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【ルクセンブルクのスタートアップ】宇宙開発や超軽量化、他産業にも役立つユニーク技術を創出

ドイツ、ベルギー、フランスの3カ国に囲まれた小国ながら、金融センターとして金融機関や外資系企業の拠点が集積するルクセンブルク。実は欧州における宇宙産業の中心地の一つでもあり、2017年には欧州初となる民間企業による宇宙資源利活用を可能にする法的枠組みを整備した。さらに宇宙関連に加え、フィンテックやブロックチェーン、ヘルステックなど幅広い分野でのスタートアップの誘致・育成にも力を入れる。同国の有力企業やスタートアップを紹介する。

マナ・エレクトリック:月面でシリコン・酸素生成、アフリカ産太陽電池にも

「我々は現地資源利用技術 (ISRU) 分野でのパイオニア企業の1社。現在、月面のレゴリス (地表面の堆積物) から太陽光発電 (PV) パネルの材料となるシリコンと酸素の生産を目的に、最初の技術実証システムの設計に入っている」

こう話すのはマナ・エレクトリック (MAANA Electric) のルカ・セリエント (Luca Celiento) 共同創業者兼最高執行責任者 (COO) 。2018年の創業で、月や火星などでの宇宙開発に必要な資材を地球から運ぶのではなく、現地で入手可能な資源を活用するISRUの確立に取り組む。

同社が開発を進める「ルナボックス (LUNABOX) 」は、レゴリスに電気を加えて最終的にシリコンと酸素を取り出す装置。月面で稼働できるよう完全自動運転を想定する。そのため宇宙工学にとどまらず地質学や冶金・半導体・機械・電気・自動化を専門とするエンジニアが集結し、広さ約3000㎡の施設で技術開発を進める。

この技術をもとに地球上でのPVセルの製造プロジェクトも進める。セリエント氏によれば「PV産業は決してクリーンではない。パネル製造で大量のエネルギーや水を必要とし、大量の二酸化炭素 (CO2) と廃棄物を生み出している」

そこで輸送用コンテナに装置一式を組み込んだミニ工場の「テラボックス (TERRABOX) 」を開発した。現地の砂を原料に、太陽光の豊富な砂漠に設置するソーラーパネルを製造する。「このやり方だとシリコンを製造する際のCO2排出量を従来の6分の1に抑えられ、PVだけでなく鉱業、化学、建設産業にも適用できる」と同氏は強調する。

砂漠に設置し現地で採取した原料で太陽光発電パネルを製造するミニ工場「TERRABOX 」のイメージ(マナ・エレクトリックのウェブサイトから )

PV事業化のターゲットはアフリカと中東地域。すでにルクセンブルク政府の協力によりブルキナファソでプロジェクトを獲得済みという。

一方、宇宙向けでは気温がマイナス150-160℃にまで低下する月面の夜を乗り切れるよう、14日間の月面ミッションを想定したエネルギー貯蔵ソリューション「ACME」の実用化も狙う。コンセプト自体は欧州宇宙機関 (ESA) と共同開発したもので、特許出願中だ。

同社は欧米の宇宙計画に合わせ、月面でのプロジェクト開始時期を2030年に予定している。

EmTDラボ:耐放射線材料をAI探索、宇宙コンピューティング実現へ

EmTDラボ・スペース・ディビジョン (EmTDLab - Emerging Technologies Development Laboratory Space Division) は、宇宙機器向けに次世代の放射線シールド素材などを開発する。香港在住で創業者でもあるセドリック・ティエリー (Cedric Thiry) 最高経営責任者(CEO) 兼最高技術責任者 (CTO) は、「宇宙飛行士だけでなく、衛星などに搭載される電子機器は宇宙放射線の影響を受けやすい。当社は2018年に香港でプロジェクトを立ち上げて以降、最良の遮蔽材料を研究してきた」と話す。

初めはシンガポールに会社を作る予定がコロナ禍で実現できず、ルクセンブルク政府がプロジェクトに資金支援を決めたことから同国に本社を設置。ESAの支援も受け、その公認サプライヤーにもなっている。

