南の島のルナとティダ
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あらすじ
南の島の小さな学校の校庭の隅に、うさぎ小屋がありました。小屋にはうさぎのルナがひとりで暮らしていました。ある夏の満月の夜、何かの気配がして…
夏の月夜の晩でした。
南の島の小さな学校の校庭は、まるで誰かが灯りをともしたように満月の光に明るく照らされ、気持ちのよい涼しい海風がそよそよと吹いていました。校庭のすみっこのうさぎ小屋には、まだ小さいうさぎのルナが暮らしていました。
昼間はいつも、学校の子ども達がタンポポやオオバコや柔らかな苧麻の葉っぱを持って来てくれるし、朝早くから夜遅くまで学校にいる用務員のおじさんが、ルナのご飯を持って来てくれましたが、にぎやかにしている時は忘れていても、夜はルナはいつもひとりぼっちで過ごしていました。
ルナは満月が大好きで、よく月を眺めていましたが、ずっと満月を見ていると、決まって必ずお父さんやお母さんを思い出してしまうのでした。
その夜もルナは巣穴から顔を出し、こうこうと輝く満月を眺めていました。
その時ふと、何かが小屋に近づいて来る足音と気配を感じたのです。今まで、こんな夜に小屋に誰かが近づいて来る事は一度だってありません。ルナは穴の奥に身体を引っ込め、大きな目をキョロキョロさせて耳をすませました。
気配は、小屋の周りを歩き回っているようでした。ルナは恐くて目をギュッとつぶると、音を立てないようにじっと震えていました。気配はルナのいる巣穴の前まで来ると、ぴたりと止まって、突然そこから
「ねぇ、いるの」
と声がしました。
ルナはビックリして息を止めていましたが、どれだけそうしていたのでしょう、息が続かなくなったルナが静かに息を吐きながらそっと目を開けると、小さな穴の入口から見える金網のそばに、ルナと同じぐらいの大きさの影が立っていて、その影の赤い目とルナの目が合ってしまいました。
「やっぱり、いたんだね」
と影は言いました。
ルナは見つかってしまって、怖くてたまりませんでしたが、その声は優しくあたたかく、
「…きみに会いたかったんだ」
と言いました。
「…だれなの」
とルナは思わず声を出してしまいました。
「うさぎ、だけどちがう、うさぎだよ」
と影は言います。
「うそ」
「ほんとさ」
「う、うそよ、うさぎなんてうそ、あなたは黒いじゃない、わたしにだってわかるわ」とルナ。
「じゃあ、穴から出ておいでよ、自分の目でちゃんと見ればいい」
と、影はそう言います。
ルナは、どうしようかと思いましたが、どうしても、うそかほんとうか、それを確かめてみたい気持ちがして、そっと穴から出て来ました。
影は、少し小屋から離れると地面にお尻をつけ、両の前足を上げて立ちあがるようにじっとしていましたが、月に照らされたその姿に、ルナはもっとびっくりしてしまいました。そこには、耳の小さい、ねずみのような赤い目の焦げ茶色の者が立っていたのです。
「あなた…あなたは、ねずみじゃないの」
とルナは言いました。
「うさぎだよ。君の方こそ、真っ白すぎる。それに、その、へんてこりんの大きな耳…」
と焦げ茶色のうさぎ。
「へんてこりん」と言われ、ルナは怒って、
「うそつき、うそをついても、わたしにだってわかるわ、あなたは黒くて耳が小さいじゃない、あなたみたいなうさぎはいないわ、あなたはねずみよ」と言いましたが、焦げ茶色のうさぎも譲りません。
「僕たちは、見かけは全然ちがうけど、おなじうさぎなんだよ。その証拠に僕たちはおしゃべりが出来るじゃないか。本当は、僕の方が大むかしからのうさぎなんだけど、まあいいや。ねぇ、きみの名前、教えてよ」
と、言われてもルナは、
「わけのわからない事言わないで、私の方こそ、生まれた時からずっと、ちゃんとしたうさぎよ。私の名前なんて、ねずみには絶対に教えないわ」と言い返しました。焦げ茶色のうさぎは、やれやれというような顔をして、
