マルチーズみたいな患者
普通に失礼だろって言われそうなんだけど、患者さんにマルチーズにそっくりなおばあちゃんがいた。そっくりすぎて、前髪を小さなちょんまげのようにして一つに結びたくなる。
その患者はすごくかわいいおばあちゃんである。
少しダミ声で、クリクリとした目、小さな身長、すこしふくよかな体。優しく穏やかな性格で、看護師の都合にいつも合わせてくれる大変ありがたい存在である。
ある時、「昔モテたでしょ」と少しふざけて話すと、カラカラと笑いながら、
「そう!私モテたの!!!」
って自信満々に返事をしてきたことがある。謙遜も1ミリもなく自信満々に「モテた!」と返事をしてくることを予想してなかったからなんて返事をしようかと驚いてしまったけど、同時に気分爽快でもあった。モテた人はこれくらい堂々と返事をしたほうが嫌味がなくてよい。
またある時、私が「ずっとベッドにいても動けなくなっちゃうだけだからリハビリがてら少し車椅子に座ろうよ。一人だと寂しいだろうから、車椅子に座ってナースステーションに居たらいいよ。」と話かけると、怒涛の勢いで拒否してきたことがある。
「それだけは絶対にできない!!」
あの穏やかなマルチーズが牙をむいた。
マルチーズの両耳の豊かな毛がブワッと膨らんだのが見えた気がした。
「え!どうして?」と問うと
「車椅子に座るのはいいのよ。でもナースステーションに行くのはダメ!前にナースステーションに行った日私は風邪を引いたの。風邪を引くから絶対に駄目!車椅子には座るけど、部屋からはでない!!!」
と言い切るマルチーズ。
そんなわけはないんだよ、マルチーズ。
ナースステーションに行く=風邪を引くって公式は成り立たない。あんなに可愛いマルチーズが目を丸くして興奮して話すもんだから内心面白くて仕方ない。
その日はナースステーションに行くことはなく、部屋で過ごした。まさに室内犬だ。
ある日の夜勤、私はマルチーズの眠前の点眼を忘れていることに気がついた。まだ23時、間に合う。急ぎつつも起こさないよう静かに部屋を開けるといびきをかいて爆睡している。
あぁ、申し訳ない。
私が眠前にきちんと点眼していれば起こすこともなかったのに。
申し訳なさを感じながら点眼するために起すが、全く起きない。起こすために体を揺らせば揺らすほど申し訳なさもつのってくる。
だけども、揺らしても揺らしても起きやしない。
ふと、これだけ揺らしても起きないならこっそり点眼しても起きないんじゃないかとひらめき、静かに片方の下瞼を下に軽く引っ張る。起きない。このまま点眼してしまおうとポタッと雫を落とすが、それでも起きない。なんだかイタズラをしているような気分だ。あともう片方も点眼してしまおうと下瞼を下に軽く引っ張り、慎重に点眼する。
ガーガーといびきをかき続けるマルチーズ。
ちょっとした緊張から解き放たれ、ふぅっと肩の力を抜きつつ、小さな声で「失礼しましたー」と言いながら部屋をでる。
マルチーズ「ありがとうね。」
えぇ!!!
起きてたの!?いや、そんなことはない、いびきかいてたし。え、どこから起きてたの!?と驚きつつ駆け足で部屋をでる。
その日は平和な夜勤だった。