彼女たちのコズミック・イラ Phase41:歌姫の調和
ラクスがアコードとしての力を覚醒させるシーンです。間違いなく本作で最強の力です。争いがなくなりますので。
劇場版本編だとオルフェとのキラキラ空間だけで、アコードの力が示唆されただけですので、もっとがっつりとしたえっぐい能力をお出しすることにしました。実質ギアスの上位互換かと。
次回は曇ったラクス、そしてヒルダ隊長の前でキララクの結晶が明るみとなります。
C.E.76:プラント首都アプリリウス
久方ぶりにプラントへと戻ったラクスは、一時の休息をするため街の景色が広がる庭園へと赴いていた。
「どうされましたか。私だけをお呼びになさるなんて、何かご相談でもありましたか。」
ラクスに呼び出されたヒルダは、背を向けたままの彼女に声を掛ける。自らの思いを伝えてもなお、彼女とラクスの間には揺るぎない信頼関係が築かれていた。
「そうですね……キラには言えないことでも、あなたにでしたら言えると思いまして。」
「キラにも言えないなんて……それはそれで、何か恐れ多いような気がしますが。」
あくまでも上司と部下、互いに公人としての立場で向かい合っていたラクスとヒルダ。しかし、そのラクスから打ち明けられる言葉は、紛れもなく個人としてのものであった。
「わたくしは……自分が恐ろしいのです。日増しに自分の中に、本当にこれでいいのかと……もっと出来ることがあるではないかと、そう囁くもう一人の自分が大きくなっているのです。」
「もう一人の……ラクス様?」
「ヒルダ隊長は、あのプラントへの核攻撃を試みた輸送艦を捕捉した日のことを覚えていますか?」
「はい。あのとき私たちは、民間船への攻撃が出来ない中、“あの男”のおかげで航行不能となった輸送船の救援という形で計画を阻止出来ましたが……」
「ですがあの時、あの後……わたしは、自らの意に反する行為に及んでしまった……!」
そう遠くはない日の記憶。多くの人間にとっては些細なことであっても、それは彼女にとっては孤独を深める出来事であった。
◇
C.E.75:L4宙域 核攻撃輸送船団周辺
眼前でプラントに向けて進んでいた多数の民間輸送船は、正体不明の機体『無法の正義』よってエンジンを破壊され、大規模なハッキングを受けて制御を失っていた。
『オーブ艦隊への援軍要請は?』
『30分以内にはこちらへと向かうことのことです。』
セラフィム艦長マリュー・ラミアスにより、輸送艦の制圧、及び係留を行う要員としてコンパス所属であったオーブ軍艦隊の到着を待っていたセラフィムとミレニアム。そして、ミレニアムの艦橋には騒動の終息が近いことへ安堵感が広がっていた。
「一時はどうなるかと思いましたが、これでひとまずは安心……してよろしいのですかな。」
「各輸送艦の制御はこちらでも掌握済みです。自爆装置はもちろんのこと、内部に積んでいるであろう核戦力についても簡単には動かすことは出来なくなっています。」
物理的な抵抗を抑え込んだことにより、輸送艦内は実質的な宇宙に浮かぶ監獄となり果てていた。艦に同乗していたラクスもまた、それによって全てが解決する。そう思っていた矢先のことであった。
「艦長!輸送船団の旗艦ブリッジに不穏な動きが!」
「不穏な動きだと?モニターに出して!」
管制官のアビーが不審な動きを察知し、速やかにコノエ艦長へと伝達。そして、輸送艦の様子がモニターへと映し出されるのであった。
「なぁっ!あれは……!?」
「そんな……!」
そこに映し出された光景に、コノエ艦長やアビーだけでなく、見た者すべてが言葉を失っていた。
「あいつらまさか……自決するつもりか!?」
「………っ!?」
ミレニアム、そしてセラフィムにも映し出された輸送艦の艦橋。そこには代表と思わしき少女と、多数の老若男女が自分たちの身体に大量の爆弾を巻き付け、全てを終わらせる覚悟を見せていた。
『やめなさいっ!そんなことをして何になるっていうの!?』
『どうせもう……私たちは捕まれば極刑。せめて死ぬのだったら……自分たちの命は自分たちで終わらせてやるわ……!』