「僕は君と友だちになりたくて来たんだよ、僕の名前は、ティダだよ」と言いました。
「友だち…友だちですって?、ね、ねずみとは友だちになれないと思うわ。うさぎと、うそつきのねずみが、どうして友だちになれると思うの」
ルナがそう言うと、ティダはちょっと悲しそうな顔になりました。
「そうかな、確かに僕たちは何から何まで違うけど、おなじうさぎなんだけどね。僕はそこの山から、満月の夜や、まあ、時々は昼間も君を見ていたんだ。だけど最初、僕は君がうさぎだとは思わなかった、僕の仲間に白いうさぎはいないからね。でも何度か見ていたら、君の食べ方や走り方やなんかで、君もうさぎなんだと思った。ここから出られない君と話してみたくて、友だちになりたいと思ったのさ。だからちょっと危ないのは承知で山から下りて来たんだよ。でも君がどうしても、僕なんかとは友だちになれないってそう言うならまあ、仕方ない、残念だけど、もう来ないよ。元気で、じゃあ、さよなら…」と、ティダは後ろを振り返り、ピョンピョンと走り去って行きました。すると、
「まって、」
と、なぜかルナはティダを呼び止めて言いました。そしてもう一度
「あなた、本当にうさぎなの?」と聞きました。ティダに「さよなら」と言われた時、ルナはいつの間にかティダとおしゃべりするのに慣れて、もう少しだけこのままおしゃべりしていたい気持ちになっていたのでした。なぜなら、お父さんとお母さんが死んでしまってから、ルナはただの一度も、誰とも話した事は無く、おしゃべりは本当に久しぶりのことだったのです。「まって、」と言われ、立ち止まったティダは、小屋のそばまで戻って来ると、ちょっと怒ったように、
「僕は、嘘つきじゃないし、ねずみでもない、ティダだ。…きみは?」と聞きました。
「…ルナ」
とルナは答えました。
「ルナ、へえー、ルナか」
ティダは、ようやくルナから名前を教えてもらって、ルナの名前を何度か繰り返し、そしてまた優しい顔になりました。
「ルナ、きみはいったい、どこから来たの」
とティダ。
「たぶん、遠い所の町からよ。小さかったから、よく覚えていないの」
「やっぱり、僕はこの島に、昔むかし、大昔から住んでいる、この森のうさぎなんだよ」
「そうなの?」
「ルナ、お父さんやお母さんはいないの?」とティダは聞きました。ルナは泣きたくなりながら、「お父さんもお母さんも、ここへ来てから病気になって、死んでしまったの」と答えました。
「あなた…ティダの、お父さんとお母さんは?」
「僕もひとりぼっちさ。お父さんはハブに打たれて死んじゃったし、お母さんはにんげんの車に轢かれて死んじゃったんだ」
「ハブって、なぁに?」
「毒へびさ、恐ろしいヤツらだけど、頭は悪いんだ。足もないしね」
「頭が悪くて、足が無いの、それはいちばんのへんてこりんね」
「そうなんだ」
二人はハブの話をして初めて一緒に笑い合いました。ルナの顔はようやくパッと花が咲いたように明るくなりました。すると突然、ティダが言いました。
「ルナ、そこから出て僕と山へ行かないか」
「出て?、出て行く…このお家から?そんな事、考えたことなかったわ…」
ティダはもう一度ゆっくりと言いました。
「ぼくと、行こう」
「こわいわ…」とルナは言いました。
「大丈夫、ずっと僕が付いてるよ」
「ずっと、一緒なの?」
「ずっと」
ルナは、ティダの言葉が嬉しくて思わず、
「本当に、ずっと一緒なら、行こうかな…」
と言ってしまいました。
「行こう」とティダ。
「でも、どうやって小屋から出るの?」
「こっちにおいで、ここが良い」とティダは小屋の裏手にある、水道の排水溝の横の土を掘り始めました。そして
「ルナは、そっちから掘っておいでよ」
と言いました。
ルナはティダに言われるまま、そこの金網の近くの土を掘ってみました。すると思いの外、その場所の土は柔らかでとても掘り易く、ルナも掘り続ける事が出来たのでした。
少し掘ってから、ティダは一度穴から出てルナの様子を見ていましたが、
