修学旅行にいくために殴られて坊主にしたけど、チョコはもらえなかった話。
*
「修学旅行を骨の髄までたのしみたい。そしてあの子からバレンタインチョコをもらいたい」
高校1年生だったぼくのいちばんの野望。
修学旅行の行先は長野県のスキー場。移動手段はバスONLYで10時間。うん、罰ゲームだね。
4列シートで揺られに揺られてたどり着くのはまわりが一面すべて雪景色の小汚いホテル。網走刑務所を想像してくれたらほとんど正解。
網走刑務所
(HPの写真が最高にちっちゃくてクールでした)
こんな「バトルロワイアル開催しまーす」なんて言われてもまったく違和感ない場所に連れていかれる修学旅行を、ぼくだけじゃなくクラスのほとんど全員がたのしみにしてた。
行程は観光ゼロのひらすらスキー地獄だってのに。
在籍する16HRはとにかく仲がよかった。もちろんイジメなんて1mmも存在しないし、男子と女子にある壁の強度だって金魚すくいのポイくらい。
どんなサイコロの目が出てもたのしくなる修学旅行。
人生最後の修学旅行がこのクラスで行えることがうれしくてたまらなかった。
修学旅行に行ってしまえば絶対たのしい。
だからぼくにとってなにより大事なのは
健康な心身で修学旅行に行くこと
その一点。
そんな大それた話じゃない。ふつうにやってりゃ達成できる。
ただ、ぼくは殴られた。
修学旅行がはじまるのは水曜日。
その数日前の日曜。所属するサッカー部では練習試合が組まれてた。
「行きたくない」
だってこれで万が一、いや数十に一くらいの確率でケガをするかもしれない。さすがに骨折はないだろうけど、捻挫や打撲くらいは全然ありえる。
そしたらスキーができないかもしれない。ずっとひとりでホテルにいなきゃいけないかもしれない。
決断した。
「試合をサボろう。そしてせっかくだから友だちと遊ぼう」
「お腹が痛い」
シンプルかつ王道な嘘をついてサボることを決めたぼくは、嬉しくなって土曜の夜から友だちの家に泊めてもらった。
コントローラーまで持参して、一晩中ずっと桃鉄をやった。キングボンビーに何億捨てられたって、水曜日のことを思うとなんだかそれさえたのしかった。
日付が変わって日曜日。
ほとんど寝ないままぼくたちは近所の中華料理へ向かった。
「今ごろサッカー部のみんなは練習試合がんばってるころだな。同級生たちよ、ケガだけはしないようにな」
なんて純度100%の他人事として彼らの無事を願いつつ、ラーメン炒飯から揚げセットに舌鼓を打っていると、
入り口から入ってきたのは見覚えのあるジャージ姿の集団。
血の気がひいた。
え?…なんで?まだ試合やってる時間じゃなくて…?