ラミアス艦長の激した言葉に対して、輸送艦の代表であった少女は先程とは打って変わり、悲壮感に溢れた声で返答をしてきていた。既に彼女を始めとしたブルーコスモスに感化された者たちは、命を捨てる覚悟を決めていたかのように、各々が身体に巻いた爆弾の起爆装置に手を掛けていた。
「輸送艦への突入は!?」
「無理です!もしいま突入したとしても、確実に巻き込まれて一緒に消し飛びます!」
そうでなかったとしても、各艦の艦橋にいる者たちは爆発により木端微塵となり、コンパスは市民の凶行を阻止出来なかったという、惨憺たる結果だけが与えることになろうとしていた。
彼らは自由を行使しようとしていた。人を傷付ける自由、主張の自由、そして自分たちの命を終わらせる自由。そうした彼らが標榜しようとする自由を前に、ラクスは再び周辺宙域に響き渡るように声を上げる。
「その他者へと向けていたはずの引き金を自らに向け、全てが終わるとお思いですか。」
『えっ……?』
次の瞬間、その周辺宙域にいた全ての人間の脳内に何かが弾けるような感覚が生まれ、ラクスの声が五感を通して聞こえてくるようになる。
『あぁぁっ……!な、なんなの……これっ……!』
「憎しみに囚われたまま、ただ新たな憎しみを生み出す糧となることが、あなた方の求めることなのですか。」
とりわけ自決を試みようとしていた者たちは、静かな口調ながら激情が籠った彼女の言葉を前に、一切の身動きを封じられる。それはまるで人間の心と身体を縛り付けるかのような力であった。
『ラクス……様?』
『なんなのこれ……?まるで宇宙空間からラクス様の声が聞こえるような……』
『この感じ……ファウンデーションのあいつらと戦った時もあったような……!』
『うぅぅぅ……何よこれぇ……嫌な気分じゃないけどぞわぞわするぅぅぅ……!』
出撃準備をしていたミレニアムのパイロットたちにも、そうしたラクスの声が全身へと響き渡っていた。しかし、彼女を敵として捉えてはおらず、確固たる信念を持って戦場に赴こうとする者には、決して心身を縛るような働きを見せていなかった。
『これがラクスの……アコードとしての力。』
キラがファウンデーションの奸計に陥った時、こうした精神干渉を複数人のアコードによって受けたことより心身の制御を強制的に奪われていた。しかしラクスはそうした力をたった一人の力によって発現させているのであった。
「なぜあなたがたは人を憎むのですか。その命がまだ、この世界で生きているというのに。」
『そんなもの……家族をみんな失ったこの世界で、私たちが生きる意味なんてあるわけないからに決まってるでしょ!?』
「それが生きている意味のない理由ですか。それが命を捨てていい理由になると、本当に考えているのですか。」
『どっちも同じ意味でしょ!?生きる意味がないのと死んでいい理由なんて!だったらせめて……死ぬ前に死んでいい奴らも一緒に……あぐぅっ!あぁっ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
感情が昂れば昂るほど、ラクスによる精神支配は強力なものと化していく。身体はおろか、発する言葉さえも自由を奪われていく少女と大人たち。そしてラクスは、さらに彼女たちを従わせるべく言葉を放ち続ける。
「まだそうして絶望に沈む心があるのでしたら、生き続けてください。あなたたちが生きることで、散る命が増えるのではなく、救われる命もあるのですから。」
『救う……?わたし……たちが、いのちを……?』
絶望に沈んだ心を希望で満たしてくラクス。しかし、その言葉と成果に反して、ラクス自身の顔は決して明るいものではなかった。
「明日を生きてください……!今日という日で終わることなく、その命を明日へと……繋いでください。」
『は、はい……わかりました……ラクス……様。』
ラクスが放った希望に満ちた言葉により、少女を始めとした輸送船団の乗員たちは自決を思い留める。しかしそれは、決してラクス自身が望むような行為ではないのであった。