vol.11 理系の女④
僕が初めてクレジットカードを持ったのは、確か19歳か20歳ぐらいの頃。
錦糸町、吉祥寺、どちらかのマルイで作ったエポスカード。
(個人的に錦糸町と吉祥寺のマルイが似ていて、記憶もダブっている)
当時、Fラン大学を中退した僕は雀荘勤めのフリーターだった。
マルイで買い物をした際に店員さんにクレジットカード発行をオススメされ、なんとなく申し込んだのがエポスカードだった。
申込の際は適当な大学名を書き申し込み、普通に申請が通った。完全な若気の至り。
ちなみに現在は38歳、現在は絶対にクレジットカードの審査が通ることはない。どんなに正しい情報を書いても通ることはあり得ないのだ。
なぜなら僕は末期のギャンブル、アルコール、セックス依存性で、信用情報はブラックリスト入りの身だからである。
初めて消費者金融で借金をしたのは、結婚1〜2年目の頃、まだ20代後半だったか。
三井住友銀行の中にあるATMコーナー。
その隅っこにあるカードローン契約機。ブースで区切られた薄暗い部屋の中に置かれた、怪しく光るモニターの前、無人の窓口での手続き。初めてのカードローン。それが三井住友銀行カードローン。
僕は物心ついた時から、父親にしつこく言われていたことがある。
「絶対にサラ金だけは使うな。お金に困ったらまずは親に相談すること」
親父は厳しい人だったが、中でもお金にとても厳しい人だった。きっと若い頃からお金に苦労してきたのだろう。
僕の38年間を振り返ると、親父の言っていることは、だいたい合っている。なかでもこのサラ金のくだりはバッチリだった。
まさか当時はサラ金に手を出すなんて、微塵も思わなかった。
三井住友銀行カードローン申込のきっかけは、妻の借金だった。妻は消費者金融(モビット)に50万円弱の借金があった。
妻に借金があることは、結婚する前に知っていた。何でかは忘れたが、交際開始後に借金があることが発覚した。
当時の僕は父の教えがあったこともあり、妻の借金を理由に、妻のことが一気に嫌いになったのを覚えている。
何よりフリーターの僕にとって、50万円の借金はとても大金に思えて、途方に暮れていた。
毎月の返済額は10,000円、でも半分くらいは利息だった。
時には妻の代わりに返済を手伝ったこともあった。今となればあの時が人生のターニングポイントだったのかもしれない。
妻の借金のおかげで、僕も次第に借金に慣れていった。
三井住友銀行カードローンに申し込んだきっかけ。
本当に些細なことだった。
ほんの一瞬、魔がさしたわけでもなくシンプルに妻のモビットの借金を肩代わりし、僕が返済したいと思いついただけだった。今となれば謎のマインドであるが。
限度額は100万円。試しに最初に5万円借りてみた。借りたら最後、それが最後。地獄の入り口だった。1週間後には10万借りていた。限度額=自分の使っていいお金、と一瞬で脳内のシナプスが繋がったのだ。
今考えたら恐ろしい話だが、当時は不思議と借金をしているという感覚が全く無かった。
月々の返済額に対して、その何倍もATMで借金を、する僕がいた。
当時、僕には不倫をしている女性がいた。あと競馬にも夢中だった。婚外恋愛、ギャンブルに一喜一憂し、さらにアルコールにも溺れていた。
もしかしたら、妻の借金返済を理由にセックス、ギャンブル、アルコールに惜しみなく注ぎ込める弾が欲しかっただけだったかもしれない。
でもいまだに妻のせいにしている自分がいるのは事実。
やがて限度額が一杯になった。限度額が一杯になるタイミングで、三井住友銀行カードローンから利用枠増額のお誘いの電話がくる。
もちろんノータイムで増額の申込をしている僕がいた。
あっという間に借金額は100万円を越えていた。それでもまだ全額返済できると考えていた。あれは娘が生まれて2年経過したぐらい、僕が30歳になろうとしている頃だった。
そんな借金まみれ、挙げ句の果てに信用情報が真っ黒になっていても全く懲りないのが僕だった。
そして2024年の夏、横浜野毛でマッチングアプリで知り合い、意気投合したAさんと手を繋ぎながら、夜の歩道を歩いていた。
2人はシーシャ屋さんに向かっていた。がっちり繋いだ掌、少し汗ばんだAさんの腕が密着する。
シーシャ屋さんに着いた。6席ぐらいのカウンター席、それと2人がけのソファが3〜4台。お店の奥にはVIPルームもあった。
