見出し画像

命を続ける

排泄を行う際、あの顔をいつも思い出すようにしている。悲しい時も。苦しくて仕事を投げ出しそうな時も。あの顔が、何度でも僕を励ましてくれるような気がする。


今日も仕事を終えて帰宅しました。今日は大事なクロージングの日で、これを失敗すると上司にまたひどく詰められるだろうから恐れていたけれど、意外にもすんなりと契約を勝ち取ることができました。上司も珍しく機嫌が良さそうで、安堵から珍しくビールを買いつつ帰ってきました。
彼女はもう2年ほどいません。よくかっこいいとかモテそうとかは言われるんだけれど、まあ仕事で頭のキャパのほとんどを使うから、特に考えていません。しかし職業柄付き合いなどで飲みに行くことなどが多く、その分出会いは多いので最近も飲み屋で知り合った女と軽くランチをする約束を取り付けました。初対面からボディタッチがすごくて、あまり好きではないタイプの女だけれど、僕は知り合った女は必ずデートに誘うことにしています。そして初回は必ず軽くランチをすると決めています。2回目も3回目も、お酒を交わすことはせず、中高生の恋愛のような進め方をしています。この歳になれば、女も男の溢れる下心への勘が鋭くなっていて、初回からお酒を飲んでそのままホテルへ行くようなことをどこか受け入れてしまっている女も多いくらいですが、どうせそんなものは一回きりで縁が切れます。僕はそんなつまらないことはしない。持続させることのできるものにしか興味がないのです。そう、持続させる…。
ランチでの話は案外弾んで、自分の彼女への印象にもかなり変化がありました。やはり、もともと淫乱な女には違いないのだろうけれど、でも本当は心から安心できるパートナーを見つけたいのかもしれないと感じました。自分にわずかばかりあるユーモアを駆使して、突飛な冗談を言って彼女を笑わせることに努めました。彼女はよく笑ってくれました。生真面目な人のように映っていたみたいで、彼女も僕に対する印象が変わったと言っていました。仕事に向かわなければならず、彼女に今日はもう行くことを伝えると、もう少し一緒にいたかったと寂しがっていました。この機を逃すことなく、帰り際に次の予定を取り付けて次に繋げることができました。これで持続するだろうか…。
2回目のデートは夕方の時間帯で、喫茶店を選びました。薄暗く、各テーブルにキャンドルが灯り、洒落た音楽が流れていて、テラスもあるような喫茶店で、彼女はひどく喜んでいました。恐らく今まで大衆的な居酒屋で飲み歩くばかりだったのでしょう。僕は雰囲気の良い喫茶店やバーを多く知っています。ここもその1つに過ぎなかったので感動も何もなかったのですが、彼女は嬉しいという気持ちを何度も言葉にしてくれていて、気を使ってくれているのなら、実に男を立てることが上手いできた女性だなと思いました。男の甲斐性を掻き立てて、その背景に何をおこなってきたのかがうっすらと見えてくるような気もしましたが、彼女には結婚するのならあなたのような女性がいいなあと心にもないようなことを言いました。
3回目のデートで、セオリーのごとく告白をしました。少し高めの夜景の見えるディナーを予約して、実にロマンチックな告白をしました。彼女は少し照れたようにお願いしますと言って頷きました。その緊張した空気を一気に和ませるように、海にドライブに行きたいとか、今度家で鍋でもしようかと、砕けた調子で今後の話をしました。彼女は行きたいところが色々とあるらしく、僕は相槌を打ちながら、一緒に思い出をたくさん作ろうという実に前向きな提案をしました。確実な持続にもっていく…。
30日経ちました。仕事の合間を縫って、ランチをしたり、ディナーに行ったり、一緒にお酒を飲むこともありましたが、僕は決して彼女の身体を求めることはありませんでした。彼女がもどかしそうにしていることもありましたが、それでも断固として交わることはありませんでした。まだ早いからです。まだ持続させなければ…。
60日経ちました。今日、彼女がうちに泊まりに来ることになっています。予定があったみたいなのですが、少し無理を言って予定をずらしてもらいました。そうして迎える初めて夜を、共に過ごすことにお互い期待が膨らんでいるのか、少し張り詰めた雰囲気を感じています。深夜1時、缶のお酒を互いに一本ずつ飲み、部屋は暗くなりました。
彼女をベッドに優しく倒して、彼女の、その身体の全てを丁寧に愛撫しました。彼女が我慢できなくなったのか僕を求めてきたので、優しい声で愛していると囁くと、少し照れた様子で顔を逸らしながら、本当に愛していると言ってくれました。彼女は避妊具をつけることを確認してきたので、僕は既に手に持っていることを確かめさせました。彼女は力が抜けたような目をして、顔を赤らめています。これから始まることへの予感に面白いほど心酔したその様子に、僕はこのふざけた売女をこんな顔にさせるまでの道のりを思い起こしていました。


あとはいつも通りでした。彼女に僕の陰部を挿し込むと、彼女が何かを言う暇もなく彼女の中で果てました。全てを流し込みました。今回は期待した通り、かなり良い反応をしてくれました…当たりです。ひきつった最高の顔をしている。思わず口元が弛んでしまう。笑みがこぼれてしまう。この表情を収めたい。目に焼き付けたい。この60日間の全てを裏切った。あなたへの誠実な態度も、表情も、声色も、言葉も全部裏切って、あなたに遺伝子を残しました。あなたの卵子めがけて、欺瞞に塗れた僕の3億の魂は走り出しました。心の中で、誠実さを持ち合わせない汚れた魂にエールを送るんです。走れ。頑張れ。あなたがその表情を浮かべる間にも僕の魂は走り続けている。僕の偽りの全てを結実させて、たいした質量もない有機体を排出してください。命を繋いでください。そして僕を父親にしてください。今日はそんな願いを込めました。もし子供が生まれたなら、こんな望まれない子が生まれたなら、むしろ他にはいないような名前をつけてあげたいと思うような気もするし、物心ついてからしばらくは精一杯いい父親を演じてやりたい。じっくり時間をかけて信頼を育んでいきたい。そしてやはりなんの前触れもなくある日突然殴り飛ばしてやりたいと思う。僕はそうやってかけた時間だけ愉悦に浸るだけなんです。だから持続させるんです。生きることでさえも、来たるその時までは。


「信じられない。本当にふざけないで!」
永遠と何かを叫ぶ彼女をそばに、ズボンを履いて、彼女の連絡先を全て消去しました。
理解してくれと思ったことはないし、こんな人間がいたって不思議じゃないでしょう。拠り所は、汚れもするというそれゆえに拠り所なんでしょう。そんなことに、ってそんなことばかりじゃないですか。世の中は、そんなことばかりで回っているんじゃあないんですか。
止めるつもりなんか毛頭ありません。次は65日間でやるつもりです。60日間を共に過ごしてくれた彼女には感謝したい。あなたが見せてくれた最高の表情に感謝したい。ありがとう。僕は明日からも生き続けることができる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?