「ルナは、穴掘りが上手いね、周りの土を崩さないように穴掘りするにはコツが要るんだ。僕が教える事はないみたいだね、きみは、とても上手だよ」と言いました。
ティダにほめられ、嬉しくなってルナはどんどん穴を掘り続けました。ティダとルナは、お互いに相手に向かってしばらく掘り続けて行きました。もうしばらく掘り続けていると、ティダの声がまったく聞こえなくなりました。ルナは不安になって、穴から出て来て言いました。
「ティダ、ティダ、どこかへ行ったの、穴の中が崩れちゃったんじゃないよね、ねえティダ、ティダ?」と呼びかけました。すると、ルナの掘っていた穴の底から「ルナ」と声がして、穴底の土が崩れて空き、そこからティダが顔を出したのです。ルナは驚いて叫びました。
「わあっ、ティダ、すごいわ、どうやったの」
ティダは、自分の頭より大きなお尻をトンネルから出すのに苦労していましたが、そのうち身体がやっと穴から抜けて、ルナの小屋の中に入る事が出来ました。ティダが
「ここがルナのお家か、入っても良い?」
と聞くとルナは
「いいわ」
と答えて、ティダはルナの巣穴に入りました。
「なかなか広くて良い穴だね」
巣穴を見て、ティダが言いました。
「最初はもっと狭かったのよ、でもお父さんとお母さんと一緒に広げて、でも、ひとりぼっちになっちゃったから、毎日泣いて、お父さんとお母さんに怒ってたら、いつの間にか壁を掘っていたの。それからは少しずつ、私がひとりで掘って大きくしたのよ。嵐の夜は、穴の中でちょっと走り回れるぐらいに掘ったわ」と、ルナは自慢げにそう言いました。
「だから穴掘りが上手なんだね、ルナ」
とティダに言われ、ルナはまた花が咲いたように笑ったのでした。しかし、
「さあ、行こうか」とティダに言われると、
「どうしよう、小屋の外に出るなんて初めてなのよ、やっぱり私、怖い、」とルナは言いました。
「ルナ、君はいつも空を見ていたよね、僕はずっと君を見てたからさ、君にどうしても見せたい物があるんだよ」
そう言うと、ティダは出来たばかりのトンネルに入って行ってしまいました。ルナは初め、穴の入口でうろうろとトンネルを覗き込んでいましたが、ティダの姿が全部見えなくなると、恐る恐る穴に頭を突っ込み、目をつぶって向こう側へ進んで行きました。
ルナの身体は狭いトンネルに挟まってしまいましたが、少しずつ身体を捻ると、どうにか穴を抜け、ルナはとうとう小屋の外に出たのです。トンネルの外で待っていたティダは「ほら、見てごらん」と月を見上げました。
ルナも月を見上げましたが、じっと見て、
「…あっ、網が、無いわ…」と言いました。
「そうだよ、本当の月には網が無いんだよ」
と、ティダは言いました。
「きれい…月には網がないの、網が無いのが、ほんとうの月?」と、つぶやきました。
「ほんとうの月って、私が見ていたよりも、ずっと綺麗なのね。私の周り中どこにも網が無いわ、怖い…一人ぼっちも怖かったけど、どこかへ行くのも怖い、どっちも怖くて私、怖がってばかりね、でも本当に怖いのよ、ああ、もし、私に勇気があれば…」
ティダはじっとルナを見つめています。ルナはもう一度月を見上げました。月の光は青く輝いて美しく、ルナを励ますように包んでいます。ルナはようやく決心したようにティダに言いました。「ティダ、私を連れて行って」
「うん、行こう」
二人は月あかりの校庭を並んで駆け出しました。学校の門から外に出て、広い道をほんの少し走ると、もうそこは山のふもとです。ルナはティダと一緒に並んで走るのが楽しくてたまりません。
満月の光に照らされた山の小路は、虫や蛙の声でとても賑やかです。にんげんが造った道から逸れて、草木に覆われた藪だらけの獣道に入ると、ティダが先になって山を駆け上がりますが、ルナはこんな道を走った事がなく、ティダに付いて行くのがやっとです。ルナはどんどんティダから遅れ、そのうちだんだん疲れて来たルナは、叫ぶように言いました。