同社のコア技術が人工知能 (AI) を活用した「Symade.ai (サイメイド・エーアイ) 」システム。マテリアルズ・インフォマティクスの一種で、金属合金、セラミックス、ポリマーに対し、AIアルゴリズムが仮想空間で元となる材料の改良と変異を繰り返す。新たな材料の組成を次々に生成し、最適な遮蔽性能を持つ候補材料を絞り込む仕組みだ。候補を特定した後は、微細構造レベルでの機械的特性も予測可能という。

試しにこのAIエンジンを外販する予定があるかティエリー氏に尋ねると「その質問はよく受けるが、答えはノーだ」ときっぱり。「我々はソフトウェア会社ではなく、材料販売を目的にソフトを開発している」というのが理由という。

こうして従来に比べ高性能・低コストの材料を開発し、電子機器などを収納するシールドボックスとチップレベルでの遮蔽技術、それに宇宙機の構造に組み込む遮蔽パネルの3種類の製品を提供する。そこには別の狙いもある。

宇宙コンピューティングを実現するための「ANCILEシステムオンモジュール」のモックアップ(EmTDラボ提供)

これまでの耐放射線強化チップなどは宇宙用に認定・設計されるためコストが非常に高い半面、演算処理性能は相対的に低い。それに対してシールド性能が極めて高い環境であれば、地上で普段使っているのと同じ最先端の電子機器が使える可能性が出てくる。「宇宙空間で高度なアプリケーションを実行する宇宙コンピューティングが実現できる」とティエリー氏はゲームチェンジを思い描く。

シールドボックスの開発では半導体研究機関として名高いベルギーのIMEC、3Dプリンターによる製造はベルギーのCRMグループとそれぞれ手を結ぶ。構造パネルについてはイタリアにある世界最大級の高圧ラミネートパネル会社と合弁事業契約を交わし、大型パネルの製造に入れる状態という。

ティエリーCEOによれば、次のターゲットは日本と米国。日本から同社の技術への関心が高い上、提携先のイタリア企業の工場が米国にあるためで「合弁事業がうまく立ち上がれば市場開拓に弾みがつく」と先を見据える。

グラデル:固化繊維で構造部材70%軽量化、人工衛星から航空・車・物流に

次に紹介するグラデル (Gradel) は実はスタートアップではない。もともとは1965年に設立された原子力発電所関連のエンジニアリング企業。2009年に人工衛星の組み立て時に衛星本体を回転したり、水平や垂直にしたりする地上支援機材で宇宙ビジネスに参入。さらに2018年には、ロケットの燃料消費や打ち上げコスト、ペイロード (有効搭載量) にも大きく影響する軽量化のニーズに対応しようと、独自の超軽量構造体の技術開発に乗り出した。

その成果が実り、金属の代わりに樹脂で固めた繊維を使い、超軽量の3次元(3D)構造を自動で組み立てる「グラデル・ロボティック積層造形(Gradel Robotic Additive Manufacturing、略称GRAM=グラム)」と名付けた技術を確立。CEO のクロード・マーク (Claude Maack) 氏は「人工衛星や宇宙機といった宇宙関連にとどまらない。航空機やモビリティーなど幅広い分野に応用でき、通常の金属部品に比べ最大で約70%軽量化できる」と胸を張る。

GRAMシステムを使い繊維を樹脂で固めて作った超軽量3D構造体のサンプル(グラデル提供)

GRAMは、AIによるトポロジー最適化を活用した3D設計・シミュレーション機能と、6軸ロボットによる部材の配置および樹脂の塗布プロセスから構成。複数の筒状のブッシュと繊維素材とで、まるで針金細工のような3D構造をロボットが作り上げる。その後、繊維部分に樹脂を含浸・固化し、軽量かつ強固な構造体を形成する。繊維自体も、炭素繊維 (CF) をはじめ天然素材のアマ、玄武岩のバサルト繊維、レーヨン、ガラスと用途に応じてさまざまな種類の素材が利用できるという。

宇宙分野では、ESAほか、仏エアバス (Airbus) 、仏タレス・アレーニア・スペース (Thales Alenia Space) 、独OHBシステム(OHB System) といった欧州の衛星インテグレーターがGRAMの製造プロセスを認定済み。衛星のアンテナのブラケット部品の比較では、チタンだと40%、それに対しGRAMを適用したCFでは71%とさらなる軽量化が可能になる。

