レンタルファミリー
妻が家を出て、すでに三日ほど経つ。もっとも、今までもこんなことはよくあったことだから、取り立てて騒ぎはしないが、それでも、不愉快な出来事であることには変わりない。裕一は苛立ちを押し殺しながら、カップラーメンを平らげ、空になった容器を台所の流し台に放り込んだ。
そして、さっきからテレビゲームに熱中している息子の光一に、
「いつまでゲームばっかりやっているんだ。宿題はやったのか」
と怒鳴りつけるが、光一はほとんど上の空で、
「あー、うん」
言葉にならない言葉を繰り返すばかりだった。
まったく、誰の育て方が悪かったんだか、あの女のせいか。どこに行ってしまったのか知らないが、いい加減な奴だ、とさらに裕一のいらだちは募り、パチンコにでも行くかと財布をポケットに突っ込み、外へ出る。
いつもの商店街通りを歩いていると、見慣れぬ看板が目に付いた。
『レンタル・ファミリー』
と書かれた看板には幸せそうな親子のイラストが描かれている。それに引き付けられる様に、ふらふらと裕一は店へ近づいていく。すると、店のドアが開き、中から出てきたのは脂ぎった禿げ親父と、グラマーな美女の二人組みだった。明らかに釣り合っていないのだが、美女も禿げ親父に対してまんざらでもなさそうな表情だ。
もしやあの美女がレンタルなのか、と裕一は期待に胸を膨らませ店の中へと入っていく。そこは、カフェのように小さなテーブルが並んでおり、その上にメニューと書かれた冊子が置かれている。店員の姿は見当たらないが、裕一はつい好奇心に負けてメニューのページをぱらぱらと捲っていった。
様々な女性の写真と共に、『貞淑な妻』や『強気な姉さん女房』といった宣伝文句が添えられている。やはり、レンタルするなら『料理上手で旦那にぞっこんな美女』だよな、あと『素直な息子』と思いつつ、裕一は次のページに目をやった。
「あっ」
という叫びが声になる前に、黒尽くめの男がいつの間にか裕一の背後に現れ、慣れた手つきで裕一の右耳をついっと捻った。「あっ」の表情のまま、裕一の身体が固まりぴくりとも動かなくなる。
そして、店のドアが開いた。
「いらっやいませ」
黒尽くめの男がうやうやしく一礼すると、光一は動作を停止した裕一に一瞥をくれて、ふんと鼻を鳴らし、黒尽くめの男に対して顎をしゃくる。
「次は、『古きよき昭和の親セット』でお願いできるかな」
「かしこまりました」
そう言って黒尽くめの男は、もはや動かぬ裕一の身体を抱き上げて運んでいく。乾いた音を立てて、裕一の手にあったメニューが落ちる。
そこには行方不明になった裕一の妻と裕一の姿があった。『刺激を求めるあなたにお勧め、放浪癖のある責任感の無い母親と短気でギャンブルの好きな父親のセット』という説明書きとともに。