「ちょっと、待って、待って、ティダ、待ってよ、」ティダはルナを何度も振り返りながら、
「もう少しだよ、あと、少しだから、ルナ、頑張れ、頑張るんだ」とは言いますが、励ますだけでティダはちっとも待ってくれません。
ティダの姿を見失わないように、夢中で付いて行きますが、なかなか早くは走れず、ルナはもう
「待って」と言う声も出ないくらい走り続けました。ずいぶん走って、二人はやっと開けた岩場にたどり着きました。息を切らしながら、ルナは怒ってティダに言いました。
「ティダ、どうして待ってくれないの、こんな所、私初めて来たのよ、そんなに、急には走れないのに、ちっとも待ってくれないなんて、いじわる、どうしてよ」と言いました。するとティダは「ごめんよ、だけど君を怖がらせたくなかったんだ。ハブの道の近くだったからさ、でも先にそう言うと、もっと怖くて足がすくむだろ、アイツらは獲物を捕るのに飛びかかるまで時間がかかるから、僕らは止まっちゃいけないんだ。ハブの道はあちこちいっぱいあるから、どこを通っても運悪く出くわす事はあるけど、とにかく急いで駆け抜ける事が、何よりいちばん大切なんだよ」
と言いました。
「…そうだったの、でも、とってもきつかったけど、はじめはほんのちょっとだけ楽しかったわ。これって冒険よね、冒険って怖くてきつくて苦しいけど、とってもワクワクするものなのね」
と、ルナはようやく笑顔になりました。
「ほら、ここから君がいた小屋が見えるよ」
とティダが言い、ルナが岩の上から見下ろすと、さっきまで二人で話していた小屋がとても良く見えます。
「ほんとうだ、私のお家が良く見える。もう、あんなに小さい。私、ここまで来てしまったのね…」と言いました。
「ルナ、さびしい?」ティダに尋ねられ
「うん、少し」とルナは答えました。
「でも、さえぎる物が無いって不思議ね、どこまでも走って行けるのね。こんなに恐くて不安なのに、私ドキドキしてる。いろんな事を知りたくてたまらないわ。草や木や虫や、ほかの生き物の名前やそれがどんな物か、ティダが知っている事を何でも教えてくれない?」
「もちろんさ」とティダは言い、二人は笑顔を交わしました。
「ルナ、これからは、自分で食べ物を採って食べるんだよ、誰も持って来てはくれないからね」
ティダが真剣な顔でそう言うとルナは、
「そうよね、なんだか私お腹が空いてきちゃったわ」と言い、ティダは
「さあ、あんまりじっとしてはいられないんだ、行こうか」と言って、また先になって走り出しました。
月あかりの下、黒いうさぎと白いうさぎは、猪や山羊やケナガネズミのいる丘を越え、大きく不気味な色の蛙や、宝石のように美しい黄色と緑の小さな蛙、真っ赤な蟹や紫の大きなヤドカリ、エサを探して地面を突つきながら歩く飛べない鳥や、小さな体の何倍も高く飛び跳ねるネズミのいる沢を渡って、森の中を走り続けました。
シダやガジュマルやイタジイの木、森にはルナが今まで見た事のない世界がありました。
無数の木から白い花の蔓が垂れ下がり、小枝の先には赤い小さなヘビが巻き付いています。
大木の根元は、板を何枚も立てた波のように盛り上がり、そのへこみは虫やねずみの隠れ家です。沢の近くの木の上の不思議な姿の植物を「あれはタニワタリさ、沢から沢、木から木へと渡って行くんだよ。うみの海藻に似てるんだって」とティダは言いますが、ルナにはうみも海藻も見た事がなく、何のことだかわかりません。
灯りのようにぼんやりと光るキノコや、暗い森のあちこちでひっそりと咲く花、さまざまな形と色をした光る虫も飛び回っていて、走っても走っても、森の中はルナが息苦しくなるほど、ありとあらゆる生き物たちの気配と息づかいにびっしりと満ち満ちていました。
「なんて、すごいの、森の中って、生き物が、こんなに、たくさん、いっぱいすぎるぐらい、いるんだわ、すごい、怖い、でもキレイ、すてき、こんなに、こんなにも、もう、いっぱいすぎて、わたし、目が、まわりそうだわ」ルナはティダについて森を走りながらそう思いました。