「ロケットから衛星を放出するディスペンサー部品では60%の軽量化を目指し開発中で、この機構を組み込んだ衛星打ち上げが2026年に予定されている」 (マーク氏)。併せて、日本を代表する宇宙関連企業でルクセンブルクに拠点を持つispaceにも提案を進めるという。

前出のマーク氏の発言にあるように、宇宙以外の分野にも広がりを見せる。その一つが航空機や自動車、バスの座席の構造部分。軽量化により、燃費改善や温暖化ガスの排出削減が期待でき、イタリアのシートメーカーであるサベルト (Sabelt) とは独特なデザインを取り入れた高級車向けシートの共同開発をスタートさせた。

物流分野では荷物を載せるパレットへの応用を見込む。欧州圏内の物流で基準となる木製の「ユーロパレット (Euro Palette) 」の重量は20-25kgもあるが、リサイクル可能な発泡ポリプロピレン (EPP) フォームにこの構造体を埋め込んだパレットは4.2kgと軽量で扱いやすい。こちらも物流での燃費改善と温暖化ガス排出削減につなげられるとしている。

ラフィネックス:トポロジー最適化ソフト、リスクも同時計算、高信頼の部材設計を支援

実は、こうしたGRAMに使われる設計・製造・シミュレーションソフトウエアは、いずれもルクセンブルクに本拠を置くラフィネックス (Rafinex) と、元は韓国企業のデータ・デザイン・エンジニアリング (DDE) が共同開発に携わっている。

うち2018年設立のラフィネックスは、航空宇宙、防衛、自動車といった産業向けに、負荷条件に応じて軽量かつ高強度の3D形状を自動生成するトポロジー最適化ソフトを製品化した。「メビウス (Möbius) 」というこのソフトでは、最適形状だけでなく、その形状を採用した場合のリスク計算まで同時に行えるのが最大の特徴だ。

「一般的にトポロジー最適化では入力条件が理想的なものと想定して計算していたが、部品を実際に使用する時には力の向きや大きさが変動する。そのため中にはトポロジー最適化の利用を躊躇する企業もある」

同社の創業者でもあるアンドレ・ウィルムズ(André Wilmes)CEOはリスク計算の機能を組み込んだ背景について、こう説明する。そこで共同創業者でドイツ・ベルリンにあるワイエルシュトラス応用分析・確率論研究所 (Weierstrass Institute for Applied Analysis and Stochastics = WIAS) 出身のヨハネス・ノイマン (Johannes Neumann) 最高科学責任者 (CSO) が編み出したアルゴリズムを基に、トポロジー最適化とリスク評価の解析カーネルを開発した。

一つのソフトで最適化と分析が行えることから、実際に負荷が変動しても安全性がより高原状態を保てる3D形状を選ぶことが可能になる。つまり量産部材の実使用での安全性や信頼性を考慮に入れながら軽量化設計が進めやすくなるという。

「メビウス」は複数の成形部品で構成されたアセンブリーのトポロジー最適化にも対応する

一方、他社のトポロジー最適化ソフトではリスク評価ためにデータをいったん出力し、分析ソフトに再入力する必要があった。その場合、有限要素法のメッシュの解像度が粗かったり、壊れていたりすると人手による修正ややり直しが必要となる。ウィルムズ氏は「メビウスではメッシュの解像度が高く、非常に滑らかなため、競合製品に比べ最適化の処理速度がわずかに遅いものの、修正が発生しない」と利点を強調する。

競合製品では一度に1個の部品しかトポロジー最適化できないのに対し、メビウスでは組み合わさった複数部材のコンポーネントでも実行可能で、このことも強みになっている。

主なユーザーは英マクラーレン・オートモーティブ (McLaren Automotive) 、英GKNエアロスペース (GKN Aerospace) といった欧州の自動車・航空宇宙12社。スイスにある米セラニーズ (Celanese) の欧州技術センターでは、ドイツの自動車大手向けに、射出成形エンジンマウントブラケットの形状を最適化し、部品重量を25%、部品のひずみエネルギーを15%それぞれ削減できたという。

ウィルムズ氏は「米国ではまず防衛関連産業と協力して事業をスタートさせた。日本では防衛関係に直接コンタクトできないにしても、市場参入を楽しみにしている」と日本でのビジネスに期待を寄せている。¶


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