彼女たちのコズミック・イラ Phase26:エンジェルロスト

冒頭は第二部で一番不穏なパートなります。とはいえミレニアムのクルーは歴戦の猛者がばかりなので、割と冷静だったりも。忠犬一匹を除いてですけど。

戦後のアークエンジェルクルーがどうなるのかなぁ……という点を想像しての展開です。一応劇中では戦艦を占拠した犯罪者ですからね。

ところで海上に停泊していたミレニアムを“ハイジャックした”という表現が正しいのかと気になっていたりも。大気圏内でも浮かぶ艦なので正しいかもしれませんが、あの場合だとシージャックのような気がしたので。

次回は第二部の閑話です。色々と弁解の必要があるのだと思います。


C.E.75:月面都市コペルニクス

アコード事変から1か月が経過をしたころ、未だにコペルニクスから動くことがなかったミレニアムに突如として衝撃的な情報が入る。

「ラミアス艦長たちが拘束されただと!?」

いつもはやる気のない体勢で艦長席に座っていたコノエ大佐が、驚きのあまり姿勢を正してオペレーターのアビー・ウィンザーに問い返していた。

「はい。通信元はオーブの行政府。正式な外交交渉の結果により、以前大西洋連邦に所属をしていたアークエンジェルのクルーは、元オーブ国軍の人間として大西洋連邦に身柄を引き渡されたとのことです。」

俄かには信じ難い情報であったものの、発信元がオーブ行政府というコンパス筆頭支援国ということもあり、その信頼性と信憑性は認めざるを得ないのであった。

「それはつまりモビルスーツパイロットとして乗っていたヤマト准将……いえ、当時のキラ・ヤマト少尉やムゥ・ラ・フラガ少佐も同様の扱いを受けた、ということですね。」
「文面から読み取る限りでは……そう考えるべきだとは思います。でも、拘束や引き渡しだなんて……一体どういうことなんでしょうか。」

ハインライン大尉の問いに対して、アビーは動揺を抑えながら返答をする。決して穏やかとは言えない文言に、ミレニアムには緊張が走っていた。

「大尉、君はこの外交交渉、どのように捉える?」
「客観的な事実と前提をまず述べるのであれば、オーブと大西洋連邦はいずれもコンパス参加国となります。そしてまたアークエンジェルの乗員は現在、正式なコンパス構成員ではないという状況となります。」
「ええ。確かにアークエンジェルの元クルーは全員、現在我々コンパスとは無関係の人間です。彼は先の戦いで、全員が死亡、あるいは行方不明となっているのですから。」

対外的には未だ、ファウンデーションによって撃沈されたアークエンジェルとそのクルーは、当時の戦闘で全員が消息を絶っているという扱いになっていた。しかし、オーブと大西洋連邦は、そうした彼らの消息をわざわざコンパス側へと伝えてきているのであった。

「処罰を目的としてオーブに引き渡しを要求することはないでしょう。それならばコンパスが設立した当初に、オーブに彼らの引き渡しを要求するでしょうからな。」
「つまりこの情報の発信した意図は、我々に対して彼ら元アークエンジェル乗員の動きを伝えること、そう考えるのが適当でしょう。」

コノエ艦長とハインライン大尉の情報分析によって、大西洋連邦の行動が敵対的なものではないと判断が下される。しかし、それでもアビーには腑に落ちない点が残っていた。

「だったら、どうして拘束とか引き渡しなんて物騒な言い回しをしたんでしょうか。別に味方同士であれば、そんな言い方をしなくてもいいと思うんですけど……」
「いいところに目を付けますね、アビーくん。さすがは本艦の筆頭オペレーターを担うだけはあります。」
「えっ……あ、はい……どうも。」

何気なく発した疑問がコノエ艦長に称賛され、困惑しながらも喜ぶ様子のアビー。そうした彼女の疑問に対しては、ハインライン大尉が答えようとする。

「現在大西洋連邦やユーラシア連邦を始めとした地球上の国家は、ファウンデーションによる暴挙が明るみとなったことで反コーディネイターの機運が再び高まっています。」
「確かにファンデーションを討つためには全てを白日の下に晒さねばなりませんでしたが、その代償もまた……決して小さいものではなかったですな。」

アコード事変におけるファウンデーションの蜂起には、プラント、そしてザフトの軍部も関与していたことが明るみとなっていた。それは事実上、かの第一次地球・プラント大戦の構図と酷似した様相が成立する状況ともいえた。

「この状況を待ち侘びているであろう組織が、どうも私の頭の中から離れてはくれないんですよねぇ。」
「組織って……ブルーコスモスですか?でも、彼らはもう首領のミケール大佐も失って、組織としての体裁すら成していないんじゃ……」
「地球上の軍閥としてはアビーの言っていることは概ね正しい。しかし彼らを軍隊ではなく思想家の集まりと考えれば、壊滅や全滅をしようとも根絶したとは言えないのだ。」

いかなる軍事的な打撃を与えようとも、ブルーコスモスという思想集団を根絶やしにすることは困難であった。それはコンパスとして活動する彼らも理解しており、忌むべきものとして立ちはだかる最大の敵なのであった。

