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スタンドバイミー函館④「犬殺し」

犬殺し

「米(よね)あの人見て」
「誰」
「あのおじさんだよ、後ろに針金の輪を持っている人」
「あっ、犬殺しだ」
「犬殺しだよね」
函館の町に、野良犬が相当数いて、その犬を捕まえる人がいた。
我々はその野犬狩りの人を、犬殺しと呼んでいた。

「きっと、この辺の犬を探しているな」
「犬たち逃げてくれればいいのになあ」
と言いながら、
私は友人の寄本と今日の目的である、ばん馬競争を見に行った。

「ハイ、ドウドウドウ」
「それいけ、いけ、いけ」
の大きな声と
「バシーン、バシーン」
のムチの音、函館の湯の川温泉入口の所に、鉄工所の跡があり、横には広場があった。そこでは定期的に、ばんえい競馬が行われていた。我々はばんえいではなく、ばん馬競争と言っていた。

太い脚、張った大きな尻、頑強そうな馬達が、重い荷物をそりに乗せ、引っ張って走るのである。
それほど、長い距離ではないが、途中に少し小高い丘の障害があり、その丘を乗り越えるのが大変難儀である。
何回かのレースを見ていて、障害の丘を超す時、全ての馬たちの必死の形相が真近に見え、その姿顔が、強烈に目に焼き付いた。

「寄(より)帰ろうよ、馬がかわいそうだよ、見ていられないよ」
「え!、どうして、これからがメインだよ、競馬はよく見ているのに」
「ほら、見てよ、親方がムチをビシビシと叩いて、口から泡を吹きだしているよ」
難所の丘を乗り越させようと、騎手というか親方が、ここぞとばかり馬の背に、ムチを振るい、バチンバチンと音も伝わってくる。
馬たちは、目を見開き、口を開き、何とか乗り越えようと踏ん張っている。

「もう行こう、僕は行くよ」
「競馬も、追い込みの時は、みんなムチを鳴らしていたよ」
「競馬と違うよ」
「違わないよ、競馬は競馬用の競走馬、ばん馬競争はばん馬用の馬、見ろよ、頑強な大きな馬、人間でいえば、相撲取りだ、だから大丈夫。」

確かに私たち小学校の学区域は、パチンコ屋は一軒もないが、競輪場と競馬場がある地域である。競馬開催のない時は、馬場は我々の遊び場にもなっている。そのためよく競馬は見ていた。
だから何の迷いもなく、競走馬を応援して楽しんでいた。寄本の言い分もわかったが、しかし、目の前に見た馬の形相に、      
「なんでこんな競争をさせなければならないんだ、」
と、かわいそうとの思いは消せないで帰宅した。

その夜大雨になり、翌朝
「お父さん、大変、大変、にわとりが」
朝早く母の叫ぶ声、急いで行ってみると、鳥小屋のにわとりがあちこち折り重なっていて、羽が小屋中に散らばっていた。全部死んでいるようだ。そして小屋の一部が破れていた。

「野良犬にやられたな」
と父がつぶやく、その頃我が家の庭に、十数羽のにわとりを飼っていた。昨日は結構激しい雨が降っていて、鳥の羽ばたきや、鳴き声が聞こえなかった。たった一晩で全部のにわとりがやられた。それも食べられたのではない。遊び半分で殺したようである。

「これは一匹ではないな、複数の野良犬が入り込んだな」
と父は言った。仕方がないとあきらめ、
「早く解体しなければ」      
と、にわとりの羽をむしり取り、吊るして、血抜きをする作業をし始めた。

母は自分が一番エサ等世話をしていたせいか、あきらめきれない様子で、              「どこかの肉屋で引き取ってもらえないだろうか」
と、言い出し、私に
「湯の川の肉屋へ行って、いくらでもいいから、買ってもらえないか聞いてきて」
私は行くのが嫌で、無言でいると、
父が
「行っても無駄だよ、肉屋は仕入れする所は決まっていて、素人のにわとりなんかどこも買わないよ」
と言ってくれた。
母も。
「そうだよね」
と納得して、しだいに落ちついてきた。

二、三日後、
「ツツピー、ツツピー、ピーツツ」
心地よい声で小鳥が泣いている。隣の雑品屋のおじいさんの鳥かごからである。 
「おじいさん、この小鳥どうしたの」
「うーん、捕まえたのさ」
「捕まえたの、どうやって捕まえたの」
「鳥もちだよ」
「鳥もち?」
早速好奇心旺盛な私は、友人の寄本を誘い、小鳥取りに、近くの林に行った。小鳥の声を追いながら、林に入り込んだ。

「いたいた、見つけたぞ」
釣竿の先に、おじいさんからもらった、白いネバネバした鳥もちをつける。
竿をそっと小鳥のそばに伸ばしていく、
「そっと。そっと」
そこだと思った瞬間、サアーと飛び立ってしまった。その後も交代で何度か試みるが失敗。一回は木の枝に鳥もちがベッタリくっつき、竿をはがすのに手間取ったりもした。
鳴き声はするが、なかなか竿の先が届く所に小鳥がいなく、いったん終了、帰りがけいつもの原っぱまで戻ると
「米谷、あれ、犬殺しじゃないか」
確かに前に見たことがあるおじさんで、後ろ手に針金の輪を持っていた。

「うん、犬殺しだね」
「米沢は犬殺しのおじさんが、犬を捕まえたところ見たことがあるか」
「いや、ないよ」
「俺も。じゃあ今日は、おじさんの後をつけてみようぜ」
「分かった」             
おじさんは、いつもの通り、針金の輪を背中に隠し、ゆっくりと、あちこちキョロキョロと探りながら歩いている。
僕たちは気づかれないように、後を追いかけていった。
しばらく行くと、やせた茶色の中型犬が、エサを探しているのか横丁から出てきた。おじさんは犬をチラリと見て,関心のないようなそぶりで、静かに犬に寄っていった。
僕たちはハッとして息を殺して見ていた。
おじさんは近づいたと思ったら、背中に隠し持っていた針金の輪を、いきなり、犬の首にかけた。
犬は逃げようとするが、針金の輪が首にしっかり掛かり、かなわず地面にのた打ちまわり、
「ギャーン、ギャーン」 
悲鳴を上げた。
だが輪は外れず、しだいに悲鳴が小さくなり、そして聞こえなくなった。
私たちは声も出ず、ただ顔を見合わせ、その場を去った。

寄本は
「やっぱり犬殺しだ、しどいよ」
「でも、野良犬がいると、迷惑するよ」、 
 僕が言うと
「犬殺しの肩を持つのか」
と、食って掛かってきた。

ぼくは、つい数日前、家のにわとり全部が野良犬にやられたことを話した。
「でも、やり方が汚いよ」
と言ったが少しトーンが落ちていたようだ。
ぼくも、
「そうだね、野良犬は捕まえなくちゃ、でもやり方はまずいよな、エサでおびきだせばいいのに」
「そうだ、そうだ、それがいい」
二人の意見は一致した。
また今まで怖さと、多少の侮蔑の意味を込めて言っていた「犬殺し」と呼んでいたおじさん、家のにわとりの有様を見て、少しだけ見方が変わった。

同時にばん馬競争のかわいそうだの思いも、少しトーンが落ちた。
競馬の馬も追い込みは必死だった、ばん馬競争の馬も必死で丘を乗り越えようとしていた。そして越えた先の馬達の安堵した表情もあったのだ。

夕日が、二人の顔を輝かせた。そこかしこから漂ってくる夕食の匂いに、あわててそれぞれの家に向かって走った。

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