトル先生」と検索した画面で止まっている。
意に反するように「ドリトル先生」から「シンクロ野郎」に思考が移っていく。
あっ、オリンピックだ!!!
新型コロナウィルスの感染者急増によって、開催が危ぶまれたオリンピックだが、なんとか今夜には開会式が行われる。
それも射撃だ!
射撃には大きく2種類ある。
射撃標的が固定された「ライフル」と、動く標的を狙う「クレー」だ。
シンクロ野郎にはクレーだと直感した。
クレー射撃は、15メートル先に飛び出してくる直径11センチの陶器製のクレーを打ち抜く競技だ。
クレーの速さは、時速80~120キロといわれている。
「静」のライフルより「動」のクレーの方が、シンクロ野郎の能力を最大限に生かせるのではないか。
いや、陶器製のクレーの代わりに、1冊1万円を超える単行本を飛ばした方がいいのでは。
銃ではなく、「小型バーコードリーダーのようなもの」で、飛び出した単行本のバーコードをスキャンする競技にしてみてはどうか。
どうして俺はそんなことを考えているのだろう。
IOCのバッハ会長ならぬ、浪速(なにわ)の森喜朗なのか。
東京五輪、つまり日本で開催されるので日本からの参加が一番手軽。
「オリンピック 射撃」とググると、射撃、女子10Mエアライフルの予選が明日の朝に迫っていた。
時間は限られている。
自分のなかで、なにか決意のようなものが固まった気がした。
「本を売るならブックオフ~♪」
今だけ買取アップキャンペーンをしていることを店内放送が伝えている。
店内放送で我に返った時には、シンクロ野郎はいなくなっていた。
なんだかんだで、いろいろ考えながらも惰性でコミックや活字文庫の棚をリサーチしていたみたいだ。
こんな状態では取れるはずの利益本も取れないはずだ。
「この店舗はハズレだ!」
自分の至らなさを店舗のせいにして、灼熱の太陽に焼かれた車に乗り込んだ。
カーエアコンがすごい音を立てるが、長時間焼かれた車はそう簡単には涼しくならない。
エアコンを外気導入にし、前後の窓を風が対角線に通るように開け、車を出した。
ようやく窓を閉めてもいいかなと思う頃には、次のブックオフに到着。
今度は気持ちを切りかえて集中するぞ!
「さあ、どう立ち回ろうかな」と考えつつ、赤ラックを探していると、
「小型バーコードリーダーのようなもの」を片手に、本がドミノのように倒されていく。
シ、シンクロ野郎だ!
無意識にシンクロ野郎に歩を進める自分がいた。
さすがに異様な気配を感じたのかシンクロ野郎は手をとめて俺の方を見た。
「あ、あの、射撃に興味はありませんか」
つい心の声が出てしまった。
あとがき
まだ教師を始めたばかりの頃、同僚の国語の教師が、授業で配った自分が好きな短編小説のプリントを職員室でも配っていた。
どれも面白かったが、そのなかで特に興味を持ったのが、清水義範氏の「バールのようなもの」だ。
つい最近もニュースで、「バールのようなもの」という表現が使われていた。
防犯カメラの映像も同時に公開されていて、どうみてもバールだった。
警察や報道関係者によると、犯行現場は現認できず、防犯カメラを通して、多分バールを使用して行ったであろうと推察するらしい。
断言できない犯行道具については、「~のようなもの」と表現されるらしい。
ただ、あれは絶対にバールだ!
「バールのようなもの」という、バールとはまた別の特殊な道具があるかのごとく思わせる独特な表現を、おもしろおかしく追求した本が、清水義範氏の「バールのようなもの」だった。
そこにヒントを得て、「小型バーコードリーダーのようなもの」と称して書いてみた。
ブックオフせどりの日常を描いたものであり、決してビームせどらーを誹謗中傷するものではないことをご理解いただきたい。
むしろ、集中力や技術は一朝一夕には体得できないものであり、もしその能力を他に応用できるならと前向きに考察したものである。
「小型バーコードリーダーのようなもの」ではなく、あれはバーコードリーダーだ。
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