木々に覆われた森を抜けると突然視界が開け、だいぶ地面がむき出しになった、低い草丈の原っぱに出ました。
ティダは「ちょっと、ゴハンにしようか」と言って、やっと止まりました。
「ルナ、大丈夫かい」とティダが聞くと
「大丈夫?、大丈夫なもんですか、私、もう、走れないわ、倒れそうよ」と息を弾ませ、やっとの事でルナはそう言いました。
「ルナ、ごめんよ、月が明るいうちに、どうしてもここまでは来たくてさ。だけど、ここは僕のとっておきの場所なんだ。椎の実を食べた事あるかい」とティダが訊ねると、
「…ううん、それ、美味しいの」
とルナは聞き返しました。
「この原っぱの回りには大きな椎の木が何本も立っているから、ここは椎の実がいくらでも食べられる所なんだ。ほら、これだよ、食べてごらん」とティダは房状になって傘を付けた、どんぐりより小さく丸い椎の実を教えてくれました。
ルナは椎の実をかじると
「堅い、けど、甘くてとても美味しいわ」と言いました。ルナは椎の実を次々と食べて「本当に、いっぱい落ちているのね、この傘みたいな皮が着いているのは、何個もくっついて食べにくいけど、傘が外れた実だけの方が食べやすくて、もっと美味しいわ」ルナは夢中になって椎の実を食べました。ティダはほっとしたように、
「君が気に入ったみたいで、良かったよ」
と言いました。食べても食べても無くならないような気がするほど、地面にはたくさんの椎の実が落ちていました。中には腐って虫の棲家になっている、古い実もありましたが、それは変な匂いですぐにわかりました。ふと、ルナが気がつくと、ティダがじっとしています。
「ティダ、食べないの」とルナは尋ねました。「僕も少しは食べてるよ、でも今はそんなに食べなくても良い、見張ってるからゆっくり食べなよ」と言うのです。
「見張ってるって、なにを」
「ここは、見通しがきくから良い場所なんだ。何処ででもゆっくり食べられる訳じゃない、もしハブのヤツらや敵が近づいて来たら、先に見つけなきゃ、ここでは生き延びられないんだ」とティダは言いました。
「…ありがとう、ティダ、私、あなたと違ってこんな身体だから、きっと森の中で見た花やキノコみたいに目立ち過ぎるのかも知れないわね、ごめんなさい」とルナが言うと、ティダは首を振って「ルナを連れて来たのは僕だ、もし、君が森へ来た事を後悔してるなら、山を下りて、もう一度あの小屋まで君を送って行っても良いよ」と言いましたが、ルナは
「ううん、いいの」と言いました。
「お父さんとお母さんが死んで、私ずっと一人ぼっちだったから、友達になりたいなんて言われた事なかったの。ごはんを持って来てくれる子供達は優しかったけど、みんなが一緒に帰ってしまう時は、お友達って良いなって、いつも羨ましかった。まさか、こんな風になるなんて思いもしなかったけど。そのほかは、近所をうろついている猫も犬も意地悪だったし、大っ嫌いなカラスはしょっちゅう飛んで来て屋根の上をガサガサ歩いたり、とてもうるさく私を嚇すから、いつも穴の中で震えていたのよ。寂しくて心細くて、いつも、もっと強くなりたかった。でも、まさか小屋を出るなんて思いもしなかったわ。怯えながらあのままあの小屋にいるより、後悔したって、たとえハブに襲われたって、ティダと、友達と一緒がいいわ」ルナは、そう言いながらだんだん涙が出て来てしまいました。
「ありがとう、ルナ、僕に出来る事は何だってやる。必ず君を護るよ」とティダは誓いました。
その時ルナが「ねえ、何か聞こえない?」と言いました。ティダがお尻を着け、両の前足を上げて辺りを見回すと、原っぱの向こうの方から、得体の知れない黒い物が、真っ直ぐこちらへ向かってするすると近づいて来ます。
「ハブだ、」と言うと、ティダはルナに合図して黒い物と逆の方向へ走りだしました。
二人はまた、森の中の獣道を走り出しました。先を走るティダは、ルナを確かめるように何度も何度も振り返りながら走ります。広い沢を渡る時は、渡りやすい場所を探して、ルナを先に行かせました。
