3/n)◆◆04巻目【妖狐・神楽坂文と変な物語シリーズ】 激痛茶館 《第一章 奇妙な案件の発端(3)》
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本題の、案件の内容は、こうである――
――“連続人さらい事件”
端的にいうと、そういうべきで事件が、ここ最近のソウル市内で起きていた。
――だが、“タダの”人さらい事件であるならば (どの程度までが“タダの”というべきか、程度問題があろうが……)、このSPY探偵団などという変わった四人組が興味を以って調べることもなかったのだろうが、こうして調べているからには、少々奇妙な案件であるのだろう。
それでは、どのように奇妙な案件であるのかというと、この“人さらい”というか“拉致という行為”が為される前にであるが、その被害者には“茶会の招待状”が届けられるというのが、最も奇妙な点であった。
そして、この“茶会への招待状”というのも、花をモチーフにして神経系や伝達物質などのイラストが描かれるという、悪趣味かつ不気味なものであり……、当然ながら“出席しない”という選択肢はなく――、その日時になれば、客人には礼を尽くして強引にも拉致して誘(いざな)うというものであった。
ただ、その……、気まぐれにも招かれた客人というのは、どうも戻ってきていないようであるのだが……
「――ほんと……、何? この趣味の悪い招待状?」
ジグソウ・プリンセスことパク・ソユンが、資料の画像を眺めながら言った。
「おっと、ソユンが言うのかい?」
「ん? 何で?」
ジンロを飲みつつ、つっこむように言った花男ことドン・ヨンファに、ソユンがキョトンとする。
「――だって、君さ、猟奇系の映画とか、グロ画像とか……、そういうのが趣味だからさ――」
「あくまで趣味じゃない。実際、やらないわよ」
ソユンが、トッポギを咥えながら答える。
また、
「――で、さて? この招待状ってのは、何を表わしているんだろうね?」
と、ドン・ヨンファが、一番重要なことを皆に聞いてみた。
「この……、化学式ってヤツか? 誰か分かるか?」
と、テヤン。
「う~ん……、僕は、化学は、そんな好きじゃなかったからねぇ……。付き合いのある化学メーカーを経営する友人か、医者の知り合いなら知ってそうだけどさ……」
「私も、こんなの分かんないわよ」
「やれやれ! こんなのも分かんねぇのかよ? お前さんたち!」
答えられないドン・ヨンファとパク・ソユンにキム・テヤンが茶化す。
「いや、テヤンも分かんないでしょ」
「はっ! それもそうだ!」
キム・テヤンがおどけていると、
「――この、イラストの伝達物質や神経系は……、痛覚、……か」
と、リーダーの“スタイル”ことカン・ロウンが、何か意味深な様子で、そう言った。
「「痛覚……、……だって?」」
怪訝な顔して反応するキム・テヤンとドン・ヨンファ。
そのいっぽう、
「……」
と、ジグソウ・プリンセスことパク・ソユンは、何か考えるような、少し意味深な顔をしていた。
「――そうすると、……この、強引に拉致して行われる御茶会には、何か、“痛み”に関したテーマや、“趣向”があるのかな? 少々、おぞましい感じがするけど――」
パク・ソユンが、そう続けた。
「趣向、ねぇ……」
ドン・ヨンファが、口にしながら顔を少し歪めてみる。
またその横から、屋台のほうは暇なのか、キム・テヤンが、
「何か、ピンと来ねえか? ジグソウ・プリンセス」
「ん? 私?」
「ああ、お前さんなら分かるかな、と思ってな――」
「いや、だからさ……、私の何をアテにしてるのよ……」
と、パク・ソユンはやれやれとしながらも、
「――まあ、そうね……、単純に考えると、“痛み”っていうのを――“痛覚”を趣向にした御茶会だとすると……、たぶんだけど、さしづめ、痛みを――、“多種多様な激痛を愉しむべくブレンドされた御茶”を、参加者にふるまっているんじゃないかしら? おそらく、無理やりにだろうけどね――」
「……」
「……」
と、やや具体的になった答えに、ドン・ヨンファとキム・テヤンが引いた顔をしていた。
「――それは、劇物か、何かか?」
また、今度はカン・ロウンがパク・ソユンに聞いてみた。
