第2話 藤吉郎と鶴松
このたびのお信乃の再婚、やはり江戸の町では格好の話のタネとなった。
なにせ、お信乃は子どもが二人もいる未亡人とはいえ大金持ちで、それなりの美人。実は密かにお信乃の二人目の婿にと狙っていた中年男も多かったのだが、そこに婿に来たというのが美人のお信乃を遙かに凌駕するほどに美しい、二十歳の美青年。
しかも、小国とはいえご公儀も認めた大名の十男坊だという。
若君と一緒についてきた姑のお円《えん》という人も、年は四十を越えたというがさすが元は大名の奥方だけあって、美しくて鷹揚とした優しげな人だったから、町の人々は相模屋の新しい家族を一目見ようと、普段は用もない材木問屋の店の周りを、行ったり来たりして手代たちを困らせた。
お信乃の息子たちは、十歳と八歳になる。
佐吉《さきち》と茂吉《もきち》と呼ばれていたが、飾りっ気のないその名を嫌った若様が、藤吉郎と鶴松という名に改めた。
藤吉郎の方はまだいいが、鶴松などというちょっと気取った名がついた茂吉は、寺子屋で格好のいじめの的となった。それでも、相模屋の子どもたちは寺子屋の友だちをよく説得し、数日ほどいじめられたあと、寺子屋の中ではもとの「佐吉」「茂吉」と呼ばれることで落ち着いた。
さて、この佐吉改め藤吉郎のほうは、死んだ父親の貞吉によく似ていた。
小さい頃はそうでもなかったのだが、十を数える最近では鼻の形がほどよく出っ張って、ちょっと横を向いた顔が実の父とうり二つ。二人の父親を知る長老たちがうっかり「貞吉さん」などと佐吉に呼びかけるものだから、若様よりはむしろ、姑のお円《えん》のほうが気を悪くした。
「男の子が父親に似るのは当たり前のことです。母上、藤吉郎をおきらいになってはなりませんよ」
若様がそう言って、母親をたしなめる。
だが、お円が藤吉郎を嫌うのには別のワケがあった。
お円の悩みは、相模屋の跡取りが藤吉郎に決まっている……ということ。
お円は若様の婿入りのとき、殿の菩提を弔えとうるさい家臣を説き伏せてわざわざ還俗して相模屋にやってきた。
お信乃は気は強いが気前のいい人だったから、この姑を嫌がりもしなかったし、庭の南に六畳と四畳半の部屋がある離れを建て、そこにお円を住まわせてやっていた。母屋から離れた庭の片隅の離れだったが、仕事場から一番遠く、商売の喧噪も聞こえず、南向きで暖かい。朝餉と夕餉は女中が運んできてくれて、昼間は息子である若様と、母屋で一緒に食べる。
尼寺では野菜の煮物か豆腐ばかりで、塩気のものなど殆ど口に入れることはなかったが、相模屋の食事は温かく、サンマや鯛がじゅうじゅうと、香ばしい音を立てている。
相模屋での生活は、殿様の側室として江戸屋敷に居た頃よりもっと自由で、お円にとっては望みの暮らし。手放したくはない。
だが、藤吉郎は自分とそう年齢の変わらない若様に懐こうとしないし、第一、お円を嫌って口も聞こうとしない。あと五年もすれば藤吉郎は若旦那として相模屋で働き始め、やがて嫁をもらってこの御店を継ぐことになる。
そうなれば、この贅沢な暮らしは終わりだ。
――お信乃が亡くなってしまえば、お円も若君もこの屋敷を追い出されてしまう……。
「若様、はよう、お信乃と子どもを作りなされ」
お円は、近頃、ことあるごとに若様をそう、たしなめるようになった。