すかし1

第6話 疑惑

 近頃、目が痛くてしかたがないのだと、若様がお信乃に訴える。
「寝不足じゃあないんですか」
 お信乃はあっさりそう言って、若様の布団をもうすこし上等のものに変えるように、番頭に言いつけた。
「うーん、身体の方はどうもないんですけどねえ」
 若様は首をぐるぐると回し、左肩も回しながら、なおもお信乃に「目が痛い、目が痛い」と訴え続ける。
「あ。わかった。今日は長老方との寄り合いの日だ。あんた、面倒くさくなったんでしょう?」
「……バレましたか?」
 若様はまったく悪びれもせずにぺろっと舌を出す。そんな仕草が可愛くて、お信乃は笑って、番頭に今日の寄り合いを代わってやるように命じた。
「夜に遊び歩いてばっかりいるからですよ。今日の寄り合いは行かなくて良いから、今日、明日、明後日くらいは家で落ち着いて義太郎の面倒を見ていてくださいな」
「……義太郎が今日のお相手ですか……。赤ちゃんは苦手です」
「藤吉郎は頭が良くて真面目すぎるから苦手、鶴松は元気すぎて暴れるから苦手、義太郎は赤ちゃんだから苦手……あんたねえ! そろそろ、三人全員、我が子だという自覚でも持って、面倒見てやっておくんなさいな! 日がな一日、ボーッとして遊んでるだけなんだから!」
「はい、はい、わかりましたよ、もう! お信乃さんの怒りんぼ!」
 仕事に向かう妻の背中にべえっと舌を出して、若様は自室のタタミに寝転がる。音もなく障子が開いて、母のお円が顔をのぞかせた。
「おや、母上。どうなさいました」
 若様が、寝転がっていた体を起こして、母を迎える。
「おや?」
 母が、息子の異変に気づいて声を上げた。
「そなたの目、どうした」
「目が、どうかしましたか」
 母が差し出す手鏡で見ると、若様の目がひどく充血している。
 目がひどく痛む理由には合点がいって、若様はお信乃と母の言うことを聞いて、ゆっくりと休むことにした。

  だが、それからしばらく、またしばらくと時間が経っても、若様の目の充血は治らない。それどころか、日増しにひどくなっていく。


「お奉行所の若君様が月夜の使者に斬り殺されたそうですよ」
 お信乃からその話を聞いたとき、お円ははっと、息を呑んだ。
「……月夜の使者って、なんでございますの?」
「あら、お姑様、ご存じじゃございませんか。近頃はやりの辻斬りで……なんでも、奉行所も捉えられないような悪党だけを懲らしめていく、正義の味方だったはずなんですがねえ……まだ元服もなさってないようなお坊ちゃんを懲らしめちまったんじゃあ、正義の味方が聞いて呆れる。しょせんはただの辻斬りだったんですねえ……」
 情けない、情けないと呟きながら、お信乃が仕事に向かう。お信乃の痩せてギスギスした背中をながめながら、お円はきょろきょろと、せわしなく目を動かした。
 お信乃と若様の部屋の、床の間に飾ってある太刀に目を向ける。
 とくに、何を思ったわけでもなかった。
 太刀を手に取る。
 ひらりと、鞘を抜いた。

「ひ!」

 思わず目をむいて、お円は太刀を投げ捨てた。

 太刀には……誰のものともしれぬ血が、べっとりとこびりついていた。

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