潮田登久子写真展『永遠のレッスン』
以前、潮田登久子さんの写真集『マイハズバンド』を紹介しました。
ちょうど横浜で『マイハズバンド』含む潮田さんの写真展が開かれていたので、最終日、トークショーとともに行ってきました。
会場に入ってまず目にとまるのが、巨大な冷蔵庫の写真。
中判カメラで正面から撮り続けた『冷蔵庫』のシリーズは1981年から2003年頃まで撮り続けられ、ご本人曰く「まだ終わってない」。ご自身の生活の記録から始めた写真は、やがて数々の家庭の定点観測となっていったそうです。
額に入れず隙間を埋めるように配置された展示がまさに冷蔵庫の密度感そのもの。
桑沢デザイン研究所時代に石元泰博先生から「街へ出て、知らない人に声を掛けて撮影してきて」という課題が出されたのをきっかけに、知らない人を撮る日々だった潮田さん。しかし、コツをつかむうちに「カメラを武器に獲物を追いかけるような心情」になり、
やがてだんだんと人が撮れなくなり、1年間写真をお休みしていたこともあったそうです。ふと身の回りを6×6判で撮り始めたときに撮ったもののひとつが、冷蔵庫だったと。
そんな『冷蔵庫』シリーズの展示を見た鬼海さん(写真家・鬼海弘雄)に「人撮れてるじゃない」と言われて大変嬉しかった、とのこと。
『本の景色』シリーズなどを見ても「人間以上に人間くさいものに見える」と対談相手で写真評論家の光田由里さんもその場で仰っており、その通りだなと。モノを撮っているけど、そこに人の手垢が見える。というより、人そのものに見えてくる。同時に、潮田さんのチャーミングさも感じられます。
このテキストから、娘が生まれてから始まった平和な日々の堆積を観察しようとする写真家の目線が読み取れます。母でもなく、妻でもない。冷蔵庫の撮影も「採集」と仰っていました。だから「私写真」でもない。
石元先生の精密さを受け継ぐ撮影スタイルや、大辻清司先生とのアトリエでのやり取り。それらが終わることなく80代を迎えた現在も続いているような感覚があるとのことで、それで展覧会タイトルは『永遠のレッスン』なんだとか。
さて、会場にある写真はすべてモノクロですが、その中にカラーで構成された空間があります。
『マイハズバンド』が展示されているエリアで、アクリルボックスの中にライカやL判の写真、落書きなんかが一見無造作に置かれていますが、よく見ると繊細に計算されて組まれている。
落書きには「TOKUKO だぁぁぁいす〜〜き〜」などと書かれていて、あ、これはマンガ家になった娘のしまおまほさんが書かれたものかな?と思って見てました。
が、トークショーで僕の予想は覆されます。
犯人は『マイハズバンド』。眼光鋭く異様なまでの存在感を放つ夫・島尾伸三さんだと言うのです。
あのピリッとした姿とは正反対に感じられる茶目っ気たっぷりなハート。
潮田さんは「島尾は言葉に厳しい人(お父様は作家の島尾敏雄)なので」大変重く張りつめた空気になることもしばしばあったとか。夫婦としては「ドリフターズの志村けんと桜田淳子が夫婦役でやるコントがあるんですけど、あれみたいな」。
だけどそんなときでもふと部屋を見るとこの落書きが置いてあり、「つい、あの手にやられる」、「これが島尾の手口なんです」「未だにやるんです」と白状していました。だけどそこに照れは一切なくて。お二人にとっては自然なコミュニケーションなのでしょう。
ちなみに会場には島尾伸三さんもいらっしゃっていたそうです。
潮田さんの告白は続きます。
夫婦で写真家だと「負けられない、という気持ちがあった」「対決だった」。
ひとつ屋根の下で暮らしながらも『マイハズバンド』と『まほちゃん』ではっきりと違う目線が定着されるのは、そんな気概と緊張感があったことも影響するのかしらん。あるいは人ではない『冷蔵庫』へとレンズを向けた動機なども・・・。
「複雑な夫婦」と仰っていたのが印象的でした。
「私はどこか淡々と撮り続けているんだけど、光田さんに私の写真を『楽しそうに撮っている』と仰っていただけるのは私にとって最大の賛辞。本当に救われる思い。生きててよかった」
「長島有里枝さんから頂いた解説(『マイハズバンド』の寄稿文)は当時の時代背景(女性の社会的立場)も丹念に調べていただいて、私が言葉にしなかったことも言語化してくれた。当初は光田さんの解説と長島さんの解説を2冊の本それぞれに分けて掲載する予定だったけど、これはどっちも(通しで)読んでもらいたいと考えて1冊にまとめた」
潮田さんがご自宅から発掘された写真集『冷蔵庫』5冊の購入権を賭けたくじ引きを見事引き当て、サインをいただきました。
予定の90分をオーバーするトークショーはたいへん濃密で、
時を重ねることで増す写真の力、
モノクロの情報量、
写真家夫婦の対決、
まほちゃん。
見るべきものが多くて、行けてよかったです。
潮田さん、光田さん、ありがとうございました。
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