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vol.9 理系の女②

15時55分、桜木町駅西口付近。
Aさんとの待ち合わせ時間まであと5分。

お盆真っ只中だけあって、改札口前は人混みとなっている。

妻には仕事と嘘をついて、家を出てきている。
スーツ姿で自宅を出て、途中でTシャツとパンツに着替える。
脱ぎ捨てたもの、カバンも含めて全てコインロッカーへ投げ込む。決して後ろは振り返らない。

時計を見ると16時、待ち合わせ時間ちょうど。
あたりを見渡す。なんとなく自分の着ている服をメッセージしようと、マッチングアプリを開く、
もう一度、あたりを見渡す、するとニューデイズの方からAさんらしき女性が、こちらに向かってくる。
待ち合わせ時間とほぼ同時に現れた、この女性こそがAさんだった。

お互い元気にご挨拶。
第一印象、Aさんの笑顔がめちゃくちゃ素敵だった。
第二印象、マッチングアプリの写真とは別人のよう、イメージを大きく裏切られた。
(もちろい良い意味で)

肩につくぐらいのロングボブ、髪の色は茶色くて細かくハイライトカラーが入っている。
キラキラとした明るいオーラを発している女性、ネイビーのノースリーブのワンピースがとても合っていた。

野毛へ向かう地下道に吸い込まれるように、下りのエスカレーターに乗った。

エスカレーターに乗りながら、軽く会話。この下りのエスカレーター、下段から女性を見上げる瞬間は地味に好きだ。

僕「お酒は好きですか?」
Aさん「はい、大好きです」
僕「お酒は何が好き?」
Aさん「私、ビール党なんです」

みたいな会話だったと思う。
とにかくAさんは明るくて元気で可愛らしい女性だった。

僕の質問にも笑顔でハキハキと応えてくれて、とても話しやすい。
野毛の地下、目当てとしていたお店に向かう。
こちらのお店は、先ほど(vol.8 理系の女)の段階では2〜3人の列ができていたのだが、
運良く奥のテーブル入ることができた。

僕「野毛はよく来ますか?」
Aさん「割と近くに住んでいるので、たまに来ます。Slothさんは?」
僕「お酒が好きですし、たまに来ます。このお店はいつも満席で、今日はじめて入れました」
Aさん「そうなんですね、入れて良かった」
僕「Aさんって持ってますよね」

この嘘が必要だったかは、今となっても分からない。手前味噌だが野毛は初上陸だ。
でも確かにあの時の僕は舞い上がっていた。次から次へと息をはくように嘘をつくのだった。
マッチングアプリでの久々の手応え、目の前には可愛らしくて素敵な女性、嘘の数と比例するように会話も弾んでいた。

いまさら正直者であろうだなんて、もはや考えてもいない。それでも心のどこかでは、嘘をついてる自分が嫌いでもある。
心の中でついても良い嘘と、ついてはいけない嘘が存在している。でもそれを決めるのは自分。本当に勝手な心だ。そもそも心は自分のどこにあるのだろう。

ただし今後のことを考えても嘘ばかりつくと、やがて辻褄が合わなくなってくる。やはり余計な嘘は控えるべきだ。

そんなことを思いながら乾杯。生ビールがメニューになく、2人で1本の瓶ビールを注文することにした。
お互いがぎこちなく、各々のグラスにお酌をする。

渇いた身体にビールが一気に染み渡る。

砂漠?大草原?焼け野原?
ゼロの地からスコップを力いっぱい握りしめて、掘っても掘っても出なかった水。やっとこの手で水脈を掘り当てたような思いだった。

Aさんもビール好きということで、飲むペースが早い。
つい話に夢中になっていると、すぐにUさんのグラスが空いてしまう。
お互いお酌をしながら他愛もない会話。
Aさんの好きな銘柄はサッポロ黒ラベル(今回の瓶ビールはサッポロラガー赤星)、もちろん僕も話を合わせる。

そして瓶ビールが次々と運ばれ、カラになる。

嫌いな食べ物の話、Aさんはトマトと赤ワインが嫌いとのことだった。
ミニトマトやプチトマト、はたまたトマトソースのピッツァ、白ワインは好きとのことで、
そのあべこべさすら、愛おしく思えた。

このあたりで僕はラストビール、次はジョッキの生ホッピーを注文したが、
なおもAさんはビールを飲み続けていた。

お互い仕事の話、趣味の話、学生時代の話と目まぐるしく話題が進んでいく。
Aさんは某メーカーの技術者で、休日はダンサー、某国立大学の理工学部卒。
本当に経歴ピカピカの理系女子だった。

僕の仕事の話、9割が嘘。
僕の趣味の話、サイクリング以外は嘘。
僕の学生時代の話、全てが嘘。

今年38歳で一児の父、年齢を重ねるごとにだんだんと嘘が上手くなってきている。
いや、上手くなっているというか自然に罪悪感もなく嘘がつけるようになってきている。

嘘でガチガチに塗り固めた経歴、生ホッピーに反射する僕の顔、仮面をつけた顔がサマになっている。

Aさんと飲みはじめてから、2時間くらいたったところだろうか。
そもそも時間も分からないぐらい酔っ払っていた。
「この後どうします?」「もう一軒いきましょう」いたって自然な流れに感じた。

僕の手八丁口八丁、嘘の上塗り、どれだけAさんに嘘をついたとしても、揺るがない真実が一つだけあるとしたら

僕の現在の全財産が2万円であるという事実。
さらに言えば現金は10,000円、PayPayのキャリア決済が10,000円可能ということだけ。これだけは逃げも隠れもしない真実。

そうこうしてるうちにAさんがトイレで離席した。僕はお会計を済ませるべく、店員さんを呼んだ。
そして恐る恐るたずねた。冷や汗が背中をつたうのがハッキリとわかった。

『あのう、PayPayって使えますか』

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