二人はあちら、こちら、と飛び跳ねるようにしながら走り続け、ようやく小高い山の上の崖のそばの大きなガジュマルにたどり着きました。
ガジュマルの大木は、その根で大きな岩を抱くように立ち、崖側の階段状になった岩を三段下りると、そこには一段と広い場所があり、ガジュマルの根の端が届いたそこには、赤土がむきだしになっているような壁がありました。
「気をつけて、降りるんだよ」とティダは言い、岩の階段を下りて赤土の壁まで来ると、その壁を掘り始めたのです。
ルナは気をつけながら階段を下りて行きました。ルナが「ティダ、今度は何をしているの」と聞くと「とびらを開けているのさ」とティダ。
「とびら?」とルナが聞いていると、目の前の赤土が崩れ、巣穴の口が大きく開きました。中はかなり広びろとしている様です。
「ここが僕の家さ、ようこそルナ」と、ティダは言いました。ルナは巣穴へ入ると、「わぁ素敵、ずいぶん広くて立派だわ」と言いました。
ティダは、嬉しく誇らしげに「僕が赤ちゃんの頃から使ってる巣穴だよ。古いけど、崖のそばの岩で滑りやすいから、ハブのヤツらは近づかないのさ。ここは安心出来ると思うよ」と言いました。
ルナとティダは顔だけを外に向け、巣穴の入口に並んで横になりました。涼しい風が二人の顔や身体を優しく撫でていきます。
あれほど輝いていた満月は、山の後ろに隠れたのか見えなくなり、白くなり始めた空の星は、とっくに消えていました。見晴らしの良いその崖からは、幾重にも重なりあう山々が見えました。彼方の山と山の間には、真っ直ぐの線が引かれ、青く縁取られたその線は、見る見るうちに青から赤、赤から黄色、黄色から白と、それよりもっと眩しさを増し黄金色にキラキラと輝き始めました。ルナが「朝だわ、ティダ、あの光ってるのはなぁに」と聞きました。
「うみだよ」
「うみ…うみって、まぶしいのね」
鳥の鳴き声が聞こえて来ます。ルナが
「ねえ、とても綺麗な鳴き声の、あの鳥の名は何ていうの」
と聞くと
「クッカルだよ、赤い鳥なんだ」
とティダが答えます。ルナは目をまるくして
「クッカル、クッカル、くっくるるるるって鳴くからクッカルなのね、素敵、私ずっとずっと知りたかったの。赤い鳥見てみたいな、教えてくれてありがとう」
と言うとティダは、
「直ぐに逢えるよ。僕の方こそありがとう、さっきはルナがハブを先に見つけてくれたから助かったよ、君のその大きな耳をへんてこりんなんて言って、ごめんね」と言いました。
「いいわ、今は、許してあげる」
「許してあげる?、へえー、そう言ったのは君が、僕をねずみだって言うからだよ」
「だって、ねずみみたいだったんだもの」
「へえー、今は君も、だいぶ僕みたいな色になってるよ」
「本当だ、いつの間にか私、泥だらけね。沢で身体を洗わなきゃ。ティダは物知りだから、これからも森のこと、いっぱい教えてもらうわね」
「じゃあ、特別に、これから僕を森のセンセイと呼んでも良いよ」
「ティダはティダよ、センセイなんて呼ばないわ、でもティダってなあに」
「へえー、そんな事も知らないのかい、太陽のことさ」
ルナはちょっとふくれた顔でティダを真似して
「へえー、」
と、言いました。
「ルナは?」
「あら、そんな事も知らないの、月のことに決まってるわ」
「へえー」
「ねえ、クッカルが鳴き始める頃に、ずいぶんとおかしな声で鳴く事があるけど、あれはどうしてなの」
「あれは、ひな鳥が鳴いているのさ、誰だって初めから上手に鳴ける訳じゃないからね、だけど、鳴き始めの頃は、本当にへたっぴなヤツもいるから、そいつがあんまり調子っぱずれだと、僕はもうどうにも我慢出来なくなって、笑ってしまうんだ」
「私も、いっつも一人で笑ってたわ…」
二人のおしゃべりはいつまでも続きます。太陽が水平線の向こうから、ちょっと遠慮がちに顔を出し始めた頃、南の小さな島の夜はますますにぎやかに明けて来たのでした。