詳細な理由は忘れたが、急に1チーム来れなくなり、試合時間がグッと縮んだことをあとから聞かされた。
同級生なら全然よかったが、入ってきたのは運悪く先輩集団。
多くの先輩はぼくのこんなお茶目なところ?を笑って許してくれるのだが、キャプテンだけは別格だった。
集団と目があったとき、キャプテンをのぞく全員が絵に描いたような苦笑いを浮かべてくれた。
キャプテンは真顔でぼくを手招きし、店の外に連れ出した。
無言のまま数十秒が経過する。
蛇に睨まれたカエル。キャプテンに睨まれた仙豆。
「なんか言ってよ…こわいよ」
と思って目を逸らして下を向いたら
無言のまま殴られた。
「ウソついてまで試合サボるな!ボケ!」
一言だけ放たれたことばを重く受け止め、ぼくはちゃんと反省した。
外食するんじゃなかったと。
ラーメンの横に置いたコントローラーを死んだ魚の目で見つめながら、味のしない唐揚げをかじった。友だちは殴られて帰ってきたぼくになんと声をかけて言いかわからなくて、ふたりとも無言になってしまった。
先に食べ終えたぼくたちは、会計を済ませ、出口にむかう。
先輩たちのテーブルのよこに立つ。
ニヤニヤとぼくを眺める彼らに対し
「すみませんでした。お腹は痛くありません」
頭を下げて謝罪すると
「知っとるわ!おまえめちゃめちゃメシ食うとるやないか!」
お調子者の先輩が笑いに変えてくれた。
やさしさに泣きそうになる。
家に帰って考えた。
このまま修学旅行にいっても、サッカー部に戻ることが気になってたのしめない。
どうにかして、旅行がはじまる水曜までの二日間でこの問題を解決したい。
日曜が試合だった翌日の月曜は練習が休みになる。
ただ、今回の火曜に関して1年生の練習は休みだった。修学旅行の準備と休養にあててくれたのだ。
当然ぼくも2連休(日曜サボったので3連休)なのだが、あえての行動に出た。
火曜の練習に参加したのだ。
みんなに「おまえ休みやろ」と言われながら、唯一参加した一年生ということで雑用らしき雑用をすべてひとりでこなし、練習のあと部室にたまっていた先輩たちにバリカンを突き出し
「日曜のこと、本当に反省しています。目に見える形でその気持ちを表したいのでこれで坊主にしてください」
と声を張った。
「いやいや、ええって。反省したの分かったから。そんなワケ分からんこと言わんと修学旅行たのしんでこいよ」
そんな返事を期待して。
「え!ほんま?めっちゃやりたい!」
現実は残酷だ。
先輩たちにハサミで好き勝手クレイジーな髪型にされては写真を撮られ、お相撲さんの断髪式よろしくひとりひとりバリカンを入れられる。
素人がふざけてやった凸凹の坊主を見て、さすがのキャプテンも
「おまえはアホすぎて怒るのも疲れたわ」
と笑ってくれた。
ぶっさいくな頭にはなったけど、どうにか借金をチャラにすることができた。
翌日、準備万端で学校に向かうとクラスメイトに2万回ほど二度見されたし、女子には雨に濡れた生ゴミみたいに見られたけど心は晴れやかだった。
昨日まであった髪の毛を失ったことで、風が頭蓋骨を通り過ぎていく爽快感に酔いしれる。先生の話を高度1万フィート上の空で聞き流し、バスに乗り込む。
車内では事前にみんなで考えたゲームやカラオケで盛り上がり、10時間の狂ったような長旅もそれはそれはたのしかった。ぼくが歌った十八番のちょうどサビ直前でサービスエリアに入ったこと以外。
数年ぶりにするスキーに苦戦しつつも、だんだんとコツをつかみ、修学旅行を直滑降で満喫した。
気がかりはあとひとつ。
あの子からバレンタインチョコがほしい。
ぼくはクラスに好きな女の子がいた。5月に行われた宿泊訓練で仲良くなってからずっと気にしてた。彼女はだれかにチョコをあげるんだろうか。ぼくにはくれるんだろうか。
本命なんて贅沢なことは言わない。そもそもチョコレートが好きじゃない。自分で買うことは絶対ない。ただ「あの子からもらった」という事実がほしいだけ。
修学旅行の2日目。日付は2月の14日。
男子はみんな口にしないが、ソワソワしてることだけはどうやったって伝わってくる。もちろんぼくだってそうだ。
夜になり、部屋やロビーをうろうろしてると風のウワサが聞こえてくる。だれかがだれかにチョコをわたして告白したらしい。付き合ったらしい。フラれたらしい。
他のクラスの話題を中心に繰り広げられる「らしい」の弾幕をかきわけながら、ぼくはあの子の気配だけを気にしている。