「そうね……? 酸だと、硫酸、フッ化水素酸……、それから、アルカリだと、水酸化ナトリウムとかが妥当かな? あとは、界面活性剤や農薬とか……、それから、たぶん手に入るか分かんないけど、ギンピギンピって植物、……聞いたことない?」
「あん? ギンピ……ギンピ、だと?」
と、変わった名前の植物に、キム・テヤンが顔をしかめる。
「うん。オーストラリアに生えてる植物ね。あそこや、熱帯ってさ? けっこうヤバい植物あるじゃん?」
「まあ、ありそうっちゃ、ありそうなイメージがあるがな」
と、そこは同意で頷くキム・テヤンの横、
「――ソウ、ギンピギンピとは、……あの、ヤバい植物だな?」
「ええ……。そうよ」
と、カン・ロウンはこの植物のことを知っているのか、そうパク・ソユンと言葉を交わした。
「ヤバいって、どんな風にヤバいんだい?」
ドン・ヨンファが聞いた。
「検索してみてよ、ドン」
「どれどれ……」
と、“フラワーマン”ことドン・ヨンファはチジミに手をつけた箸を止め、検索してネット辞典を読んでみる。
「……」
読み進めていくうちに、その内容は、ドン・ヨンファの顔を次第に硬直させるようなものだった。
――“ギンピギンピ”
オーストラリアに自生する植物であり、その形状は大葉やシソの葉を大きくしつつ、ハート型のように、もう少し丸くしたような葉っぱ。
その表面に白く生える、産毛というか、グラスファイバーのような微細な棘――
そして、“ここ”にこそ、おぞましくして凶悪な毒が宿る。
モロイジンという化学物質が主成分であるらしいのだが、この白い産毛のような棘に触れた者は、その程度にもよるが、数日から数週間――、酸をスプレーでかけられたような、まさに耐え難い激痛に苦しむ羽目になるとのことである。
なお、長いものでは、月から年単位で後遺症的に痛みに苦しむこともあるとの記録もある。
そのような“凶悪性”に、かつての宗主国の英国は、ある種の生物兵器として検討されり。また、その昔、野外でトイレットペーパー代わりにこの植物の葉っぱを使用してしまった男が、激痛のあまり拳銃自殺したとの、真偽不明な逸話もあるとのことである……
「いや、確かに……、“これ”、ヤバすぎだよ……」
ドン・ヨンファが、まさに『検索してはいけない言葉』を検索してしまったかのように、後悔した顔をした。
「――その、“御茶”か何かを作ればさ……、結構な激痛のする飲み物になるんじゃない? そして、招待された人の、激痛に苦しむ姿を堪能する……」
…………
少し溜めながらも、淡々と話す“ジグソウ・プリンセス”こと、パク・ソユンの言葉に沈黙が漂う。
沈黙が漂いつつ、
「――まあ、ギンピギンピに限らず、“充分で、多様な趣向を持つ”有毒植物なんて、他にもありそうだけどね……」
と、パク・ソユンは締めた。
「ちなみにだけどさ、……まさか、……君が犯人とかじゃないよね?」
恐る恐る聞くドン・ヨンファに、
「……」
と、ちょうどチジミを箸で持ち上げたパク・ソユンの手が、ピタリと止まる。
「……」
「……」
止まりつつ、
「――そんなわけないでしょ。もう、変なこと言ってっと、アンタ、……チェーンソーでバラバラにするわよ」
と、パク・ソユンはマンガのごとく――、どこから取り出したのか、チェーンソーを手にして構えてみせた。
「ひっ……!? じ、冗談だって! お、落ち着いてよ、ソユン!」
怯えつつ宥めるドン・ヨンファに、
「大丈夫よ。怒ってないから」
と、パク・ソユンは相変わらず淡々とした様子で答える。
「おい、こんなとこで“そんなもん”出すなよ。銃刀法なんとかで、通報されっだろが」
「まあ、それもそうね……」
やれやれとつっこんだキム・テヤンに、ごめんねとのようにパク・ソユンはチェーンソーをしまう。
なお、これが、このパク・ソユンの“異能力”――、スプラッタ系のガジェットや暗記を召還できる能力の一端であるのだが……
また、そんなパク・ソユンは続ける。
「――それに、……たぶん、私、犯人になりようがないと思うよ」
「うん? どういうこと、か?」
カン・ロウンが聞き、
「――だって、あの招待状……、私に届いたもん」
と、パク・ソユンはゆるりと、“例の招待状”を見せてみた。
「「「は? はいぃ……!?」」」