「この地球上の混乱と、プラントにおけるクーデター未遂による混乱……事を成すには絶好の機会であると感じてなりませんね。」
「彼らブルーコスモスが再び大西洋連邦内で勢力を拡大する可能性も大いにあります。そのことが、オーブと“かの国”との関係にも影響を与え、ラミアス艦長やヤマト准将を引き渡すことに繋がったのであれば……」
「うーん……外交交渉は軍人の考えることじゃないですから、我々は両国を信じるしかないのでしょうなぁ。」

“信じるしかない”というあまりにも無責任な言動のコノエ艦長。そうした彼の態度に、アビーは呆れて堪らず声を上げてしまう。

「そんな悠長なことを言ってていいですか!?もしもオーブまでもブルーコスモスの影響下になった大西洋連邦と繋がったら、今度こそコンパスはお終いですよ!?」
「落ち着けアビー。今回の一件はあくまでも元アークエンジェル乗員に関しての話だ。行政府のアスハ代表が、それだけを伝えたことで信用するに足りている。」
「えっ……?どういうこと、ですか?」

ハインライン大尉の発言に疑問符を浮かべるアビー。そんな彼女にコノエ艦長は教授するように声を上げる。

「オーブは一切、我らに何かを要求はしていないのですよ。そしてそれは連邦も同じ。オーブの手元にはまだ、我らの姫君が存在しているというのにね。」
「姫君って……あっ、ラクス様!?」

不自然なまでに言及されていない、コンパス総裁ラクス・クラインの所在。現状は彼女の存在だけが、コンパスを形成するオーブ、大西洋連邦、そしてプラントの協調関係を維持する要素なのであった。

「そろそろ休養から帰ってきていただけると助かるのですが……」
「一連の外交交渉を把握しているのでれば、総裁は既に動いていると思いますが。」
「あのー……その総裁から、たった今通信が来たんですけど、繋げてもいいでしょうか?」

彼らの会話を聞いていたかのように、アビーの元へ新たな通信が入ってくる。そして、ミレニアム艦橋のモニターには、渦中のコンパス総裁が映し出されるのであった。

「コノエ艦長、そしてミレニアムのみなさん。お久しぶりです。」

モニターに映し出された鮮やかなピンク色の髪が際立つ美しい女性。その威容は休養前よりも和らいでおり、切迫した様子を感じさせることはないのであった。

「キラさんたちが大西洋連邦に拘束された!?」
『まぁ拘束とはいっても、オーブとの取り決めによって行われたものだから、そう焦るようなものじゃ……』

パイロットの詰所へ艦橋から連絡を入れる、ミレニアム副長のアーサー・トライン。彼がモニター越しに話をする最中、シンは一人その場を離れようとする。

「ちょっとシン!どこへ行こうっていうのよ!」
「決まってるだろ!キラさんたちを助けに行くんだよ!」

ルナマリアが声を上げると、シンは自らの行動予定をはっきりと伝えて走り出そうとする。そんな彼をヒルダがしっかりと抑え込み、副長の話を最後まで聞くよう促す。

「少し落ち着きな!まだ連中と敵対すると決まったわけでもないんだから。」
「まったく、直情型の山猿は相変わらずね。」

挑発するアグネスに吠え掛かろうするシン。そんな2人を放っておきながら、ルナマリアはアーサーの言葉に耳を傾ける。

「何かしらの事情があった、そういうことですか?」
『ああそうだ。この件に関してはクライン総裁も把握済みだ。そしてこの情報もオーブからコンパスへと伝えられたものだからな。』

副長の話を最後まで聞き、猪突猛進といった様子で出撃しようとしたシンはヒルダから解放され大人しくなる。そして、女性陣からは一斉に苦言が飛ぶ。

「だったら最初からそう言ってくださいよ。シンじゃなくても驚きますよ。」
「そんな話の順序がなってないから、軽いノリで副長を解任されたんじゃないですか?」
「まぁ、情報は整理してから伝えてほしいものだね。」
『ぐぅぅ……!な、何も言い返せん……!』

復隊したアグネスからさえもこき下ろされる、副長へと復帰したばかりのアーサー。こうした馬事雑言を浴びつつも、最低限の仕事こなし軍人としては温和な性格が彼を副長にたらしめているのであった。

『そういうわけだから、この件については伝えておくだけに留めておく。そしてまた総裁からは、本艦に新たな要請が来てもいる。』
「ラクス様からの要請?新しい任務ってことですか?」
『任務といって差し支えないな。アコード事変から今日まで、ブルーコスモスの活動も確認が出来ない今だからこそ、総裁の目的を実行する機会ということだ。』

総裁からの直接指令ということもあり、ヒルダを始めとした隊員たちに程良い緊張が走る。そうした一向に対し、モニター越しのアーサーは辞令を下す。

『本艦はこれよりL4宙域、コロニーメンデルの調査へと向かう。目的はファウンデーション王国の調査、並びにアコード事変の真相究明だ。』

コロニーメンデル。多くの者の運命を、そして人生を狂わせた因果の特異点。人の夢、人の望み、人の業、狂気と希望の残骸が積み上げられた始まりの地へと指針は向けられるのであった。

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