僕とAさんは手前のソファに通された。2人でソファに座り、ハイネケンを2本注文した。
シーシャは初めてだった。僕は元喫煙者なので全く水タバコに抵抗が無かったが、Aさんは非喫煙者で初めてのシーシャ。どこか少し不安そうだったが、それでも興味津々なキラキラした瞳が印象的だった。
2人とも初めてのシーシャだったので、店員さんに教えてもらいながら、フレーバーを選ぶことにした。2人でソファに腰掛けながら、メニューを覗きこむ。自然とお互いの体が密着し、Aさんが腕をからめてくる。
巷ではマッチングアプリの2次会でシーシャ屋さんを選ぶカップルが多いらしい。
なるほど、確かに女性との距離を詰めるのに有効かもしれないなと思った。
店員さんのオススメの通り、2人で1種類ずつフレーバーを選び、ブレンドして吸うことにした。
僕がローズ、Aさんはグレープフルーツを選んだ。
シーシャが出来上がるまで、Aさんとイチャイチャして待つ。個室ではないので常識の範囲内で手を握ったり、握られたり、握り返したり。足を組むAさんの脚が、完全に僕の脚にピッタリ密着していて、僕のペニスは今日1番の勃起をむかえていた。
そうこうしてるうちに出来上がったシーシャが運ばれてくる。
初めてのシーシャ、水パイプから伸びる長いホースから煙を大きく吸い込み、ゆっくり吐き出す。ローズの香りに、グレープフルーツの柑橘系の爽快感が混ざった感じ。
元喫煙者の僕からすれば、紙タバコの方が何倍も美味しいと思ったが、まぁこれはこれで有りかもしれない。
ただ困ったことに酔いがいっそうに回る、シーシャが原因なのか、はたまた空腹が原因なのか。
隣に座るAさんに目をやると、ニコニコしながらシーシャを吸っていた。チル感を満喫しているようだった。
その後もイチャイチャしながら、一本のパイプをAさんと交互に吸い合った。
僕だけなのか、吸うたびに酔いが回る、店内を見渡す、高い位置に掛けられたモニターには「地面師たち」が流れている。
さらに記憶が断片的になる、Aさんと何を話したかもあんまり覚えていない。
シーシャの燃焼時間が終わる。お会計をする。何とかお金は足りたみたいだ。
シーシャ屋さんを出て、Aさんの手を引きながらラブホテルの方向に向かう。
「駅は反対の方向だよ」とAさんに正され、連れ戻される。時計を見ると23:30。僕の終電は間に合わないが、Aさんの終電はあるようだ。
お金も無いし、とりあえずAさんの帰路に付いていくことにした。
桜木町駅に着き、改札を通ろうとするがSuicaの残高が無く、辱められる。
券売機でチャージをしなくては、財布の中身を見る、ラスト1枚の千円札。よくこんな状態でラブホテルに連れ込もうとしたな。
泥酔している自分を嘲笑うかのように、クシャクシャの千円札が機械に入っては、吐き出される。
やっとの思いでラストの千円をチャージし、最後の希望、Aさん宅への凸を目指す。
Aさんと一緒に根岸線に乗る、隣同士に座る。なんとか間合いをとるも、Aさんは明らかに帰ってほしそうだった。
Aさん宅に凸できる可能性はゼロに近かった。思った以上に厳しい戦いになった。
身も心も財布もボロボロの僕は断腸の思いで帰宅を決断。勇気ある撤退。今日の飲みとシーシャは戦略的犠牲ベット。
あっという間にAさんの最寄駅に停車する。Aさんの降車を見送った途端に、尋常じゃない吐き気がこみあげてきた。たまらず次の駅で僕も降り、ホームから線路に勢いよくリバースした。
それでも吐き気は止まらない、頭が割れそうなぐらい頭痛もしてきた。トイレに駆け込み、さらに吐き続けた。
もともと空腹に近い状態だったので、もはや液体しか出ていなかった。
やがて茶色の液体から、黄色の液体へ色が変わる。顔面は目鼻口から出る液体でぐしょぐしょになっている。
これは嘔吐物なのか涙なのか鼻水なのか。
セックス、ギャンブル、アルコール。僕は末期の依存性なので、持ち金がゼロになるまでとことんやってしまう。
もう終電もない、泊まることもできない。借金もできない。無念。頭の中で無情にも試合終了のゴングが鳴り響いていた。
吐き気はおさまってきたが、鳴り止まないゴングの音に頭痛はさらに悪化。僕は駅構内にて便器を抱えながら、立ち上がることができなかった。
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