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vol.4 軟骨ピアスの女

妻には内緒だが、ティンダーの無料コンサルを受けたことがある。

コンサルというか相談会みたいな感じで、
Zoomで2時間、イケメン講師とティンダーに関する相談ができるという内容。

詳しい内容は差し控えるが(差し控えるほど濃い内容ではなかった)、最後は40万円の教材を売られそうになり、気づいたら強引に電子署名をさせられそうになっていた。

僕は根っから気が弱いので、断るのに1時間くらいかかったが、実に2時間の無料相談会のうち1時間は「ごめんなさい」とか「申し訳ありません」を駆使して勧誘から逃れていた。

そんなコンサル?のおかげもあり、マッチングしたYさん。
ティンダーの写真は3枚あった。ボーイッシュなショートヘア、耳の軟骨に付いてるピアスを強調した横顔が2枚。猫を抱っこしている正面からのショット。とても綺麗な女性だった。

「新宿あたりで飲めませんかー?」とメッセージをすると「新宿なら近いので良いですよー」ってスムーズにアポが取れた。

日時を3日後の祝日に定めた。
祝日であれば、妻に仕事と嘘をついて外出する時間が作りやすかった。
仕事と嘘をつくからには、朝から家を出なくてはならないので、
軟骨ピアスのYさんへ「昼飲みしませんかー?」と聞いたら、すんなり「昼飲みイイですねー」って返してくれた。調子に乗った僕は、前回(vol.3のハーフ風の女さん)の反省を踏まえて「LINE交換しておきます?」ってな具合にLINE交換までテンポ良く済ませておいた。これはコンサルの効果が絶大だ。

LINE交換後も、程よくやり取りは続いて
結局「昼飲みだったら浅草も良いですよね」みたいな感じになって、お昼12時から浅草で飲むことになった。
LINEのやりとりの中で、Yさんはワイン好きと言っていたので、内緒で良さげなワインバーも予約しておく。

テンポは良かったのだが、一つ気になることがあった。それは天気のこと。待ち合わせ予定日は豪雨マーク、それも暴風雨のような予報であった。台風とかでは全く無いのだが、それでも何となく気になっていた。

天気予報、変わるといいな、テルテル坊主をつくるような思い、あたかも遠足を控えた少年のような心で当日まで過ごした。

そして当日の朝を迎えた。
当日、東京都内は警報級のお知らせみたいなもの(暴風)が出ていたかと思う。ただ不幸中の幸いだったのが、雨マークが消えていたことだ。
僕は平日の出勤時と同じように朝7:30に、自宅を出発した。まだ妻も娘も寝ていた。

特に寄り道もすることなく、浅草へ向かった。朝9時前の休日の浅草。田原町駅を降り地上へ出ると、浅草国際通りは静寂に包まれていた。

Yさんとの待ち合わせ時間は12時。それまでに僕はやっておきたいことがあった。二次会を想定して予約しておいたワインバーから、ラブホテルまでの動線の確認をしておきたかったのだ。

浅草にいわゆるホテル街は無いかと思う。
ただラブホテルが全く無いわけでも無かった。
調べてみると西浅草エリア、浅草国際通りの西側にラブホテルが6件ヒットした。
ただそれぞれのホテルは隣接してるわけでは無いので、入念な下調べが必要だった。

朝9時の浅草、僕は田原町駅から近いドトールに入った。アイスコーヒーSサイズを注文。
ストローは差さず、ブラックのままグラスに口をつけた。

茶色いデスク上に西浅草エリアの地図を広げた。スマホでラブホテルの住所を調べ、6箇所のホテルの位置に点を打った。そして軟骨ピアスのYさんと行くつもりのワインバーは目と鼻の先で、赤丸で印を付けた。

点と点を丁寧に結んでいく、それだけの作業。一見バラバラでも拾い集めると真っ直ぐな一本のルートが出来上がった。その一本のラインは赤丸のワインバーに突き刺さる。

僕は末期のセックス依存症だが、ギャンブル依存症でもあり、気狂いの競馬ファンである。
僕のこれまでの人生37年間で、何に一番自己投資をしたのかと問われれば、ノータイムで競馬と回答するだろう。
競馬は楽しい、レース中はもちろんだし、また自分の予想通りに決まること、馬券が的中すること、それが高額の払い戻しになったこともあるし、全部楽しい。
ただ競馬で最も楽しい時間は、まぎれもなくレースを予想している瞬間にある。仲間と競馬新聞を広げて、ああでもないこうでもないと語り合いながら予想することに意味がある。
僕はギャンブルも入念な下準備が好きだが、セックスについても入念に下準備をする。なんならこの時間から前戯が始まってるすら思うことがある。

G1レースもティンダーも同列である。今日は競馬新聞ではなく、ただ浅草エリアの地図なだけ。ただそれだけである。

しばらく地図を眺め、アイスコーヒーを飲み干した。
ドトールを出る頃には10時になっていた。だんだんと風が強くなってきている。
まだ待ち合わせまでには時間があるので、僕は実際に想定したルートを歩くことにした。

二次会のワインバーから、第一希望のホテル「ホテルEDOYADO」、もしここが満室であれば次のホテルへ…入念に道順を確認するように歩く。
その時、スマホが鳴った。軟骨ピアスのYさんからのLINE。
「今日、風大丈夫ですか?リスケにします??

oh my goodness!オーマイグッネス!

(リスケにするわけがないだろうが!)
心の中で吠えた!
リスケで良いわけないし、リスケにする理由も無いし、頭の中はセックスでいっぱいだったので「僕は大丈夫ですよ」と返事をした。

「それでは待ち合わせ時間を遅らせてもらえますか?」ってYさん。

僕は全身の血の気が引いていくのが分かった。熱くなると負ける、いつもそうだ。今までも熱くなって勝負に勝ったことはない。脳内のSOSブザーが鳴り響く。警鐘を鳴らしている。

セックスもギャンブルも冷静に。そして決断のタイミングが大事。強行かリスケか、本日のメインレース、大一番はいきなりやってきた。2分の1の確率。ニブイチをツモるだけの話。ニブイチを持ってくればいい。己の生き様で持ってこい。

「Yさん、今日はリスケにしましょう!無理して外出するのは危険です。それに風が強いので、Yさん飛ばされてしまいますし(涙)」

LINEを閉じ、おもむろにティンダーを開いた。まだYさんとのマッチは解除されていなかった。軟骨ピアスを強調した横顔の写真を眺める。とても冷酷な表情に見えた。

暴風警報の下町、浅草。強風で電線が波打っている。

午前10:30

酒が飲みたい。酒を飲んで何もかも忘れたい。

僕は踵を返し、ホッピー通りに向かった。

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