すると、クラスの中心にいる女子からぼくへメールが入った。
「仙豆、クラスの男子みんな連れてロビーきてー。女子のみんなから男子にチョコあげるから」
まわりに声をかけ、メールの内容を伝える。みんなどこか照れながらしっかりと口角は上がってる。童貞ってかわいいな。青春ってすっぱいな。
ぞろぞろと青臭い男子の集団がロビーに到着すると、女子たちが大袋に入ったチョコレートを適当に配ってくれた。
そこにはロマンチックのかけらもなく「はい、次。はい、次」と配られていく。
ほとんど配給。
思ってたのとはちがうけど、文句を言える立場でもない。
どんな形であれ「あの子からチョコをもらった」という事実だけは動かない。それがぼくの自尊心を支えてくれる。
袋に手を入れ、適当にチョコを配るあの子と目が合う。
「あ、仙豆。チョコあげ…
ごめん。もうないや」
ペースを間違えたのかなんなのか、ぼくにくれる直前で彼女の袋は空になった。彼女は「ごめーん」なんて言いながら、なんにも気にしてなさそう。
そもそも「女子全員から男子全員」という名目だから、ひとりあたりの配る数ももらえる数も微妙にズレる。
ほんとにざっくりしたやり方。
大人になった今なら分かる。
女子は女子で早く部屋に戻って遊びたいのだ。男子がバレンタインに浮ついてることなどどうでもいい。
「適当に早く配って終わりにしよう」
そう考えるのは当然だし、なんの異論もない。くれたことに感謝だけしてればいい。
ただ、ただ、ぼくはあの子からチョコがもらえなかった。
その事実は動かない。
部屋に戻り、鏡に映るバカみたいな頭を見てたらなんだかちょっぴり泣けてきた。
翌日、急に空気が冷たく感じる。極寒の長野に吹く風が、数ミリの毛をまとっただけの頭をキンキンに冷やす。
殴られて坊主にして、なんでチョコまでもらえないんだろう。
極上のたのしさの中にそんな心残りを抱えたまま、修学旅行は幕を降ろした。
その後1ヶ月を過ごした16HRは3月の末に解体された。
2年生では文系と理系にわかれ、理系に進んだぼくはほとんどの女子とクラスを別にした。あの子とも別のクラスになり、話す機会もなくなった。
たまに視界に入るあの子を、ぼんやり眺めながら高校を卒業した。
あれからずいぶん時が流れ、大人になった今、16HRのみんながどこでなにをしてるのかほとんど知らない。
みんな元気でやってたらいいな。修学旅行、たのしかったね。
「なぁ、今年ってバレンタインのチョコもらった?」
「あ、ごめん。あげるの忘れてた。でもチョコ嫌いやろ?」
おなじ苗字になり、おなじ家で暮らすあの子は、今年もチョコをくれなかった。
悪びれない姿は、高校生のころと同じままだ。
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いかがだったでしょうか?
はじめまして。リレーの10番目、仙豆(せんず)です。
わたされて「5日以内」の縛りに焦ってどんな企画かよく分かってないまま、カムバックしたすてきガールからもらったテーマについてとりあえず無心で書きました。
お題は「修学旅行の夜に」。
もらった瞬間にオチまで決まったので一気にたのしんで書けました。ひとりだけ頭の悪すぎる記事になってそうで不安ですが、あゆちゃんすてきなテーマをありがとう。
ちなみにそのまえはちゃこさん。
ふだんからお世話になってるふたりからつないでもらった大事なバトン。(ふたりのnoteも最高でした)
そのバトンをつぎにつなぐのはこの人しかいない。
しょうこりーーーーーーーーーん!
スズキにパンを投げつける彼女の文章がぼくはほんとうに好きだ。
いや、憧れているといってもいい。愛してやまないしょうこりん。
読み出したらいつも没入させられる彼女の書く文字に乗っかるのは「生き様」。まさにハードボイルド。
そんなしょうこりんに書いてほしいテーマは
「爆笑」
彼女が書き綴る文章を今からヨダレをたらして待っている。
しょうこりんよろしくー。
くわしいルールはsakuさんのnoteから。
すてきな企画に参加させてもらえて光栄です。ありがとうございました。
今回、ぼくの記事がみなさんのステイホームに少しでも協力できたのなら幸いです。
リレーに参加された方、noteをたのしんでる方、これからも仲良くしてくださいね。
それではまた夢でお逢いしましょう、アディオス!